▽ 逃げ
アイム イン ザ スカイ!
黒羽丸の背に乗って、牛頭丸探しなう。雨は酷いし、暗いし、木がいっぱいだし、こんな中見つけるって無理じゃね?
『あ、牛頭丸。』
無理じゃなかった。
「! お嬢、降りますよ」
『はー…いっ!?』
うっわ、今ジェットコースターのあの浮遊感を感じた。あれ、嫌いなんだよね。
着地するが、牛頭丸は全く反応しない。どうやらリクオとの戦いで気を失っているようだ。
『…爪、斬られてる。』
牛頭丸本人には大した傷がないけど、爪からの出血が酷い。爪の切り口に手をかざせば、淡い光が傷口を照らす。
「…鯉菜、あまり使うな。」
『分かってる。血を止めるだけ。』
出血が止まったのを確認し、この後どうするかを聞く。
「取り敢えず…牛鬼の所へ向かうか。
恐らくリクオもそこにいるだろう。悪ぃがまた頼むぜ、二人共。」
そう言えば、返事をする黒羽丸とトサカ丸。ちなみに牛頭丸は応急処置したからここの放置だ。目が覚めたら自分で勝手に何処か行くだろう。
そしてお父さんがトサカ丸の背に乗ったのに続き、私も黒羽丸の背に乗ろうとするが…
「お嬢、オレが抱えます。」
『えっ、…ぅぇえ!?』
有言実行。
断る前にお姫様だっこされちゃいました。
は、恥ずかしい…!でも確かにこっちの方が安定感があって助かる。でも、お姫様だっこだぞ!?漫画みたいなあんなふわふわした空気になる…お姫様だっこだぞぉ!?私そんなキャラじゃない!
『お、重くない…?大丈夫?』
「いえ、全く。むしろ軽いです。」
真顔でそんなこと言うとは…ここにも無自覚女垂らし予備軍が!ちなみに、この軍のリーダーはもちろん私の弟リクオである。
「おっ、珍しい。
鯉菜が顔を赤くしてやらぁ。お前にも女の子っぽい所がちゃんとあったんだねぇ。」
『トサカ丸、それ重たいでしょう?
捨ててしまいなさいな。』
ニッコリと笑顔でトサカ丸に笑いかける私に、反応に困るトサカ丸。
「おいおい…捩眼山を、姥捨て山ならぬ父捨て山にする気かい?」
上手いこと言った的な顔をするお父さんに余計イラっとくるわ。
『父捨て山?馬鹿言うな…
ジジ捨て山の間違いだろ。』
「お二人共、もう少し真面目にしてください…」
『「黒羽丸は真面目だねぇ〜」』
注意する黒羽丸の真面目さに、私とお父さんがハモる。そのブレのない無駄にキレイなハモりに溜め息をつく黒羽丸、そして黒羽丸を慰めるトサカ丸。仲が良くていいねぇ、私の兄二人はそこまで仲良くなかったぞ。
まっ、原因は私にもあると言っても過言ではないが…。
「もうすぐ着きますよ!」
突っ込むようにして、牛鬼とリクオがいるであろう建物の中に入る。その瞬間、誰のものか分からない血の臭いが鼻をつき、自然と眉間に皺が寄るのを感じた。
「リクオ!」
立っているのはリクオで、床に倒れているのは牛鬼。牛鬼の方が大怪我を負っているが、リクオも怪我を負っている。
取り敢えず駆け寄ろうとする私達を、「待て」と言うように手でリクオは制した。
『……っ』
血の中で倒れている牛鬼が、私の頭の中に何かをよぎらせる。何だか…息苦しい。
そして誰もが動かない中、息を振り絞るようにして牛鬼が語り出す。
「この地にいるからこそ分かる。
内からも、外からも、いずれこの組みは壊れる。早急に立て直さねば…ならない。
だから私は動いたのだ。私の愛した奴良組を…潰す奴が…許せんのだ。たとえ…リクオ、お前でもな…」
「逆臣・牛鬼!
