▽ 鏡花水月(リクオside)
「だいぶ慣れたな……」
オレは今、朝食後の第一仕事である洗濯をしている。相変わらずだが、洗濯場と干す場所が遠い。でも苔むした岩で足を滑らすことも段々なくなってきた。筋肉が付いたせいだろうか。
「ふぅ…これでひとまず終わりか……」
これを片付けたら実戦場で訓練だ。そう思いながら凝った肩をほぐしている時だった。
「忘れたくとも忘れられねぇ顔だ…
最低の記憶のな」
誰か知らないが、急に3人の妖怪に襲われる。コイツらは…遠野の奴じゃねぇ。武器を持っていないため明鏡止水で慌てて逃げる。今は退くしかねぇ!!
「ムゥウン!!」
だが、たったのひと振りでオレの明鏡止水は破られる。
「いや…待て。あの男の畏が…こんなに簡単に破られる筈がない。お前は、違うな。拙者は鬼童丸。おぬし何者だ。」
鬼童丸……? 知らねぇな。
何が何だか分らなくて困惑する。どうやってこの場を凌ごうか。
「あの姫との子か? いや、お前からは400年の月日は感じない。そうか孫…それほどの月日か…。」
そう言いながら刀を構え、こちらに一歩一歩近づいてくる。
「はねたお前の首、羽衣狐様のお土産にしよう。そして胴は貴様の祖父へ…狐文字で宣戦布告をそえてな」
さっきから鳥肌が立って止まらねぇ。
やばいぞ、このじじい。このままじゃ殺られる…。
「(一段階上への昇華…あの時のジジイは何した? 思い出せ、一度見たはずじゃねーか!)」
迫ってくる敵から逃げようとした時、川の中にある木の棒が視界に入る。その光景に頭を過ぎるのは…姉貴とジジイの話。
そうだ…ぬらりひょんって妖怪は……。
「何やってんだおめぇら…オレらの里で暴れやがって…京妖怪さんよ、殺すぞ」
突如現れ、オレを殺そうとした奴の手を切り落とすイタク。正直助かった…だが、
「まて…イタク……。
そいつは俺の敵だ!!」
そうだ。
姉貴の言う通り、オレは1度この技を使ったじゃねぇか。
「思い出したぜ……鏡花水月」
刀の代わりに、拾った木の棒を構える。
すると、下っ端の1人が襲い掛かってきた。
「なんだてめぇ!? てめーの畏は切られただろが!!」
だが、奴の技はオレに当たることはない。
「あ、あぁ!? てめぇ何しやがった!?」
「バカが…オレが殺る!! ……!?」
もう一人の下っ端もまた襲い掛かってくるが、またも技はオレをすり抜ける。
「どういうことだ? 認識できているのに…」
「そこにいるのに、何で触れねーんだ!?」
オレを認識できているのに、オレに触ることができねぇ…そう狼狽える奴らを木の棒で殴る。これが、ぬらりひょんの〈鬼憑〉…。
「昔じじいに聞いたことがあった。
ぬらりひょんってのは何の妖怪かって…
じじいはカッコつけてこう言った。
〈鏡に映る花、水に浮かぶ月〉すなわち〈鏡花水月〉。夢幻を体現する妖…ってな」
話しながら、じじいが昔言っていたことを思い出す。
ーーーーーーーーーー
「おじいちゃん!
見て、お昼なのに月が出てるよ!!」
「不思議じゃのぅ…
だが池に映っておるから幻ではないぞ。」
「本当だー! 池にお月様が入ってる!
…あっ? 消えちゃった」
「ははは…そりゃそうじゃ。鏡のような水面(明鏡止水)は波紋を立てれば破られる。だが水面に映る月(鏡花水月)は…波紋を立てれば消えて届かなくなる。ぬらり…くらりとしとる。まるでわしらぬらりひょんじゃ。」
『…おじいちゃんて粋な例えをするよね。
腹立つわ〜。』
「なぬっ!? どこが腹立つんじゃ!!」
『ねー、リクオ♪』
「? ねー、お姉ちゃん♪」
ーーーーーーーーーー
……懐かしいな。
そして姉貴は昔から変わんねぇよな。
「む、折れちまってる…
さすがに木の棒で妖怪倒すのは無理か」
「畏を解くなリクオ!!」
イタクの言葉に振り向けば、鬼童丸がオレに攻撃を繰り出していた。避ける時間も〈鬼憑〉する暇もない。
当たる、
そう思った時目の前に見慣れた後ろ姿が目に入る。
「姉貴!!」
『やほ〜、リクオちゃん。元気モリモリ?』
鬼童丸の刀を防ぐ姉貴。オレは祢々切丸没収されてんのに…何で姉貴は刀持ってんだよ。つーかモリモリって気持ち悪いな。
「〈姉貴〉……?
そうか…最近治癒の力を持つ女がいると噂があるが、貴様か。姫の孫なら納得もいく。
…生き肝として連れて帰るか。」
『おっと。
……強引な男は嫌われるわよ?』
鬼童丸は姉貴を捕らえようとするも、鏡花水月で避けられる。そして姉貴が離れた瞬間、凍りづけにされる鬼童丸。
「……な、氷……」
『冷麗スゴーイ! 氷のオブジェだ。』
「遅いと思ったらイタク…
あなたリクオの教育係でしょ?
間の抜けたことしちゃダメよ。」
冷麗だけじゃない。淡島や紫など、いつも実践に付き合ってくれる遠野勢が集まっている。
「この遠野で暴れたことを大越で悔いてごらんなさいな」
『……ドS女王さ……』
「どうやらもう一人凍らされたい人がいるみたいね?」
ニッコリと笑う冷麗に、場の空気が10度くらい下がる。…謝るくらいなら、余計な一言をなくせよ姉貴は。
しかし冷麗の氷は簡単に解かれ、鬼童丸が口を開く。
「…私のやることは遠野を全滅させることではないのだよ。だが、ぬらりひょんの孫に手を貸したことは覚えておく。奴良組とつるめば…花開院のように皆殺しだ」
花開院……!? 皆殺し!?
少ししか戦ってないから分からねぇが、ゆらも、ゆらの兄貴達も弱くはなかった筈だ…
「それと女…貴様にはまたいつか迎えをよこそう。それまでに家族とのお別れを済ませとくんだな。
羽衣狐様の血肉となれる事を誇りに思え。」
『あら、それは楽しみね。お迎えの人をバラバラにしてお繰り返してあげるわ。はねた首は要らないから捨てるけど、胴には奴良文字で宣戦布告をそえてね。』
何だよ奴良文字って。もしかしてさっきの話を聴いてた!? いつから居たんだよ!?
内心姉貴にツッコミながらも、去っていく京妖怪達を見送る…奴らが完全に見えなくなるまで。
(「姉貴はいつからいたんだ?」)
(『〈拙者は鬼童丸。お主は何者だ。〉から』)
(「ほとんど最初じゃねーか!!」)
(『ピンチになったら助けようってスタンバッてたの。ナイスなヒーローぶりだったでしょ?』)
(「姉貴、シリアスって言葉を知ってるか?」)
(『うん。美味しいよね、シリアル。』)
(「(親父・・・助けてくれ・・・。)」)
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