穏やかな青空の下。
仲睦まじい様子で町を歩いていた男女二人組は、巡回中の真選組を見付けて口を開く。



「わっ!さ、佐々木さん見て下さい!真選組、真選組ですよっ!!カッコイイ……」



女はその口から歓喜の声を漏らし、



「……そうですね、カッコイイですね。はぁ……」



男は深い深い溜め息を零した。





「佐々木さんってば溜め息なんか吐いて……あ、もしかして…………

巡回組の中に推しメンが見当たらなくて、落ち込んでるんですか?」

「ちょっと黙っててもらっても良いですか?」



近しい距離で歩くこの二人の心は、両極端に位置していた。






―――
――






【見廻組局長】佐々木異三郎と、【町娘A】みょうじなまえ。



『あの……すみません』

『はい、どうかされましたか?』



二人の交友関係はなまえが佐々木に声をかけたことから始まった。



『見廻組局長の佐々木さん……ですよね?』

『えぇ、そうですが……それが何か』

『あっ……じ、実は私、佐々木さんと同じく真選組のファンでして!よろしければ真選組について熱く語り合いませんか!?』

『……は?』




―――あの日から、なまえは佐々木を見付ける度“ご一緒しても良いですか”と笑顔で駆け寄り、二言目には“佐々木さんと真選組のお話が出来て嬉しいです!”と訳のわからない言葉を並べては当たり前のように隣を歩いた。


そうして、なまえと幾度となく行動を共にするようになり、佐々木は気付いてしまった。

彼女の本命はあくまで“真選組”。
…………そんな彼女を、こともあろうことか、自分は酷く愛しく思うようになってしまったことを。




「……なまえさんは本当に真選組がお好きなんですね」

「はい!大好きです!!あの、女子禁制を掲げた誠実さ……局中法度の厳しい抑圧に負けない闘志……そして、鋭い強さに甘い優しさを兼ね備えたっ……「ありがとうございます。そこまでで結構ですよ。もう何百回と聞いていますので」



熱く言葉を並べるなまえに、佐々木はげんなりした。

こうなることはわかっていたのに。彼女の喜ぶ様子を見たいが為に、いつもいつも憎たらしい真選組の話を自ら振ってしまう。

どうして自分は、こんなにもミーハーな彼女を好いてしまったのか。
……いや、傍にいたいと思える要素は沢山あるのだ。

一緒にいると心が安らぐし、コロコロと変わる表情は見ていて飽きない。気遣いだって真選組が絡まなければ十分過ぎるほど出来ている。



「す、すみません。私ってばまた暴走しちゃって……」

「お気になさらず、もう慣れっこですから。それに……そういった部分も貴女の魅力のひとつでしょうし」



何より、



「え?!……あっ、えっと…………えへへ、ありがとうございます!」

「…………」



この、眩しいほどの笑顔を、

会う度心の底から望んでしまう。



(いつか、その笑顔を私に…………私だけに……)



引き寄せられるようになまえの頬へと手を伸ばす。けれど、その温かさに触れることなく、佐々木は腕を下ろした。

なまえの瞳が、自分を通り越したずっと先を見つめていたから。

真っ赤な顔で口をぱくぱくと開き、今にも叫び出してしまいそうな彼女の様子に、佐々木は再び深い溜め息を吐く。



「さ、さ、さ、佐々木さんっ……あちらにいらっしゃるのはもしかして……!!」



歓喜をまとったなまえの声を合図に振り返れば、やはりと言うか何と言うか……一番遭遇したくなかった人物がこちらに向かって歩いていることが確認出来た。


―――補足だが、

彼女の推しメンは“土方十四郎”だそうだ。



(………あぁ……)



なんて胸糞悪い。





件の人物が近付くにつれて、佐々木の中に芽生えた苛立ちが大きくなっていく。



「佐々木さん……ど、どうしましょう?!土方様がこちらに向かって来ています……!!」

「違いますよなまえさん。あれは一見、土方十四郎に見えますが……中身はニコチンとマヨネーズが詰まった新しい生物です。目を合わせてはいけませんよ?視線が交われば煙とマヨネーズを目に吹きかけられ…………死にます」