リクオ様に…この本家に直接刃を向けやがった!」
「当然だとは思わんか。奴良組の未来を託せぬうつけが継ごうと言うのだ。しかしお前には…器も意思もあった。もはや、これ以上考える必要はなくなった。」
起き上がる牛鬼に、危ないとリクオに慌てて警告する黒羽丸。
「これが私の結論だ!!」
一方、刀を持ち…それを振り下ろす牛鬼。
「牛鬼貴様ぁぁぁぁぁぁ!!」
だが…振り下ろされた刃の先は、リクオではなく牛鬼自身だった。リクオにとどめを刺そうと見せかけて、切腹しようとしたのだ。
しかしー
「…何故止める?リクオ…」
そう呟く牛鬼の手には、刀身のない刀が握られている。そこにある筈の刀身は壁に突き刺さっている…というのもリクオが刀身を斬ったからだ。
牛鬼を死なせないために…。
「私には…謀反を企てた責任を負う義務があるのに…なぜ死なせてくれぬ…牛頭や馬頭にも会わす顔がないではないか…」
そう嘆く牛鬼に、リクオは〈こんなこと〉で死ぬ事はないと言う。そんなリクオの発言にトサカ丸が食いかかるが、黙っとけば済む話だとかわす。
「牛鬼…さっきの答え、人間のことは人間ん時のオレに聞けよ。気に入らなきゃそん時斬りゃーいい。その後…勝手に果てろ」
つまりは……昼のリクオ次第で、リクオが死ぬか生きるかが決まるってことだ。
まぁ、今のところ原作通りだから…多分昼のリクオも現実と向き合うだろう。
『リクオ…お父さんに傷の手当てをしてもらいなさい。』
部屋を去る前に、夜リクオにそう声をかける。
「…こんくれぇ大丈夫だ。」
『お父さん、よろしくね?』
「おぅ、分かってらぁ。
ほら、大人しく傷を見せろ。」
お父さんがリクオの傷を治療するのを確認し、私は牛鬼のもとへ向かう。
「鯉菜…」
『牛鬼…傷、治療させてもらうよ。』
言い終わるやいなや、傷に手をかざして治療する。
「お前の言う通り、リクオには確かに三代目になる器があった…。
だがお前の言う…
リクオにあって、お前にないものとは…何だ?」
『…………』
「………………」
私と牛鬼の間で沈黙が続く。
後ろでは、お父さんがリクオにちょっかいをかけていて、和気あいあいとした雰囲気だ。
『牛鬼…
牛頭と馬頭には牛鬼がまだ必要なんだよ。』
「…?」
自分がした質問とは関係ない話に少し戸惑っているみたいだが…いかんせん、私は狡いのだ。
『自害は駄目…残された者が1番苦しむんだよ。
それに、それはただの苦しみからの逃げだ。
ケジメじゃない。
ケジメつけたいなら…自分を許せないなら…、苦しみを一生背負って生きるのが〈罰〉だよ。
死ぬ事は…〈罰〉からの逃げだ。』
「…鯉菜…?」
『…私が言いたいのはそれだけ。
じゃあ、これで重症な所は治ったから。残りは休んで治してね。
…あっ、そうだ、リクオに真正面からぶつかってくれてありがとうね。』
最後に感謝の言葉を送り、リクオとお父さんのもとへ向かう。はっきり言って、これは〈逃げ〉だ。人に逃げるなと言っておきながら、私はいつも逃げている。
『リクオ、この後どーする?』
「…取り敢えず、夜の姿だし…ここで今晩は過ごす。姉貴は?」
『私は…そうね、帰ろうかしら。何も言わずに出てきたから皆心配してるかもしれないし。』
「分かった。
そうだ…帰る途中、カナちゃんとつららがいるかもしれねぇ。見つけたら…」
『ん、一緒に連れて帰っておくよ。
じゃあねリクオ。お父さん達もまた家で。』
「おう。…鯉菜、あんま無理すんなよ?
顔色が悪ぃ。」
あー、治癒能力を使い過ぎちゃったかな?
でもまだそこまで頭痛も吐き気もしないし、平気なんだけどな。
『大丈夫大丈夫。じゃっ、またねー』
簡単にお別れを済まし、先に清継の別荘に戻る。もちろん、途中で寝ていたつららとカナちゃんを拾って行くことを忘れずに。
そして帰ってくれば、プチブーイングの嵐。
(「どこ行ってたんだよー!妖怪が出て大変だったんだぞーこっちは!」)
(「先輩は途中で消えていなくなるしー!」)
(「そっすよ、心配したんですよー!」)
(『ごめんごめん、トイレ行ってた。』)
(「「どんだけ長いトイレ!?」」)
(「…お腹が冷えたんやな?」)
(『せや。お腹が冷えたねん。』)
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