「わ、私……無理です……!」

「なまえさん……親友の頼みが聞けないと言うんですか?」

「っ………で、でも……」



いつもの如く私の家へ訪れたメル友の彼と、押し問答を始めてから一体どれくらいたつのだろうか。
ソファに二人で座り込みながら、私は今日という日を生まれて初めて疎ましく思った。



―――今日。
2月14日 バレンタインデー。


……なんとなく、メル友の彼からチョコレートを要求されることは予想していた。
季節の行事は必ず一緒に過ごしてくれているし、何より……私も彼に初めての友チョコを渡したいと願っていたから。

しかし……彼が望んだチョコレートは、友人関係初心者の私にとって、大変酷なモノだった。



「あのっ……チョコレートフォンデュをするのは良いんですけど……

っ……い、異三郎さんに……た、た、食べさせてあげるなんて……私、出来ませんっ……!!」



そうなのだ。こともあろうことか、メル友の彼はチョコレートフォンデュを“食べさせて欲しい”と要求してきたのだ。(彼曰く、バレンタインデーにチョコレートフォンデュを食べさせ合うのは親友同士のしきたりらしい)

異三郎さんから食べさせてもらうことはあるが、食べさてあげることなんて一度も無かったし、この先も一生することは無いだろうと思っていた。

………と言うより、
“はい、あ〜ん”……だなんて恋人同士がするようなこと、恥ずかし過ぎて出来る訳がないんだから…!!


浮かんだ想像に悶々と唸っていると、異三郎さんに両手をそっと握られ顔を覗き込まれる。
ちらりと見た彼の顔は、なんだか捨てられた子犬のように寂しげなもので……胸が狭く苦しくなった。



「………………私のことがお嫌いですか?」

「え!?そ、そんな、嫌いだなんて…!!」

「でしたら……親友である私のささやかな願いを、どうか叶えていただけないでしょうか…」

「あ、う、えっと……「チョコレートフォンデュ、貴女の手から私に食べさせてくれますよね?」…っ………わ、わかりました…!」



揺れる瞳に耐え切れず勢いよく返事を返せば、寂しげだった表情から一変し、それはそれは嬉しそうなものへと変わった。



「ありがとうございます……さすが、私の自慢の親友です。貴女が親友であることを心から誇りに思いますよ」

「うぅ……」



ズルイ人だと、心底思う。
普段凜としている人からあんな表情であんなお願いされたら、誰だって頷いてしまうだろう。

先程の弱々しさとは打って変わり、嬉々とした様子の異三郎さんは、立ち上がるなり迷うことなくキッチンへと歩みを進める。
ご機嫌な彼の後を私も慌てて追いかけた。



「あ、あのっ……今、材料とか何も無くて……買い物を……」

「心配ご無用です。この袋の中にチョコレートフォンデュをする為の機材が全て揃っていますから」



彼が来た時に引っ提げていた大きな袋から、次々とチョコレートフォンデュセットが登場する。
……どうやら、私の羞恥心など関係なく、最初からこうなることは決まっていたようだ。



「さぁ、なまえさん。素敵なバレンタインデーを過ごしましょうか」



尻込む私を見据えて、異三郎さんは口元に綺麗な笑みを浮かべた。
策士な彼の背後に、揺らめく悪魔の尻尾が見えたのは……きっと気のせいじゃない。






 ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄




異三郎さんが用意してくれたチョコレートフォンデュの機械は、かなり高価そうな物だった。
チョコレートファウンテンと呼ばれる機械らしく、装置のてっぺんから噴水のようにチョコレートが流れ出ている。

ソファの前にあるローテーブルに並べられた果物やキラキラと艶めくチョコレートに、不覚にも胸が高鳴ってしまう。



「準備も出来たことですし、そろそろ始めましょうか」

「えっ……も、もう…ですか?あ、あの、もう少しチョコレートが流れるのをゆっくり眺めてからでも……」

「…………」

「っ……う、嘘です!は、は、早く始めましょう…!!」



……どれだけ胸が高鳴ろうが、彼からのお願い事を忘れた訳では無い。

これから始まる羞恥の塊のような行為を何とか先延ばしに出来ないだろうかと、隣に座った異三郎さんに視線を投げれば……またもや寂しそうな双眼とかち合ってしまい慌てふためく。

な、なんだか今日の異三郎さん……子供みたいだなぁ……。


………ん?…………子供?



(…………そ、そっか!子供だと思えば良いんだ!!)



私が今から食べさせてあげるのは、異三郎さんじゃなくて小さな子供。そう思い込めば恥ずかしくない……気がする!


この状況を打破する為の名案を閃いたからか、今度は異三郎さんの世話を焼いてみたいという好奇心がむくむくと膨れ上がった。



「じゃ、じゃあ……どれから食べますか……?」

「おや、乗り気になりましたか。そうですねぇ……では、苺からお願いします」

「は、はいっ…」



内心ノリノリで、銀色の細長いフォークに彼がご所望の苺を刺す。
そのままチョコレートを絡め、垂れないように手を添えながら慎重に異三郎さんの口元へと運んだ。



「えっと……ど、どうぞ…召し上がれ…?」

「……いただきます」



私が差し出した苺を、異三郎さんはゆっくりとした動作で食べ始めた。



(…………あれ?)



