▽ 反転酒(鯉伴side)
今日は総会だ。
別に何かあったわけじゃねぇが、月イチの報告会みたいなもんだ。大した事ねぇから逃げようと企んでいたんだが、リクオ及びリクオの側近に鯉菜共々捕まってしまった。
「ふぁー…」
欠伸はうつると言うが、アレは本当だと思う。オレが欠伸すれば鯉菜も欠伸した。報告会っつっても、特に何も起こっていない今、ただの世間話みたいなもんだ。
「そういえば…世にも珍しい〈反転酒〉というモノを先日手に入れたのですが、我が組はお酒がみな呑めないので、良かったらこれをもらっていただけませんか?」
オレの隣にいたやつがそう言って、酒を取り出す。〈反転酒〉っていやぁ…
「性格か性別がその時々で逆転するやつ…だよな…」
「ご存知でしたか。その通りです、効果は1日。寝たら元に戻るそうです。要らなければ他の人にやっても構いませんし、棄てても構いませんので…」
いやいやいや、誰がこんなオモシロイもん棄てるかよ!!
「ありがたく頂戴するぜ。」
あぁ…何て楽しいものを手に入れてしまったのだろうか。オレの顔はニヤけてやまない。
今日は総会が終わったら、このまま呑み会の予定だった筈。…誰に呑ませようか。リクオに呑ませるか?
『お父さん、何貰ったの? お酒??』
俺が悩んでいれば、ターゲット候補のうちの1人がノコノコとやってきた。
…決まりだな。
「おぅ。何でも有名なトコの酒らしいぜ? 滅多に手に入らねぇレアもんだ。いるか?」
『…うーん…お酒の味よく分かんないし、いいや。』
なん…だと…!?
いや待て、落ち着けオレ。焦りをバレたら駄目だ。嫌な感ほど当たるんだコイツは。絶対に警戒させてはダメだ。
「そりゃおめぇ…酒飲まねぇから味が分からねぇんだよ。妖怪任侠では酒は必須だぜ?今のうちに練習しときな。」
ニッと笑いつつ、盃を鯉菜に持たせる。
『…じゃあ…少しだけ』
すっと差し出される盃に、ニヤニヤをなんとか抑えながら〈反転酒〉を注ぐ。
『…いただきます』
盃に口を付け、喉を酒が通るのを見る。
…さて、どうなることやら。
「…どうだ?」
『…ッ…暑い。』
アルコールだからな…身体が火照るのだろう。パタパタと扇子であおぐ鯉菜。
「……ん?
あ! おまっ!! それ鉄扇じゃねーかバカ!! 怪我すんぞ!!」
あくまでも武器なのに、武器で扇ぐ奴がいるかよ!
危ねぇだろとそれを鯉菜から奪えば…
『アハッ、あおいであおいで〜!』
身を乗り出してニコニコとオレが扇ぐのを待つ鯉菜。
…ニコニコ?
黒い笑みのニコニコじゃなくて…がちなニコニコ!? こいつが!?
ギョッとしていれば、オレ達のすぐ横の襖から鴆が入ってくる。
「……鉄扇なんか持って何やってんですか。」
「こいつが暑いって鉄………」
『鴆だーーー!!』
オレの言葉を遮り、鯉菜が嬉しそうに鴆に抱き着く。
「なぁっ!? ちょ、おまっ…酔ってんのか!?」
『酔ってにゃいにゃー♪』
「100%酔ってんじゃねーか! 普段のお前ならこんなんゼッテーしねぇだろ!!」
〈反転酒〉の効果だろうか…盃1杯で酔うほどコイツは酒に弱くなかった筈だ。
『んー…』
キョロキョロと辺りを見渡しているかと思いきや、急に立ち上がる。どこに行くんだ?
『牛鬼♪ 牛鬼は、女装しないの?』
「………鯉菜様?」
やめろ、何を聞いてんだお前は。牛鬼が困ってんじゃねーか!しかもこれで「する」とか答えた時にゃぁこの部屋凍りつくぞ!!
「なっ! テメェ何言ってやがる!! 牛鬼様が女装なんかするわけねーだろ!?」
『…っ…だ、だって! 馬頭だって女装するし! 牛頭も馬頭も女装できる中性的な顔じゃん!!』
「なっ! 誰が中性的な顔だ、馬鹿野郎!! 斬り捨てるぞ!!」
いつもだったらここで、ぬらりくらりと躱すか、もっとからかうだろう…だが、
『…うっ…うぅぅ……怒鳴らないでよぉ…ッ』
ウルウルと目に涙を溜めながらそう言う鯉菜に、牛頭だけでなく広間にいる者全員が固まる。
(誰だお前は……っ!!?)
