『しょうがない子ですね……ならば、指切りでもしましょうか』



いつだったか、そう言って小さな笑みを浮かべた佐々木局長と控えめに小指を絡めた。

今も記憶に残るあの日の彼の温度が、ただただ私の胸を締め付ける。






――
―――






「っ……これじゃあキリが無い…!」



銀時達と共に押し入った広い広い殿中で、敵対する相手の刀にガチリと刃をかち合わせ、眉間に皺を寄せる。

江戸城の守衛からすっかり役所が変わってしまった今の状況に、見廻組隊士のひとりであるみょうじなまえは奥歯を噛み締めた。

どれもこれも……全ては定々、奴の手により血塗られた忌まわしい因縁が歴史。



(アイツの、定々のせいで、佐々木局長は……!)



刀を交えていた相手を力一杯押しやり、体勢を崩した所に素早く斬り込む。
胸に沸き立った怒りの感情に流されるまま、なまえはただがむしゃらに刀を振るう。

そうでもしないと、涙が溢れてしまいそうだった。



局長が刺されたという事実


彼が昏睡状態であるという不確かな情報


そして、振り切ることの出来ない最悪の結末―――……



彼は生きていると小さく、しかしはっきりと言い切った信女の言葉に勇気付けられ、此処まで来た。

けれど、どうしても、無意識に考えてしまうのだ。


彼とは、もうこのまま……二度と会えなくなってしまうのではないのかと。



「なまえ、集中して。相手は“奈落”……普段の任務で戦うような侍とは桁が違う」

「す、すみません……!」



信女に静かに咎められはっとする。
そうだ……これは、今までの戦いとは訳が違うんだ。

刀の柄を握り直し、向かって来る新たな敵の刃を受け止めた……その刹那。



「銀時ィィィィ!!」



月詠の叫び声が響き渡り、思わず銀時を見遣る。



「っ……坂田さん…!」



視界に飛び込んできたのは、毒針に経穴を突かれ四肢を投げ出し座り込んだ銀時が、大量の血を吐き出す瞬間だった。

堪らず動揺し呼吸が乱れる。

その一瞬の隙を敵が見逃すはずもなく……気付いた時には、大きく振りかぶった相手の刀が、なまえ目掛けて勢いよく振り下ろされていた。



「なまえ…!!」

「え?………あ」




(……………私、死ぬかも……)




まるでスローモーションに切り替えられたかのようにゆっくりと下りてくる刃を見据えながら、酷く冷静な頭の中で今までの出来事が巡る。




『なまえさん、よく頑張りましたね』



あぁ、局長に褒められた時、頭撫でてもらって嬉しかったな。



『まったく、貴女は注意力が散漫な所がありますから……目が離せません』



叱ってくれた時も、結局最後には頭を撫でてくれたっけ。

……脳裏に浮かぶもの全てが佐々木局長のことだなんて、自分はどれだけ彼に支えられてきたんだろうか。

でも、これでもう、彼とは会うことも言葉を交わすことも出来なくなる。
このまま正面から攻撃を受ければ、きっと私は死んでしまうから。



(さよなら……なんだ……)



これで良いのかもしれない。

だって、佐々木局長が生きているという確証は、何ひとつ無いのだから。

もし、仮に、彼が死んでしまっていたなら。
そう考えるだけで、このまま生きていてもしょうがないような気がしてしまい……自然と刀を握る手が緩まっていく。








『指切りを、しましょう』







諦めることばかりを考えていた頭に、一際大きく鮮明に彼の声が響いた。




(そうだ………指切り…………私は、局長と約束を…………)




『私の心配ばかりをして貴女が怪我をしていては元も子もないでしょう』

『うぅ……すみませんでした……』

『しょうがない子ですね……ならば、指切りでもしましょうか』

『え?指切り、ですか?』

『えぇ、そうです。私も貴女もお互いが心配で仕方ないようなので……どんな任務でも必ず無事でいると……、


指切りを、しましょう』




(っ……約束を、したんだ……!!)




曇りかけたなまえの瞳に光が宿る。

瞬時に手に力を入れて刀を握り直すも、敵の攻撃を防ぎ切るには動くのが遅過ぎたことは明白だった。けれど、なまえは動きを止めようとはしない。



彼の無事を信じようと、


彼との約束を守ろうと、



刺し違える覚悟で、刀を振り上げた。









「夜遅くに、こんな所で何をしていらっしゃるんでしょうか……失礼ですが、免許証見せてもらえますか」




ぴりっとした痛みが頬に走ると同時に響いた銃声、そして崩れ落ちていく目の前の敵。
そこへ間髪入れることなく飛び込んできた声は……、




「こんばんは。お巡りさんです」




無条件でなまえの心を震わせた。





「っ………局長……!!」





声の主は、なまえの頭を占領していた佐々木だった。向けられた銃口から微かに煙りが上がっており、自分はまた彼に助けられたのだと漸く理解する。



―――生きていた。

彼は、生きていたんだ……!


