この手に掴んだ幸せを(ぬら孫) | ナノ


▽ 恐怖から憤怒へ(鯉伴side)

「久しぶりだなぁ妹よ…。
大好きなお兄ちゃんに会えて…嬉しいだろう?」


そう言うのは先生の姿をした男で、鯉菜は真っ青な顔をして聞き返す。


『いつ…から…先、生に…?』

「あ? 今さっきだよ。まぁ、この男にしようと決めたのは前からみたいだけどな」


男の言葉に、鯉菜は少しホッとする。
つまり…先生とのやり取りは嘘じゃなかったってことだ。何が起きてんのかよく分からねぇが…取り敢えず、先生の体は変な男に乗っ取られてると考えていいってことだろう。


「晴明様から貴様への贈り物だ。
貴様の前世の記憶を頼りにして、貴様の兄を見つけるのに大変苦労したとのこと…晴明様に感謝せよ。」


〈晴明〉…〈前世〉…〈記憶〉……
そうか、ようやく分かってきた…。憶測にしか過ぎないが、鯉菜には前世の記憶があって…この男は前世で兄だったのではないだろうか…。
京で晴明が鯉菜に何かしていたのは、あれは記憶を見ていたんだろう…。
前世の記憶がある人の話は時折聴くが…まさか自分の娘がそれとは思いもしなかった。

やっと話の流れが読めてきたところで、鯉菜の先生を心配する声が聞こえてくる。


『先生…は…どうなったのよ…』

「知らね。死んだんじゃねーのー?」

『なっ…何でそんな…! っうあぁっ!!』


男の言葉にかっと来た鯉菜が訴えるが…それが気に食わなかったのか、胸に刺さっていた護身刀を引き抜く男。
やめろ!!と叫ぶもののコチラの事は一切無視。
泰具がオレ達の動きを封じている故にだろう…。


「お前…自分の立場分かってんの?
お兄ちゃん、怒っちゃうぞ♪」


グイッと髪の毛を引っ張られ、無理矢理顔を上げさせる鯉菜はー


『…ぃっ…』


痛みに声を漏らし、


「よくオレにそんな口きけるよな…お前がオレにしたこと、忘れたのか? 恨んでねぇとでも思ったか?」

『……ぅうッ…』


身体を震わせて…目からは涙が溢れる。
今まで泣いたり、怒ったり、笑ったり、悩んだり…色んな表情のアイツを見てきたが、ここまで怯えた顔は初めてだ。
むしろ…この怯え方は…異常だとすら感じる。


「お兄ちゃんはなぁ、てめぇの幸せを…何としてでもぶち壊してやるぞ。地獄の果てでも追いか…」

「てめぇ!! 何してやがる!!!!」


そこにナイスタイミングで現れるリクオ。
どうやら氷麗との鬼纏で山ン本を倒したらしい…さっきまで居たデカイ山ン本の図体が消え、代わりに氷の破片が空から落ちてくる。


「…弟さんの登場か」

「!? どういう…ことだ!?」


ここまでの流れを知らないリクオは当然、
先生が鯉菜を殺そうとしている姿に驚いている。


「おい鯉菜、大丈夫か!?」


リクオと共に行動していたイタクも異常な事態を察したのだろう。俯いて顔の見えない鯉菜の元へ慌てて駆けて行くが…


『…クソが…』


突如雰囲気が変わったと思いきや、そう呟く鯉菜。
そしてー



『…てめぇに…
てめぇに被害者ぶる資格なんざねぇだろ!!』



立ち上がり、桜火龍を出す。
いつもの火龍とは違って、その炎は烈しく真っ赤に燃え盛る。怒りのせいなのか…それとも突如大きくなった畏のせいなのか…いや、両方かもしれねぇ。


「…アンタ…夜の…!?」


リクオの言葉によくよく鯉菜を見れば、いつもとは違って眼の色が紅色になっていた。
そうか…邪魅退治しに行ったリクオが言ってたのはこのことか。

これが…〈本当〉の夜の鯉菜なんだ。
だが、先生の姿をした野郎はまだ気付いていないのだろう。目付きを鋭くして鯉菜を睨み付ける。


「お前…お兄ちゃんに向かってなんて口をきい…」

『…昼の〈私〉にとってアンタは前世の兄貴だけど、アタシからしたらアンタはただのクズ野郎よ。先生の姿のまま殺すのは気が引けるけど…この際、仕方が無いわ。
あの子を泣かしたことを…苦しめたことを…
後悔しながら死になさい…!!』




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