「え…………えぇぇ!?そ、そんな恐ろしい生物がいるなんて、私知らなかっ……「いるわけねぇだろ!つか、今の話のどこに信用する要素が含まれてんだよ!!」……!!ひ、土方、様……!」

「…………チッ」



いつの間にか二人の横で立ち止まっていた土方に、佐々木の口から自然と舌打ちが漏れた。

なまえの視線をこちらに向けることは出来たが、僅か数秒で彼女の熱い視線は再びこの忌ま忌ましい男へと注がれる。

不快だ。非常に不愉快だ。



「ったく…………おい、此処は真選組の管轄だ。なんで見廻組のてめぇがいやがる」

「これはこれは土方さん。見廻り、どうもご苦労様です。私はご覧の通り、休憩時間を利用してなまえさんと散歩の真っ最中です。よって、何処を歩いていようと口を出される筋合いは無いと思いますが」

「チッ……あーそうかよ。そりゃ悪かったな………………………なんて言う訳ねぇだろ!?

このやり取り今日五回目なんだけど?!どんだけ休憩してんだよ、どんだけ余裕ぶっこいてんだよ、八連勤中の俺への当て付けか……!!」

「行く先々に貴方がたが偶然居合わせているだけですよ」

「てめぇらが俺らに付いて回ってんだろーが!!」

「っ……土方様、すみません!私が真選組の皆さんの雄姿を見たいが為に、独自のルートで真選組見廻りルートを調べ上げ、こうして今このルート上に……」

「やっぱりお前かよ!!つか、ルートルート言い過ぎて訳わかんねぇから!!」



薄々勘付いてはいたが……真選組とやたらと鉢合わせるのは、彼女の仕業だったようだ。

本日五度目となるやり取りにも、土方に怒鳴られ場違いにも頬を染めるなまえにも、佐々木の苛立ちが一層膨れ上がる。


何ですか、その可愛らしい表情は。
貴女の推しメンとやらが土方十四郎であることは不本意ながらも承知していますが、さすがのエリートでも我慢の限界という物がありますよ。


真選組や土方の話をどれだけ話されようが、なまえの愛らしい表情を見ることで怒りも苛立ちも中和されてきた。
しかし、それが自分に向けられないなんて……正直、これ以上は耐えられそうにない。
“仏の顔も三度”とは言うが、私は五度も耐えたのだ。よくやったと自分を心から褒め称えたいくらいだ。


ヒクリと引き攣るこめかみを指で押さえ付け、何とか冷静さを取り戻そうと試みる。
そんな佐々木の珍しく必死な様子に気付いた土方が、さも面白い物を見付けたと言わんばかりにニヤリと笑った。



「はっ……男の嫉妬ほど見苦しいもんはねぇな」

「……何のことでしょう」

「すっ惚けるこたぁねーよ……なぁ、なまえ?」

「へ?!あっ……えぇ…!?」



佐々木を挑発するように、なまえの肩を抱き寄せる土方。憧れの人物との突然の密着に、なまえの顔は見る見るうちに林檎のように赤く染まった。


目の前の現状に、佐々木の顔が今度こそ怒りに歪む。



「………その手を離しなさい、糞餓鬼……」

「おいおい、良いのかよ。きったねぇ本性がだだ漏れになってんぞ」

「黙りなさい。それ以上彼女に近付くようでしたら、私も容赦なく――……」

「あ、あの……!!」



睨み合う二人の間に、控えめななまえの声が響く。
その声にハッとした佐々木は慌てて視線を彼女にやり、思わず血の気を引かせた。


なまえが、怯えたような表情で佐々木を見つめていたのだ。




(やってしまった…………)