押し寄せる涙をぐっと堪えて立ち尽くす。そんななまえを目だけで確認すると、佐々木は小さく息を吐いた。



「何をやっているんですか、貴方達。貴方達がこのザマでは……私達の首まで飛んでしまうでしょう」



満身創痍な銀時を一瞥した後、佐々木は再びなまえへと視線を戻した。



「特になまえさん」

「へ!?あ、は、はい…!!」

「何故、貴女が戦場の最前線であるこちらにいるんでしょうか」

「!!…………す、すみません……」



自分でも無謀なことをしたと思っている。秀でた戦力も無いくせに、この場にいることは酷く場違いだと。

遠回しではあるが、叱るような佐々木の口振りになまえは小さく項垂れた。
けれど、続けて彼が放った言葉は、怒りでも呆れでもない……珍しく弱々しいものだった。



「目覚めた時、貴女の姿が見当たらないので…………焦りました」

「…………え?」



咄嗟にその言葉の真意を聞こうとしたが、外から聞こえてきた喚声に口を閉ざす。
大勢の熱り立つ声……恐らく、外には守衛がまだまだ沢山いるのだろう。
神楽ちゃん達は大丈夫だろうか。



「おや、どうやらあちらも始まったようですね。


……ご覧の通り、この城は既に我々エリートによって包囲されています。おとなしく武器を捨て投降しなさいとか言ってみましたけどウソですから。一回こういうの言ってみたかっただけですから」



私の不安を余所に、スラスラと言葉を並べていく局長に呆気に取られる。
……この饒舌さ、刺されたなんて嘘みたいだ。



「ホントに捨てないで下さいね。一応警察なんで、無抵抗の人間皆殺しにするのは何かとマズイので」


「………遅い」

「申し訳ありませんね、信女さん――……」



その後続いた信女とのやり取りを、なまえはどこかぼんやりとした意識の中で見つめていた。


(ほんと……嘘みたいだ……)


この人は本当に食えない人だと、自分の上司ながら改めて思う。
人にあんなにも心配を掛けたくせに、何食わぬ顔で戻って来ては飄々とした様子でピンチを救っていく。

そしてあっけらかんと普段通りに振る舞うなんて……、



(せっかく我慢したのに……今度こそ、泣いちゃうじゃないですか……)



唇を噛み締めて俯いた所に、ぽすりと頭に何かが乗る。
顔を上げ、揺れる瞳に映ったものは、



「なまえさんも…………よく頑張りましたね」



局長の小さな笑顔。



「っ…………う、ぁ…………きょく、ちょっ……局長ぉ……!」



ゆるゆると、彼が私の頭を撫でる度に涙が零れ落ちる。


温かくて、優しい大きな手。


この手を信じて、離さずにいて……本当に良かった。




「…………さぁ、なまえさん。泣いている場合ではありませんよ?このまま任務遂行です」



なまえの涙をゆっくり拭うと、佐々木は新たな拳銃を取り出し銀時を見据えた。





――――その後の快進撃は目まぐるしいものだった。


佐々木に活醒の経絡へ血清を打ち込まれた銀時が再び動き出し、定々の首をとるのだと上階へ向かった。

そんな彼を補助せよとの局長命令により、見廻組隊士達も皆、敵と刀を交え戦い続ける。

なまえもまた、傷だらけになりながらもありったけの力を振り絞り戦った。



「……なまえさん。ここから先、貴女は私の後ろへ」

「で、ですが……私はまだ戦えます……!」

「……何を勘違いしているんですか。貴女に“背中を預ける”と言っているんです。

どんな任務でも必ず無事でいるよう指切りをしたでしょう?無事に帰還する為、私の背中は貴女に預けます。貴女も私に背中を預けなさい」

「っ………………は……はい!!」





交わした約束を、深く胸に刻み、

――――背中の温もりを支えに戦い続けた。
―――
――









かくして、一国を揺るがした彼の騒動は、現将軍茂々の計らいにより終結を迎えた。
無論それには、銀時を筆頭とした“侍”の活躍あっての結末と言えるが――……。




その後、病院へと逆戻りした佐々木は、病室に現れた近藤と土方に忠告した。

まだ、全てが終わった訳では無いのだと。



「部下から報告がありましてね。烏の死骸が消えました」

「何!?まさか……!!」

「…………どんな反応をしていただいても結構ですが、もう少し静かにしてもらえませんかね。この子が起きてしまうでしょう」

「……あ?この子?」



ジトリと睨むような視線を送ってくる佐々木に苛立ちながらも、土方はベッドを挟んだ向かい側を見遣り怪訝な表情を浮かべた。

今まで頭に血が上っていたせいで気が付かなかったが……そこには椅子に座ったなまえが、ベッドへ上半身を投げ出すようにして眠っていた。
彼女の柔らかい髪を愛おしげに指先で撫でる佐々木を意外そうに見つめながら、土方は再び口を開く。



「何でなまえが此処にいんだよ。一応コイツも手負いなんだろ」

「何度も言い聞かせたんですけどね……どうやら、私の言葉を気にしているようでして」

「言葉?」

「えぇ……」






『目覚めた時、貴女の姿が見当たらないので…………焦りました』





あの時言った言葉は、独り言のようなものだったのだが……。
律儀にもこうして片時も離れようとしないなまえに、佐々木の口元が自然と緩む。


きっと彼女は、どれだけ約束を重ねようとも全て守り抜こうと努力するだろう。

どこまでも純真で愛おしい、この子となら……心中立てを交わすのも悪くないかもしれない。


ふと浮かんだ柄にも無い想いに、佐々木は口角を上げたまま溜め息を吐く。





「……かわいい部下を持つと、色々と悩ましいものですね」








今回の出来事、真の終幕を迎えた訳ではない。
……けれど、今はそんなことも忘れて、なまえが目覚めた時少しでも多く話がしたい。


こっそり絡めた小指の温もりに、不覚にも胸が高鳴ったことは……彼女には到底言えそうにないけれど。








(う……局長…?)
(おや、起きましたか。先程まで土方さん達がいらっしゃっていたんですよ)
(そうだったんですか…………あの、どうして指切りしてるんでしょうか)
(可愛いなまえさんが私の傍から離れてしまわぬよう、約束してもらおうと思いまして)
(は………え?あ、えぇぇ…?!)
(冗談ですよ)
(っ……も、もう!変な冗談やめて下さいよ…!)
(……と、いうのも冗談です)
(!?……な、え、あ、えと……っ)


((真っ赤になって、本当に可愛い子ですね……))





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