▽ ロールケーキ
「そういえば、玉章の持っていた刃溢れした刀の件はどうなったんです?」
お父さんが去ってしばらくして、牛鬼が私に問いかける。
『あぁ、見たら同じものかどうか分かるかなって思ったけど…分からなかった。仮にお父さんを刺した刀と玉章が持っていた刀が一緒だった場合、羽衣狐か山ン本が玉章を利用したんだろうねぇ。』
「ふぅむ。あの刀はいったい何処から来たのかのう。まぁええ、今日はこのくらいにしておこう。馬鹿息子もおらん事だしな…お開きじゃ!」
おじいちゃんの言葉で話し合いが終わる。首無、青、黒が部屋を出ていくのに次いで私も部屋を出ようとするが、おじいちゃんに呼び止められた。
『なに?』
「お前さんは結局どーするんだ。
京都に行くのか行かねーのか…どっちなんだ。」
『行くよ、京都。だからリクオと一緒に強くなりに行く。その……遠野?って所に』
「そうかい…
死なねぇように気をつけるんじゃぞ?」
遠野の奴は気が短ぇからなとニヤッとして言うおじいちゃん。…それ悪口?
『死にゃあせんよ。大事な弟様を置いて逝くなんて、姉貴失格ですから。』
おじいちゃんを真似てニヤッと言い返して、そのまま部屋を出る。
『……遠野、か。』
自室に戻り、敷かれている布団に入る。ちなみに歯磨きはちゃんとしたぞ!
『ふぁ〜、誰に当たるかなー…』
ウトウトしながら原作の遠野編を少しずつ思い出す。リクオの教育係は確かイタクだった筈だ。じゃあ私は誰になるんだろうか。
緊張と楽しみのドキドキ、一方ではお父さんを傷付けたことに対する自己嫌悪、そして乙女さんに対する罪悪感など…諸々な感情が渦巻く中、結局は眠気には勝てず私は眠りについた。
そして今、私は布団の中で朝から悩んでいる。
『…いつも通りに…挨拶? いや、でも……』
そう、昨日気まずいまま別れたお父さんとどう接するかで悩んでいるのだ。
「お嬢、起きてくださーい!
もうそろそろ朝ご飯の用意ができますよー!」
『あ、はーい!』
ガーン……なんてこった。これはもう行くしかないではないか。どうしようと悩みつつも、取り敢えず着替えを済ませて洗面所に向かう。うがいと洗顔をしてサッパリするも、私の頭の中はサッパリしない。
『…………ん?』
今ふと思ったンだが、…私何も悪いことしてなくない? 誰だって大好きな父親が前妻と会うとか聞いたら、子供は心配になるよね。前妻にお父さんが取られちゃうんじゃ…ってなるよね。普通の…てか当たり前な心理だよね!?
『……私悪くねぇじゃん!』
逆ギレ? そんなことはない。逆イラだ。
私はぶっちゃけ悪くないという事実に気付き、堂々と居間に向かう。
嘘です、堂々とではありません。
チキン並みにビクビクとしながら行ってます。
「…おはようさん」
『うわっ!? …ぁ、ぉ、おはよう……』
急に後ろからした声に心臓が跳ね上がる。しかも今私を悩ましている原因の人物だ。
「…昨日はよく眠れたか?」
『……ブルーだったかな。寝付きも寝起きも。』
アンタのせいでねという嫌味を飲み込んだ私偉い!いつも通りなのかどうか良く分からない会話をしながら、2人で居間に向かう。
『おはよう』
食卓に座るおじいちゃんとお母さんに朝の挨拶。
あぁ、お母さんの向日葵のような笑顔が朝から身にしみます! 元気が出てきました、ありがとう!!
『あれ、リクオはまだ起きないのか。』
「ふふ、稽古やり過ぎちゃったんだってねぇ〜元気でいいわ!」
『…そう、だね。』
母よ、稽古のやり過ぎで寝込むなんて…普通はないと思うぞ。心配をしているのをバレないように笑顔で振舞っているのか、それともガチで「うふふ」なのか分からないのが若菜マジック!!