自分がひた隠しにしてきた黒い部分を、

余裕の無い、情けない部分を、




彼女に 見せてしまった…………。




「さ、佐々木……さん……あの……」

「なまえさん……」

「は、はい……」



怖ず怖ずと言葉を返すなまえに、佐々木の胸がズキズキと痛む。

怖がらせてしまった。怯えさせてしまった。

―――静かに見つめた彼女の顔から笑顔は抜け落ち、世界は白から黒へと一瞬で色を変えた。



「………………私は屯所に戻ります。なまえさんは……………どうぞ土方さんと楽しんで下さい」

「え?」

「おい、待っ……」



彼女の傍を離れるのが苦しい。
けれど……彼女が好意を抱いている男との楽しげな戯れなど、見たくない。これ以上一緒にいることの方が堪え難いのだ。

土方の制止する声も振り切り、佐々木は踵を返すなり足早に歩き始めた。



(こんな、自分勝手な行動…………嫌われてしまってもおかしくありませんね……)



歩みを進める度、先程のなまえの怯えた表情が頭にちらつき胸の痛みが強くなる。
畳み掛けるようにして、土方に向ける彼女の嬉しそうな表情までもが脳裏に浮かび、息が出来ない程の切なさに珍しく凹んだ。

どんなことが起ころうと、彼女へ寄せる想いは簡単に変えることは出来ない。
これからどうしたものかと、佐々木が首をもたげた……その時。



「……佐々木っ……さん…!待って……待って下……さいっ…!」



聞き慣れた愛しい声が、呼吸と共に言葉を弾ませて近付く。
まさかと思って振り返れば、とん、と僅かな衝撃と同時に、自分よりも小さな体が縋るようにして腕にしがみついた。



「なまえ、さん……どうして……」



眼下で上下に揺れる華奢な肩。少し乱れた柔らかな髪。俯く顔に表情を確認することは出来ないが、きっと息苦しさから愛らしい顔をくしゃくしゃに歪ませているだろう。

なまえの温もりが布越しに伝わり、佐々木の胸にじわりじわりと熱いものが込み上げる。



「…………土方さんと一緒に過ごさなくて良いのですか」



あぁ、違う。
こんな子供じみたことなど言いたくないのに。

何とか絞り出した言葉はつまらない意地ばかりが形となり、佐々木自身を即座に自己嫌悪へと陥らせた。
しかし、呼吸を整え顔を上げたなまえの表情は、そんな悩ましい考えを吹き飛ばしてしまうほどの、眩い笑顔だった。



「土方様に会えたのはすごく嬉しかったです。でも、私……佐々木さんと真選組の話をしてる時が一番楽しいなって思えるから………………、


一緒に過ごすのは、やっぱり佐々木さんとが良いです!」




自分だけに向けられたその笑顔は、

今までで一番綺麗なものだと思った。




「っ…………まったく、しょうがないですねぇ。

あと少ししか休憩時間はありませんが、残りの時間も貴女の大好きな真選組の話を聞いて差し上げましょう」





悔しい想いも、


切ない想いも、


苛立つ想いも、





「……はい!是非、お願いします!!」





どうかその笑顔で消して欲しい。

これから先、何度でも。






―――小さく微笑み合って、町を再び歩き始める男女二人組。
この二人の心は両極端に位置していたように思えたが…………、


実際は、当人達が思っているよりも

ずっとずっと近しい距離に位置していた。









(あれ?副長、どうかしたんですか?)
(おい、山崎……あの二人をどうにかしろ……)
(あの二人……?あぁ、なまえちゃん達!え、もしかして……まだくっついてないんですか!?)
(あぁ……お陰でこっちは散々だ。あいつらを明日まで……いや、今日中にくっつけろ)
(は?いや、そんな急に……)
(出来なきゃ切腹だ。おら、さっさと行け)
(いやいやいや、そんなの無理に決まって……(っ……良いからさっさと行きやがれ!なんなら俺が今すぐ叩っ斬ってやろうか、あ゙ぁ゙?!)……わ、わかりました!行きます!今すぐ行ってきますぅぅぅ……!!)




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