チラリと覗かせた舌で垂れてしまいそうになったチョコを掬うようにして嘗め取り、苺の先端をかじる。



(こ、これは………ちょっと……っ)



とてもじゃないけど、子供に思えない…!!

彼が苺を口に収めていく様子は妙な色気が溢れ出ていて……何だかいけないことを見ているような気分になり、頭の芯がカッと熱くなった。



「…………っ」

「……どうかしましたか?」

「な、な、な、何でもないです…!!」

「何でもないと言えるような様子ではありませんよ。頬をこんなにも赤くして……まるでこの苺のようですね」



異三郎さんの手が私の頬を撫でる……もうそれすらも恥ずかしくて涙が迫り上がる。
泣きそうな私を更に追い詰めるように、彼は空いているもう片方の手でフォークを持つ私の手を握り、そのまま見せ付けるようにして先端の欠けた苺を頬張った。



「苺、とても美味しいですよ。…………こちらの苺はどうでしょうね」

「ぁ……っ」

「こんなにも赤く熟れているんですから、さぞかし甘いんでしょう?」



異三郎さんが意地悪く笑いながら私の頬にゆっくりと顔を近付ける。逃げようと試みるが、彼のギラギラとした眼差しに捕われ体がガチリと硬直してしまった。

絶えず醸し出される色めいた雰囲気にとうとう眩暈が起こり、堪らず目をギュッと強く閉じた。


(ま、また……き、き、き、キスとかされたら……ど、どうしよう!?)


いつぞやに額に落とされた口づけを思い出し、体温が一気に上昇する。

異三郎さんが私をからかうことはよくあることだけど……こういう感じの……その、恥ずかし過ぎてどうにかなってしまいそうなからかい方は、いつまでたっても馴れないのだ。

フォークを握る手にうっすらと汗が滲む。
どうすれば良いのかわからず、私は目を閉じたまま肩を竦めて身構えた。




「……」




「…………」




「………………?」




……しかし、いくら待っても頬には何も触れなかった。むしろ触れる気配すら感じない。

恐る恐る目を開き様子を窺えば、先程まで目の前にあった異三郎さんの顔は程よい距離へと遠ざかっており、当の本人は新しいフォークを使い優雅にふたつ目の苺を頬張っていた。

ぽかんと呆けていると目が合い、ニヤリと笑われる。



「どうしたんです?」

「へ?!あ、えぇっと……っ」

「先程よりも頬が赤いようですが……何かおかしな想像でもしてしまったんですか?」

「ち、ち、ち、違いま……っ!?」



異三郎さんの言葉に慌てて言い返そうとすると、開いた口にチョコレート付きの苺が転がり込み、反射的に口を閉ざした。

……言わずもがな、犯人は異三郎さんで。
苺に刺さっていたフォークを私の口からスルリと抜き取ると、ふっくらと膨らんだ私の頬を優しく抓るように数回撫でた。

広がる甘酸っぱい味に、胸がまた高鳴る。



「なまえさん」

「っ……………は、はい……」

「今日は私の我が儘に付き合って下さり、ありがとうございます」

「そ、そんな、我が儘だなんて……それに、お礼を言うのは私の方ですよ……」


(私があげる側なのに、結局食べさせてもらっちゃったし……)


「あ、あの、本当にありがとうございました!それで、その……異三郎さん、他にも食べたい物はありますか…?

わ、私、異三郎さんが望むなら、何でも食べさせてあげます!……こ、これから先、何度でも…!!」



喜んでもらいたい一心で勇気を振り絞って伝えれば、異三郎さんはキョトンとした表情で私を見つめた後、口元を片手で覆い隠しサッと目を逸らしてしまった。

ど、どうしたんだろう……?



「あ、あの……異三郎さん……」

「……………あまり……」

「!!は、はい…!」

「……あまり、可愛いことを言わないで下さい……」

「へ?かわ…………っ…えぇぇ?!なっ…なっ……」

「まったく……私を掻き乱そうなんて真似、一生しなくて結構です。……貴女はそうやって、私の言動にあたふたしていれば良いんですよ。

ほら、口を開けなさい。他の物も食べさせて差し上げあげます」



そう言って、私からフォークを取り上げた異三郎さんの耳が苺のように真っ赤になっていたのを、私は見過ごさなかった。



(異三郎さん……て、照れてるんだ……!)



……何だか無性に嬉しくて、異三郎さんに見付からないよう、私はひっそりと口元を緩ませ笑みを零した。





―――どうか来年も、二人でバレンタインデーを過ごせますように。







(あ、あの……本当にもう良いんですか?ま、まだ、苺ひとつしか……)
(十分ですよ、ありがとうございます。此処から先はいつも通り、私がなまえさんに食べさせて差し上げる番ですから)
(そ、そうですか……)
(えぇ、そうです)


((もっと照れてる異三郎さん見てみたかったなぁ……))

((たまには逆の立場を楽しもうかと提案してみましたが……あんな可愛い不意打ち……卑怯です……。やはり私は掻き乱す側に限りますね))





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