『あ、お母さん。
私とリクオ、しばらく遠野って所に行ってくるね。』
「あら、二人旅? いいわね〜、楽しんでおいで!」
楽しんでおいで、か。うん…楽しもう。イタクや淡島、冷麗とかとレッツパーリーしよう。
『……ごちそうさま。』
「あら、もういいの?」
『うん、なんかもうお腹いっぱいなったし。』
お父さんとの気まずい関係に加わり、リクオがいない四人での食事は少し息苦しく感じた。何だかよく分からないけど…
『(本当に私〈奴良〉の子に産まれたんだな)』
漫画の世界に非現実的な転生トリップをした事を改めて認識した。一方で、これは夢なんじゃとも思った。現実の『私』は病院で入院してて、目が覚めたらこの世界の私も消えてしまうのでは…。
『……ハッ……ンなわけないか。』
「鯉菜」
『おじいちゃん?』
「一緒にロールケーキ食わんか?
今朝買ってきたんじゃが。」
『……食べる(本当に買ったのか?)』
ぺカーとした笑顔で言うおじいちゃんの提案にのり、おじいちゃんの部屋に向かう。何だろう、またお話かな。もしや昨日怪しい点があったとか!? 誰も気づいてないから言わなかったけど、今からワシが言うぜ!みたいな!?……逃げたい。
「ほら、これ美味しそうじゃろう?
広告に出てるのを見つけてのぅ……」
ニコニコと話しながら、ロールケーキを持ってくる。にしても準備いいな。お皿と包丁がもうスタンバイしてあったぞ。
「お前さんはロールケーキを切り分けてくれんか?わしァ茶の準備をする。」
『わかったー』
ロールケーキを2つ分カットし、それぞれお皿に乗っける。和風な皿に乗るロールケーキ…なんかシュールだな。
「ほれ、茶ができたぞ」
『ありがとう。……熱っ』
「そういやぁ猫舌じゃったな。先にロールケーキ食べるとええ。そのうち温くなるじゃろ!」
『…うん!』
ーなんだ? この爺何を企んでるんだ!?
なんか優しさが逆に気持ち悪いんですけど!!
まさか…このロールケーキに自白剤とか入って無いよね!? 食べるの怖くなってきたわ!!
「…お前さん、何か失礼なこと考えておろう」
『ソンナコトゴザイマセン、イタダキマス』
ギクリとしながらも慌ててロールケーキを口に入れる。
『! 美味しい……』
「じゃろう?
今朝いち早く買いに行って良かったのぅ…」
黙々とロールケーキを2人で食べるが、別に気まずい雰囲気でもない。むしろゆったりとした空気が流れる。
「鯉菜よ。」
先に食べ終わったおじいちゃんが不意に口を開く。
「鯉伴のこたぁワシに任せとけ。」
『……ぇ?』
「皆分かっておる、お前が何を不安に思っているのか。首無や青、黒も、お前と一緒で不安じゃろうて。2人がどれだけ愛し合っとったか、2人がどんな別れ方をしたかも知っておるしのぅ…」
『………………』
「だがな、アイツもちゃんと自覚しておるじゃろう。乙女さんとはもう復縁できないと。
若菜さんもいて、お前やリクオもいる。アイツはわしに似て一筋だからな! お前が心配しとうことにはきっとならんじゃろう。
それでももしアイツが揺らいでしまったその時は…ワシに任せとけ。」
『…おじいちゃんに?』
「おぅ。子の躾は……親の仕事じゃろ?」
『…クスッ…そうね、じゃあもしもの時は、おじいちゃん…私のお父さんをよろしくね?』
ニコッと笑顔で頼めば、おじいちゃんもニヤッとして私の頭を撫でる。そういえばおじいちゃんに頭を撫でられるのは小さい頃以来だ。懐かしい。
「遠野の迎えがここに着くのは明日ぐらいじゃろう。明日から大変じゃぞ〜今のうちにゆっくり休んどけ。」
まだ欲しいなら食えというおじいちゃんの言葉に甘えて、ロールケーキをもう一個切り分ける。
……たまにはおじいちゃんとこうやって過ごすのも悪くない。
(『そういえば、お父さんてまだ怒ってんのかな・・・今朝の様子じゃ分かんなかった』)
(「あれは怒ってなどおらん。イジけとるんじゃ。」)
(『イジけてる・・・?』)
(「お前さんが鯉伴を信用してねぇって・・・不貞腐れとるだけじゃ。放っておけ。」)
(『・・・放置していいの?』)
(「時間が経てば機嫌も治ろう。」)
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