▽ 駆け引き
「“七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき”
あのあと…山吹の花言葉を何度も調べちまったっけ」
あと…あともう少しで着く…!
『…父さ…っ!』
「“気品”“崇高”…そして“待ちかねる”…」
様子のおかしい山吹に、お父さんは気付かない。遅れを取らないように、走る足を止めず、そのまま木刀を抜いた。
「まるで…オレ達の娘みてぇだ…」
その言葉と、山吹乙女の持っていた花が刀に変わったのは…同時だった。
『お父さん! 退いて!』
「…鯉菜?」
ガン!
山吹の持つボロボロの刀の切っ先を、木刀で思い切り下から打ち払う。助走をつけて思い切り力を込めた甲斐があったのだろう…その刀はお父さんを突き抜けることなく、上へ上がった。
しかしー
ズパッ
「ぐっ…」
『お父さんっ!?』
聞こえてきた呻き声と僅かに香る血の臭い。駄目だったのかと思い慌てて見れば、何とか無事な様子な鯉伴。まだ油断はできないが、何とかここの難関は切り抜けたようだ。
「…大丈夫だ、左肩をやられただけだ。」
そうは言っても血の量がすごい。
早く戻らねば、手遅れになってしまう。
「ああ…あぁ…あ…鯉伴…さま?」
一方、山吹乙女は思い出したのだろう…
さっきまで「お父様」と呼んでいたのに「鯉伴さま」と真っ青な顔で呼び始めた。
「あああああぁぁぁあぁぁああ!!!
いや…いや…鯉伴様ァァァァァ」
『………』
ふと、地獄でのことを思い出した。
もし珱姫が私を助けてくれなかったら、きっと乙女さんはこんな苦しい目に合わなかっただろう。そして私があの立場にいて、私が鯉伴を殺してたんだろう。
…恐ろしく感じるのと同時に、ホッとしてしまった自分に嫌気がさしてしまう。
『………っお父さんは! 大丈夫だから!!
だから…!』
だから何だというのだ。
死んではないにせよ、刺したことには変わりはないのだ。自分があの立場にいたら…何を言われても絶望するだろう。
「ひぇっひっひっひっ そうじゃ悔やめ女!
自ら愛した男を刺したんじゃぞ?できなかった偽りの子のふりをしてな!あっひゃっひゃっひゃああ」
その言葉に更に絶望する山吹乙女。
そして…
「…おい。そりゃどういうことか…詳しく教えてくんねぇかぃ?」
「なんじゃ…まだ死に絶えておらんのか。」
察しがついたのか…鯉伴は鏖地蔵と睨み合う。
だが、それは場にそぐわない笑い声で中断された。
「そうじゃ…妾は“まちかねた”のじゃ。よくやった、これで宿願は復活だ。」
「てめぇ…誰だ?」
「なんじゃ、孫もおったのか。子供を成せん呪いをかけたはずじゃが…そうか、人間と交わったのか。どこまでも憎たらしい血め。」
「羽衣狐様!今やつは先程の怪我で弱っております…このまま孫もろとも殺してしまいましょう!」
まずい…何とかしてアイツらを退かせないと…!
今ここには護衛はいない、お父さんも怪我をしている。やれるのは…私だ。
『…それはやめた方がいいんじゃない? お互いに。』
「何…?」
「いけません!あんなの逃げるための戯言ですぞ!さっさと殺すべきじゃ!」
うるさいなあのくそじじい…私が話しているのは羽衣狐だ。邪魔をするな。
『戯言…?
ハッ、あまり奴良組をなめないでくれる?
ここは浮世絵町…この町にいるカラスは全部うちの鴉天狗の支配下よ。何かあれば報告するようにしつけてある。鯉伴が刺されてどのくらいたったかねぇ…もうすぐ百鬼が来る頃だろうよ。』
「ほぅ…?」
あともう一息…
『それに、アンタも覚醒したばかりで体の調子がまだ万全じゃないでしょ?お互い万全な状態で殺り合った方が…良い余興になるんじゃなくって?』
「くくく…なるほど。別に今お主らを殺してもいいのじゃが、まぁよい。妾は今日機嫌が良い…。お主の言う通り、“万全”な状態でぬらりひょんの血を消しに来るかのう。」
「二代目ーーーー!!!鯉菜様ーー!!」
「ご無事ですかーー!?」
…!
皆の声だ。
リクオ、言う通りにしてくれたんだな。後でいっぱい褒めてやろう! え? カラスじゃないのかって? あんなの唯のハッタリだ。実際は知らん!
「行くぞ、鏖地蔵。」
「ぐぬぬぬぬ…分かりました。」
良かった、何とか大人しく引いてくれた。あとは鯉伴の傷を治療して貰えれば大丈夫だな。
ドサッ
『…鯉伴?』
振り返れば、そこには結構な量の血を流した鯉伴が倒れていた。
『ちょ…鯉伴、鯉伴!! しっかりしてよ!!』
「! 二代目!! お嬢!!」
『首無!どうしよう!鯉伴が…!』
「…っすぐに運びましょう、鴉天狗!
こっちだ!! 早く朧車をっ!」
遠くからたくさんの妖怪が来る。
早く…早くしないとこのままじゃ死んでしまう…!
『(珱姫っ……!)』
私には治癒の力なんてない。
だから私をこの前助けてくれたように、鯉伴のこともまた助けてくれないだろうか。そう想いを寄せた時だった。
『…ぁ?』
掌から温かい光が出た。
「それはっ! 珱姫様の、治癒の力…!?」
『…これが…?』
ようやく着いた鴉天狗が言う。それじゃあ…傷を治せるってことか? そう思って、鯉伴の傷口を見たらもうほとんど治っていた。
羽衣狐との駆け引き、皆が来てくれたこと、鯉伴がもう無事なこと、初めての治癒の力…色んなことが重なり合ったせいだろうか。ホッと安心した私は、鯉伴の傷が塞がったのを確認した後、そのまま意識を失ったのだった。
(「! 鯉菜様!?」)
(「お嬢!しっかりしてください!!」)
(『(あぁ…鯉伴を生かすことができてよかった。)』)
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