▽ 父、怒る(鯉伴side)
その日は、月が綺麗だったから夜の散歩をしていたんだ。そしたら、偶然か必然か…山吹乙女そっくりの娘が現れた。
「まるで…オレ達の娘みてぇだ…」
乙女との間にできなかった子供…
『お父さん!退いて!』
考え事をしていれば、鯉菜の切羽詰ったような声が聞こえた。
「…鯉菜?」
振り返るも鯉菜の姿は見えない。
だが、すぐ後ろで何かを打ち付けたような音がした。そして左肩に痛みが走る。
「ぐっ…」
これァ…刀か!?
後ろを見れば木刀を持った鯉菜と、ボロボロな刀を持ったあの娘がいた。
…どういうことだ。
『お父さんっ!?』
「…大丈夫だ、左肩をやられただけだ。」
心配そうに青ざめた顔で聞いてくる鯉菜に安心させるよう言う。だが、そうは言ったものの出血量が多い。
どうしたものか…
直ぐに逃げるべきだが、この怪我で鯉菜を連れて逃げられるだろうか。焦りそうになるのを抑えつつ…頭の中で考えていれば、悲鳴のような声が聞こえてきた。
「ああ…あぁ…あ…鯉伴…さま?」
声の主を見れば、あの人に似た女の子で…
その表情は絶望で満ちている。
そして、次の瞬間、彼女は泣き叫んだ。
「あああああぁぁぁあぁぁああ!!!
いや…いや…鯉伴様ァァァァァ」
血に濡れたボロボロな刀、それを持っているのはあの娘だ。あの娘が刺したに違いないのに、その様子だと自らの意思で刺したのだとは思えない。
『………っお父さんは! 大丈夫だから!!
だから…!』
涙を流し嘆く娘に対して必死に説得しようとする鯉菜だが、途中で言いよどむ。
「ひぇっひっひっひっ そうじゃ悔やめ女!自ら愛した男を刺したんじゃぞ?できなかった偽りの子のふりをしてな!あっひゃっひゃっひゃああ」
…誰だてめぇは?
いつから居やがった。いや、その前にー
「…おい。そりゃどういうことか…詳しく教えてくんねぇかぃ?」
奴の言った「愛した男」「できなかった子」という言葉に嫌な予感がする。
まさか…あの娘は本当に…。
「なんじゃ…まだ死に絶えておらんのか。」
奴と睨み合っていれば、この場にそぐわない笑い声が聴こえてきた。
「そうじゃ…妾は“まちかねた”のじゃ。よくやった、これで宿願は復活だ。」
「てめぇ…誰だ?」
話してるのは山吹乙女そっくりなその娘…
それなのに、雰囲気も話し方も表情も、全てがガラリと変わった。
何が起きてるのか分からねぇが…違う。
この娘は…さっきまでの娘とは別人だ。
「なんじゃ、孫もおったのか。
子供を成せん呪いをかけたはずじゃが…そうか、人間と交わったのか。どこまでも憎たらしい血め。」
「羽衣狐様!今やつは先程の怪我で弱っております…このまま孫もろとも殺してしまいましょう!」
羽衣狐だと!?
まずいな…出血が酷くて意識が朦朧としてきたのに、相手が悪過ぎる。この状態で鯉菜とリクオを守りながら戦うのは難しい。
…そういや、リクオはどこにいったんだ? 今こっちに来られたらまずい、来なきゃいいんだが…。
どうやって隙をつくかと考えていると、オレの傍にいた鯉菜が一歩前に出た。
『それはやめた方がいいんじゃない?
…お互いに。』
何やってんだ、早く逃げろ!
そう言いたいのに、口から出るのは声なき声。喉がかすれて、油断すれば今にも意識がどっかへ飛んでいきそうだ。
「いけません!あんなの逃げるための戯言ですぞ!さっさと殺すべきじゃ!」
『戯言…?
ハッ、あまり奴良組をなめないでくれる?ここは浮世絵町…この町にいるカラスは全部うちの鴉天狗の支配下よ。何かあれば報告するようにしつけてある。鯉伴が刺されてどのくらいたったかねぇ…もうすぐ百鬼が来る頃だろうよ。』
…驚いた。
確かに浮世絵町のカラスを使うことはできるが…でもそんな躾してあったか?
