▽ 壁ドン(鯉伴side)
『いいなぁ壁ドン。私もされてみたーい。』
スマホを片手にそう呟いたのは、欠伸をしながら怠そうにしている鯉菜。
……すげぇどうでも良さそうな言い方だけどな。
つぅかかべどんって何だ? ポケ○ンか?
……いや、それは確かカビゴ○だ。
「鯉菜ー、ちょっと手伝ってー!」
『ほいほーい。』
若菜の呼ぶ声に、鯉菜はスマホを弄くるのをやめて立ち上がる。そしてパタパタと去って行ったところで…
「リクオ…かべどんって何だ?」
「……男性が女性を壁際に追い詰めて手を壁にドンと突く行為だってよ、Wiki博士によると。」
うぃき博士って誰だよ。
あいつもリクオもスマホばっかり見やがって…今度待ち受け画面をオレの画像に変えてやろうか。
「じゃあ…その壁ドンというのは暴力なのでは?」
「オレがやったら壁が破壊しそうだぜぇ…」
「拙僧がやったら袖の所に隠してる暗器がこぼれでてきそうですね…」
首無、青、黒のその台詞から壁ドンというのが非常に危ないものだとうかがえる。
…そんな物騒なことをあいつはされたいなんて…もしやドMなのか。遂にドMに目覚めてしまったのか。
「いやいやいや、そんな暴力的なものじゃないって。
…僕も男だからさ、女心なんて分かんないけど…取り敢えずこういう壁ドンが女子にとってはグッとくるらしいよ。」
そう言ってスマホを横に傾け、画面をオレ達に見せるリクオ。流れ始めた動画はどうやら壁ドンについて取り扱ってるもので…
「「「…………なるほど。」」」
男に壁ドンをされて頬を染める女。
どうやら世間ではこれが流行っているようだ。
……確かにこれは……いいかもしれない。
今度若菜にやってみよう。
いや、その前に……
「壁ドンされてみたいなんて…姉ちゃんも意外とそうゆうこと考えるんだねー。」
可愛い一人娘が夢を語ってんだ。
ここはやっぱり…
父親として、やっぱ叶えてやらねぇとなぁ?
『ふぅー…終わった終わった!』
「鯉菜。」
食器を洗っていたのだろう。
濡れた手をパッパッと払いながら、台所の方から出てきた鯉菜に声をかけた。
『…何かバカなこと考えてそうな顔してるけど、どうかしたの?』
開口一番失礼なやつだな。
引き攣りそうになる顔をなんとか抑え、「実はな…」なんて言いながら鯉菜との距離を縮める。
そしてー
ドン!!
『…、……へっ!?』
鯉菜の顔の横に手をつき、グイッと距離を縮めれば、何事だと少し慌てる鯉菜。身長差で必然的に鯉菜が上目遣いで見あげてくるんだが…何これ、オレの娘すげぇ可愛いんだけど! 流石オレと若菜の娘、世界一だぜ。
『……な、何?』
「…お手伝いかい? 利口さんじゃねぇか。」
『……はぁ……ど、どうも?』
褒められて照れてるのか、鯉菜は少し口元を緩めて首を傾げながらお礼を言った。
………これは効果アリか?
そう思った矢先、
『つぅかさ、邪魔だから退いてくんない?』
ケロッとして言うその辛辣な言葉に、オレの精神は2000ダメージを受ける。
おかしい…おかしいぞ……!!こんな筈ではなかったはずだ!!
そう内心葛藤するオレに対して、鯉菜はトドメと言わんばかりにー
『あっ! ちょうどよかった。手ぇ拭きたかったんだよね。さんきゅー。そんじゃ!』
オレの肩にかけてあった手拭いをパッと取ったかと思いきやそれで濡れた手を拭き、何事もなかったかのようにオレに手拭いを押しつけて何処かへと去ったのだ。
…これが…壁ドン、だと!?
オレの色気が通じないなんて…そんな馬鹿なこと有り得るはずがねぇ。
そして一人残され途方に暮れるオレに…
「あっ、アナタ、ちょうどよかったわ!
悪いんだけど…お醤油とみりんを買ってきてくれないかしら? 買い置きするの忘れてたのよ〜!」
「……おう…」
「?
ありがとう! よろしくね!」
追い撃ちをかけるようにして、オレはお遣いへと駆り出されるのだった。
ーーーーーーーーー
おまけ
『あー吃驚したー…』
「どうかしたの? 姉ちゃん。」
『いや、さっき廊下でお父さんに壁ドンされてきた。』
「…何やってんだよあの人。んで、どーだったの?」
『んー…お父さんだからねぇ…。
何やってんだコイツとしか思わなかったよ。』
「…………だろうね。」
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