この手に掴んだ幸せを(ぬら孫) | ナノ


▽ この手に掴んだ幸せを(鯉伴side)

「あっ…鯉菜お姉ちゃんだぁー!!」

『…え?』


満面の笑みでタタタッとこちらに駆けてきた男の子。その言葉に鯉菜は心底不思議そうな声を上げる。


「えへへー勝手にあがっちゃった! ごめんね!」

『…君…誰だっけ。』

「…えええええっっ!!!??」


お前…ド直球にも程があるだろ…
鯉菜のデリカシーの欠片もない言葉に、今度は男の子が驚いた声を上げる。
なんつーか…オレの娘が悪いな、坊主…。

だが、次の瞬間ー


「なーんちて☆ 驚いただろ、奴良!」


可愛らしい子供の雰囲気が一気に消えた。そして、その変わりように鯉菜が眉を寄せて言う。


『アンタどこのガキよ。
随分と馴れ馴れしいわね…カンに障るわ』

「おっ、お嬢!?」

「おまっ…大人気ないぞ…」


子供なのになんて容赦がないんだ…!!
だが…坊主もだいぶメンタルが強いらしい…。鯉菜の態度に一瞬目を点にするものの、大声をあげて笑い出す。


「ぶハハハハっ!! 相変わらず容赦ねぇー!!
…ったく、外見もそんなに変わってねぇし…
妖怪ってスゲーな!」

『! …あなた、本当に誰なの?』


そういえば…全然妖怪に恐れる気配がない。それどころかオレ達のことを前から知っているような口ぶりに、流石の鯉菜や首無も警戒心を抱き始める。
そして、その雰囲気に気が付いたのか…慌てて坊主が口を開く。


「ちょっ、待て待て! オレは敵じゃねーって!!
今日は奴良…鯉菜さんに、一つだけ伝えたいことがあって来たんだ。」

『伝えたいこと…?』

「あぁ…一回しか言わねぇからな?」


ニヤッと笑いながら肯定する坊主は…ひとつ、ゆっくりと深呼吸をして言葉を紡ぐ。




「…奴良、お前の言う通り…
転生先にもよると思うが…転生も悪くないもんだな!」

『……せん、せ…?』




坊主の言葉に目を見開く鯉菜…
そしてオレと首無は鯉菜の言葉に顔を見合わせる。
先生…? その男の子が…?
だが、やはり鯉菜の読みは当たったようでー


「あっは、久しぶりだな〜奴良姉!
吃驚しただろー、オレも吃驚したよ最初は。まさか転生するなんて思わなかったからさー!!」

『…本当に…先生なの? いつ…』

「本当だって!
お前が2年3年の時担任してた坂本先生だって!
ちなみになぁ…オレが坂本先生の記憶を思い出したのはちょうど先週の誕生日を迎えた日なんだ。それまで普通に男の子として生きてたのによ…急に記憶がパカーッて開いた? みたいな?」 

『………に……れ』

「え? なんか言った?
にしても、相変わらず元気そうだな〜お前!」


ゲラゲラと笑う先生に対して、鯉菜は下を俯いて何も言わない…
あぁ、坂本先生よ…頼むから空気を読んでくれ。
だが…オレの願いも虚しくー


『何よそれっ!!「相変わらず元気そう」!?
ふざけんじゃないわよ!!』


やっぱり…キレたか。
今だからいつも通りのように見えるが…鯉菜は先生が死んでから3,4年は空元気だったのだ。皆が心配しないよう…いつもニコニコしていたが、誰もがそれが作り笑いだとわかっていた。
死後5,6年頃から…ようやくその空元気をやめて、昔みたいに戻ってきたのである。


「ぬ、奴良っ!? ちょ、落ち着けって!!」

『どれだけ…どれだけ皆が泣いたと思ってんのよ!!あともう少しで卒業だったのに…クラスの皆も泣いて、他の学年の子達も皆泣いたのよ!?』


久しぶりだ…
久しぶりに大きい声で泣き喚く鯉菜に、屋敷にいる者も「何事だ」と徐々に集まってくる。そして集まってくるギャラリーと、涙を流して怒る鯉菜に…先生はタジタジだ。


「わ、悪かった…! いやな!? オレももっと早く思い出しとけば、お前にも早く会えたんだが…!!
何しろ思い出したんが、先しゅ……!?」


慌てて弁解しようとする先生だが、鯉菜に抱き締められ…その言葉は続くことがなかった。


『…先生…っ、ごめんなさい!
私と兄のせいで…あなたをっ…! 私は…!!
先生は…私を何度も、助けてくれたのにっ…
…恩を仇で返すしか…私は出来なかった…!』

「奴良…お前…」

『ごめんなさいっ……ごめん、なさい…!!』


子供の先生を押し潰さないように、でもギュッと力強く抱き締めて…ひたすら謝り続ける鯉菜。
そんな鯉菜の様子に、最初は戸惑っていた先生も苦笑して言う。


「奴良…オレが言ったこと覚えてるか?
オレはお前の担任だって…いつになってもお前はオレの生徒だって…
そう言ったの覚えてるか?」

『ハ、イ…勿論ですっ…』

「そうか…
奴良、オレさ…この通り子供になっちまっただろ? 数学とか物理は得意なんだが…お前の得意な英語とか社会は大嫌いなんだよ。
だからさ、
今度はお前がオレの先生になってくれよ」

『……へっ…? な、…グスッ……何言って…』

「先生と生徒の関係は変わらねぇ…だが、今度は逆ってことだ。
これからよろしくぜ? 奴良鯉菜先生!
…ほら、いつまで泣いてんだよ! 先生〜」


やーいやーい大人のクセに泣いてやんのー!
…と、変顔をしてからかう先生。
突然のことにポカンとしていた鯉菜だが、しばらくして…顔を赤らめながらハッとする。


『…うっ…うるさい…!

…フフッ…本当、先生には適わないや…
私は…先生ほど甘くありませんから、覚悟してくださいね…!』



ーあぁ…やっと笑った。

やっと、鯉菜の心からの満面の笑みを見ることができた…。
状況が分かった者も、分からない者も…
陰が一切なく幸せそうに笑う鯉菜に、喜びの声をあげる。「宴だ」と騒ぎ始め、宴会の準備をし始める皆…それを見て『飲みたいだけでしょ!』と楽しそうに突っ込む鯉菜…。



「姉ちゃん、嬉しそうだね」

「あぁ、やっと…あいつにも幸せが来た…」



隣に立つリクオと一緒に、先生と笑い合う鯉菜を見守っていれば…
鯉菜がこちらにやって来て言うー




『お父さん、リクオ…
私…今とーっても幸せだよ…生きてて本当に良かった…!』

「うん、ボクも嬉しいよ」

「オレも…お前が幸せになって、幸せだ…」

『…ありがとう。私ね…今度こそ守るよ…
…この手に掴んだ幸せを…。』



ー風がそよぎ、彼岸花が揺れる

この日、小さな男の子と共にやって来たのは…奴良組を包む大きな幸せだったー





(「彼岸花の花言葉は…
〈再会〉〈転生〉〈悲しい思い出〉そして…
〈また会う日を楽しみに〉…か。」)











《この手に掴んだ幸せを》ー完ー




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