▽ 分からない事だらけ(鯉伴side)
「…大丈夫かい、鴆」
月が闇夜を照らす中、結構なスピードで空を飛ぶ三羽烏。
「だ、大丈夫……です」
トサカ丸に若干顔色が悪い状態で必死にしがみついている鴆。お前も高い所がダメなのか? それとも体の調子が悪いのか?
ちなみに鴆を運んでいるトサカ丸は不安げな表情をしている。無理もない…いつ血を噴射するか分からねぇ爆弾を背負ってるんだ。
「…着きましたよ」
狒々の屋敷にようやく到着し、中に駆け込む。
するとー
「な…なんだこりゃぁ…!」
「あの狒々の組の者が…これだけやられてるとは…」
三羽烏の言う通り、酷い有り様だ。それだけ強いやつだったのだろうか。もしくは卑怯な手を使った…とかか。
『……黒羽丸?』
その声にハッとして見れば、鯉菜が壁に寄りかかっていた。
「鯉菜!!」
『げっ…お父さんも居んのか…。』
ちょいと待て。
何だその『げっ』てのは。失礼な奴だな。
「おい! 大丈夫か…?」
鴆がぱっと体を見るが、大した傷はないそうだ。かすり傷程度らしい。それにしては具合が物凄く悪そうだが……。
『大丈夫。ちょっと、治癒で疲れただけ…』
「馬鹿野郎、大丈夫かどうかはオレが決めるんだよ。診せてみろ。」
傷は大きくないものの調子が悪い。それはつまり元からコイツの体調が悪かったか、もしくは毒を盛られたかのどちらかだろう。
そんなわけで体調を確認するため、鴆が鯉菜の額に手をやると…
「おまっ…何が大丈夫だ! 熱出てンじゃねぇか!! しかも高っ!!」
『ちょ、声…響く。痛い……』
「それにこれっ…毒があんじゃねぇか!!」
『……うるさい痛い、気分悪い……』
問題の原因が早くも発覚。
つうかコイツ……毒があるのに狒々の組の奴らの治療をしてたのか。
「…少し寝てろ。後は俺たちがやる。」
頭を撫でながら言えば、ホッとしたように眠りにつく鯉菜。
「鴆、こいつは俺が手当する。
お前は他の奴らをみてくんねぇかい?」
鴆に他の怪我人を任せたところで、鯉菜のかすり傷に手をかざす。
「本当、手のかかる娘だ。
にしても…毒も一緒に消えりゃいいんだが。」
しばらくしー
「二代目、朧車が着きましたけど…」
怪我人を治療し終え、色んな奴から事情聴取してれば黒羽丸が声を掛けてきた。
「そうかい。俺ァ鯉菜を連れて先に帰るが…
鴆、お前はどーする。」
「俺も本家に戻ります」
「じゃあ、三羽烏…後は任せたぜ。」
鯉菜を抱え、鴆と共に朧車に乗り込む。
「ついに鯉菜も…覚醒したんですね」
「……みたいだな。」
「見れなくて残念ですね、二代目」
そう、鴆の言う通り、俺たちは鯉菜の覚醒した姿を見ていない。俺たちが着いた時にはもういつもの人間の姿だった。狒々の組の奴らが言うには、敵が去って直ぐに人間に戻ったらしい。…それが意図的なのか偶然なのかは分からないが。
治療するには人間の姿じゃねぇと駄目とか? でも俺は普通に妖怪の時でもこの力使えるしなぁ……。
「俺ァ見た事ねぇが……鯉菜の奴、覚醒はもっと前から出来てたらしい。」
「……はぁ!? もっと前って、いつから?」
「親父が言うには、あー…アレはあいつが6歳の時だったかねぇ? …そん時かららしい。」
俺のおふくろが夢に出た時から、て言ってたよな。多分6歳だったと思うんだが…いや、5歳…7歳? ……分かんねぇ!
「これを知ってるのは?」
「親父と俺たちだけだ。つっても、コイツは俺たちが知ってることを…知らないンだけどな。」
俺の膝に乗ってる鯉菜の頭を撫でながら話す。
「鯉菜は…どうして秘密に?」
「三代目を継ぎたくないかららしい。」
「……何故です?」
「知らねぇ。面倒だとか言うんだが、いつも冗談っぽく言うからよぉ…本当の理由がわからねえんだよなぁ。」
頭をボリボリ掻きながら、困ったように言う。そんな俺を見て、悩むようにして鴆が口を閉じた。
だが、しばらくして再び疑問を口にする。
「…そういえば…何で狒々の所に行ったんですか。」
鯉菜に目を向けながら聞いてくる鴆だが、俺にも分からない。
本当に…分からないことだらけだ。
「〈運命の歯車はもう動いている〉…か。」
「? 何ですかそれ。」
「親父が気にしていた鯉菜の言葉だ。」
意味深だと言う鴆に同意する。
「そろそろ本家に着きますよ〜」
朧車の言葉に、一旦この話を止める俺達。
「自分の娘なのに…こいつが何を考えてるのか全く分からねぇとはなぁ。」
自嘲するように呟きながら、外を覗く。
狒々の組をほぼ全滅させる程の力を持つ敵…。今まではリクオも無傷で事を片付けてきたが、今回はどうなることやら。物思いにふけりながら、なかなか来ることのない平穏な暮らしに溜め息をつく。
「取り敢えず、後々狒々の所に行った理由を聞かねえとな……。」
(「姉ちゃんは!?」)
(「大丈夫だ。寝てるだけだから安心しな。」)
(「そっか・・・良かったァー」)
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