皆の心が一つになったのを感じた。
「…すげぇな、〈反転酒〉」
鯉菜のグスッと泣く音が響き渡る静けさの中、オレの言葉に全員がこっちを向く。
「〈反転酒〉…ってあの…?」
「お嬢に呑ませたんですか? 二代目…」
ザワザワと再びざわめき出す広間。
「おぅ。面白そうだったから、つい、な。」
半分はオレを呆れたような目で見て、また半分はよくやったとオレを見る目。なんやかんやで、広間のいる者のほとんどが鯉菜を楽しそうに見ている。一方、見世物みたいになっている鯉菜はもう泣きやんでおり、狒々の膝の上に乗っている。
『ねぇ、狒々様?』
「なんじゃ鯉の坊の嬢。」
『狒々様と青田坊は…どっちの方が力強いの?』
「「もちろんワシじゃ。」」
その言葉に、狒々と青はお互い睨み合う。
『あっは♪ はっけよーい、のこったぁ!!』
「「……………えええ!!!??」」
『ゴーゴー!!』
楽しそうに笑う鯉菜に戸惑う2人だが、2人ともその笑顔に負けて何故か相撲を始める。だが可哀想にも鯉菜は相撲をとっている2人に目を向ける事もなく、狒々のご飯を美味しそうに食べている。
『迷子の迷子のお巡りさん〜♪
あなたのお家はどこですか♪ にゃー!』
お巡りが迷子になってどーすんだよ。
ふんふん♪とニコニコして楽しそうに歌うその姿は本当に女の子らしい。
『リーッくん♪』
今度はリクオにターゲットを変えたようで、ベタベタとリクオの膝に座って引っ付いている。
「………。」
『あ、三の口だー! おいで!』
鯉菜に呼ばれ、手の平の上に乗る三の口。三の口on鯉菜onリクオの出来上がりだ。なんだこれ。
「…姉貴がニコニコ笑ってっと何か調子狂うな。」
『えー! 何それー!! まるで私がいつもニコニコしてないみたいじゃない!』
ぷうっと頬を膨らます鯉菜だが、お前さんいつも無表情だぞ。たまに笑うけど7:3で黒い笑みが多いぞ。
「いつもそうやってニコニコ笑っときゃええのにのぅ…」
かかかと笑いながら言う親父にまたもや鯉菜が口を尖らせる。つーかオレは? リクオに引っ付くのはいつもの事だが…オレには引っ付いてくれねぇのか!?
オレの視線にリクオは察してくれたようで…
「姉貴、オレよりも親父の所に行ってお酌してやれよ。」
ニッと笑いながら、鯉菜の頭をわしわしとするリクオ…こうやって見るとどっちが年下なのか分かりゃしねぇ。
はーい!!とリクオに敬礼して、こっちに駆け寄る鯉菜。どこか足取りが危うい…酔ってるからだろうか。
『きゃっ』
「おっと…大丈…」
『ふふふ…お父さんの匂い落ち着く♪』
「…………」
な・ん・だ…この可愛い生き物は!!
躓いて前に倒れる鯉菜を受け止めれば、そのままオレの首に腕をまわして…ギューッと抱き着いてきた。そのうえこんな事言うなんて…俺を萌え死にさせる気か!?
「……二代目?」
「おい…二代目が全く動かねぇぞ…」
「完璧に固まってんじゃないか…」
「帰って来い親父!」
パシンとリクオに頭をはたかれ、ようやく意識が正常に戻る。
『リクオ! 来て来て! しゃがんで!!』
「は?」
リクオをオレ達の真横に呼んで、今度はしゃがめと言う…急にどうしたんだ? リクオも不思議そうな顔をしている。
『お父さんも…リクオも…だーいすきっ!』
「「!!」」
オレとリクオの間に入り、今度はオレら2人に同時に抱き着く。最初は恥ずかしくて身じろぎしていたリクオも今は大人しい。
「ククッ……オレもお前ら2人大好きだぜ?」
『ほんとー?』
「あぁ、本当だ!」
『ふふ、そっかぁ……リクオはー?』
満足そうに笑い、今度はリクオに問いかける鯉菜。一方、リクオは急にふられてキョトンとする。
「は?」
「オレらのことどう思ってんだい?」
『どう思ってんだい〜?』
「………同じだよ」
『えー同じじゃ分かんないよー!』
「そうだぜ? ちゃんと言葉にしねぇとなぁ…」
「……す……………好き……だ」
『やったー!! リクオも好きってー!』
「まさかなぁ…リクオの口からそんな言葉が聴けるなんてなぁ…」
照れくささにそっぽむいて言うリクオに、周りの者はヒューヒューと口笛を吹く。
「ッるせぇ!!
つーか姉貴はともかく親父が1番うぜぇ!!」
真っ赤な顔をして言ってもなぁ…
「そんな事言ったらおねーちゃんが泣くぞ?
………って、あり??」
急に静かになった鯉菜を見れば、オレ達に抱き着いたまんま寝ていた。器用だな。
「ハハッ! いつの間にやら寝てらぁ…」
「…幸せそうな顔してんな」
リクオの言う通り、きれいな笑顔で寝ている。
「時にはこういうのも、良いモンだな…」
(『んぅ…』)
(「お、起きたかい?」)
(『……!? 何でテメーが私の部屋で寝てんだよこのクソ親父!!地獄に落とすぞコルァ!!』)
(「いってぇ!! 何でって…お前さんが昨日一緒に寝るってオレを離さなかったんじゃねーか!」)
(『ンな筈あるわけねーだろ!寝言は寝て言えええええ!!』)
(「ギャァァアアアアア!!!??」)
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