『それに…アンタも覚醒したばかりで体の調子がまだ万全じゃないでしょ?お互い万全な状態で殺り合った方が良い余興になるんじゃなくって?』
これァ…一か八かの駆け引きだ。
このまま引いてくれたら有難いが、もし駄目だった時は何としてもこいつを護らねぇと…意識飛ばしてる場合じゃねぇ。いつ向こうが仕掛けてきても対応できるよう、内にある祢々切丸を握り締める。
「くくく…なるほど。別に今お主らを殺してもいいのじゃが、まぁよい。妾は今日機嫌が良い。お主の言う通り、“万全”な状態でぬらりひょんの血を消しに来るかのう。」
「二代目ーーーー!!!鯉菜様ーー!!」
「ご無事ですかーー!?」
遠くから奴良組の皆の声が聞こえる。もしかして本当にカラスが伝えに行ったのだろうか。
「行くぞ、鏖地蔵。」
「ぐぬぬぬぬ…分かりました。」
大人しく去って行くあいつらにホッとする。
組の皆も近づいてきてるからもう大丈夫だろう…後は皆に任せよう。今回ばかりはちょいと血を流しすぎた…。
ーーーーーーーーーーー
「……………」
目を開ければ、目に入るのは見慣れた天井。
「…………………?」
身体が重苦しい。何でだ。
下を見れば、リクオと鯉菜が俺の体に倒れている感じで寝ている。鯉菜は普通だ…だが、やはりリクオ…期待を裏切らない。俺の上で大の字でくっ付いている。
「ぷっ…コアラかよ。」
そう笑えば鯉菜が反応した。起こしてしまったか。
『…お父さん?』
「おぅ、おはようさん。」
『…おはよう、!、リクオ!?アンタどこで寝てんの!お父さん怪我してんのに!』
そう言って寝ているリクオを起こし、俺の上から退かす。
「…怪我?」
『ぇ…覚えてないの? 左肩、刺されたの…』
「…!」
思い出した。
そういやぁ、山吹乙女そっくりの娘が現れて…俺ァ刺されたんだ。リクオと鯉菜は俺が目を覚ましたことを皆に知らせに行く。
にしても、めんどくせぇことになった。俺の推測が間違えなければ、羽衣狐は復活したんだ。俺が愛した人…山吹乙女を依代にして。
ひとまず親父と鴉天狗にこのことを報告しなくちゃならねぇ…。
ーだが、その前に
「お説教でもするかねぇ…。」
少しして鴆や若菜、親父が来た。
鴆によると、しばらくの間は安静にしていなきゃいけねぇらしい。
「そうだ、若菜。悪いが、リクオと少し席を外してくれねーか?」
「分かったわ。リクオ、行きましょう」
『…あっ、じゃあ私も出た方がいい?』
「いや、お前はここにいろ。」
『…ん。』
若菜がリクオを連れて部屋を出る。
今ここにいるのは俺と親父、鴉、鯉菜だ。若菜たちの足音が聞こえなくなったところで大きく息を吸い込む。
「馬鹿野郎!!!!!」
『…っ!!?』
「何であの時すぐに逃げなかった!!今回は運良く見逃してくれたが、最悪お前殺されてたんだぞ!!自分がしたこと分かってんのか!!」
『な…』
「お前が死んだらどれだけ皆が悲しむと思ってんだ!!二度とあんな真似すんな!!」
『…アンタはどうなんだよ。アンタだって同じだろ!アンタが死んだら…どれだけ皆が悲しむ!?』
「お前はまだ子供だろ!親より先に死ぬなんて最低な親不孝者だぞ!!」
『っ!』
そう言えば…押し黙り、目に雫を徐々に溜める鯉菜。少し言い過ぎただろうか…。
『そんなの…嫌でも分かってるよ!
だから、死なないようにしたじゃない!
木刀で防いだし、リクオには家のモン呼ぶように頼んだりもした!!
勝手なこと言ってんじゃねーわよ!!』
「おいっ!鯉菜!」
部屋を出ようとする鯉菜に声をかければ、立ち止まる。
『…言っとくけど!
私は今回の行動に対して後悔もしてないし、謝る気もない。だってあれが…私が考えた中で出した答えだからよ!』
鯉菜が出て、静まり返る部屋。
「…気持ちは分かるが、ちょいと怒り過ぎじゃねぇのか? 鯉伴」
「そうですよ…鯉菜様のおかげで助かったのですし。それに結局は皆無事だったのですから、あそこまで怒鳴らなくても…。」
「…分かってる。
だが、あの羽衣狐にアイツ歯向かったんだぞ?」
「「!!」」
「…復活したのか、あの女狐。」
「あぁ、しかも依代はおそらく山吹乙女だ。」
「どういうことですか!? 鯉伴さま!!」
「…俺もまだ分からねぇ。
だが山吹乙女が俺を刺した事で、羽衣狐が覚醒したのは事実だ。」
「しかし…あの方はもう亡くなって…」
「ふぅむ…謎は深まるばかりじゃのぅ。」
「…今度総会を開いて、羽衣狐の復活を皆に知らせましょう。」
鴉の言葉に親父も俺も頷く。異議なしだ。
(「そういやぁ、浮世絵町のカラスって異変を見つけたら報告するようにしつけてあるのか?」)
(「そこまではしませんよ。情報収集に利用するだけで。」)
(「(てこたァ…アレはハッタリか。)」)
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