心の何処かでは、わかっていたのかもしれない。



「お母様、私にお話って何ですか?」

「あらあら……あの人ったら、本当にまだ何も言っていなかったのね……」

「?あの、どういう……」



籠の中で産まれた鳥は―――



「まどろっこしいのは嫌いだから、ハッキリ言うわね。……なまえ、貴女の婚約が正式に決まったの。近いうちに式も挙げてしまうわよ」

「………え?あの、私にはお付き合いしている方がいると以前お話を……「そんなこと…………、

……関係ないわよ。これ以上私達に恥をかかせる真似はよしてちょうだいな」




籠の外では 決して生きていけないのだと。





―――
――




所謂、中流階級と呼ばれる家庭に産まれた私は、父からも母からも“上流階級になる為”のいろはを、子供の頃からずっと学ばされてきた。

がんじがらめな彼等の強制に、悩みながらも喜んでもらおうと必死に頑張ったが……器用さのかけらも無い私に上手く熟せる訳もなく。
上手に振る舞えない私に、両親の目は次第に冷たいものへと変わっていった。



『貴女は貴女のままでいれば良い。私は、そんな不器用な貴女が好きですよ』



落ち込み、塞ぎ込んでいた私に今の恋人である彼が掛けてくれた言葉は、いとも容易く私をすくい上げた。

思い返せば……異三郎さんとの交際はそこから始まったのだ。




「なまえさん……?あまり元気が無いようですが……何かあったんですか?」

「あ……の……」



優しい彼……笑顔の絶えない空間……でも、それも今日で終わってしまう。
私はこの幸せな時間に、自らの手で終止符を打たなければいけない。

私の幸せが、父の、母の……みょうじ家の幸せよりも先にあってはならないのだから。



「……異三郎さん………私と…別れて欲しいんです……」



机を挟んだ向こう側に座る彼の瞳が、私の言葉によって僅かに揺らいだ。



「どういう、ことですか……?」

「そのままの意味です。私、貴方とはもう……お付き合い出来ません」

「なっ……何故急にそんな…!私に何か至らない点があったのなら……「結婚するんですっ……私……両親が決めた男性と…」



異三郎さんの言葉を遮って振り絞るように伝えれば、彼がぐっと息を呑むのを感じた。
目を見るのが怖くて俯いていると、温かい手がそっと頬に添われる。



「その話、貴女の本心ではないのですね?」

「っ……!」

「ならば、私が何とかしましょう。佐々木家の意地をもってしてでも貴女を…」

「もう良いんです!これ以上は何も……何も言わないで……」

「なまえさん…?」

「…………ごめんなさい……」

「っ……なまえさん!待って下さいっ……なまえさん…!!」



彼が制止するのも振り切って部屋を飛び出す。必死に走り出すと同時に、堪えていた涙がポロポロと零れ落ちていく。

……これで良かったんだ。これでみょうじ家にも、彼にも……誰にも迷惑は掛からない。



「…………異三郎、さん…っ……」





――――――さようなら。





――






……あれから私は異三郎さんとの連絡を絶った。

彼とはもう会えないだろうと頭で理解しても、心はいつまでたっても付いていかず……涙が枯れ切ってしまいそうなほどむせび泣いては、彼への想いをひたすら押し殺し日々を送った。

唯一の救いといえば、婚約者である男性が非常に優しい青年だったことだろうか。


出会ってほんの一週間ほど。
お互いのことは深く知らぬまま、私達は今日……式を挙げる。





「―――新婦のご入場です」





真っ白なドレスに身を包み、父と腕を組んで開かれた教会の扉から中へとゆっくり歩みを進める。

目指す祭壇の前に立つ男性は、私の愛する人とは違う人。
愛しい彼よりも少し背の低い……あの男性と、私は夫婦になるんだ。彼ではない……あの人と。


一歩、また一歩と進む度に異三郎さんのことが頭に浮かび、思わず溢れ出た涙で視界が滲んでいく。

花婿はもう目の前だというのに。



「ほら、なまえ。泣いていないで花婿さんの手を取りなさい」

「……は、い…っ……」



父に促されるまま、こちらに手を伸ばす花婿の手に自身の手を置く。
そのまま祭壇の前へ立つと、牧師が頷き本格的に式が始まってしまった。







「……では、新婦なまえよ。貴女は、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も……これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「………っ」

「新婦なまえ…?」



(………嫌だ。誓いたくない…………でも……でも……っ)



参列者達から降り注ぐ視線に耐え切れず、とうとう口を開いた……その時。

突如、教会の扉が乱暴に開け放たれた。
そこから現れた真っ白な隊服の男に、会場はどよめき……私の心臓も大きく音を立てた。



「お取り込み中のところ、大変申し訳ございません。私、見廻組局長の佐々木異三郎と申します」

「見廻組!?き…局長殿が一体何用でわざわざこちらへ…?今は私の愛娘であるなまえの結婚式の最中でございます。もしも捜査の一環でこちらへみえたのなら、どうか式が終わった後に……」

「これはこれは、貴方がお父上殿でしたか。……残念ながら私はそのなまえさんに用がありますので、このまま退散する訳にはいかないのです」

「なっ……なまえ!一体何をしたんだお前は!!」



父の怒鳴り声にビクリと肩が跳ねる。
……そんなの、私だって……私の方が聞きたいところだ。

呆然としている私に視線を移した異三郎さんは、そのままこちらに向かって歩き始めた。彼の有無も言わさぬ佇まいに、この場にいる全員が静まり返る。



「なまえさん……とても綺麗です。私の見立てでは無いのが惜しいところですが」

「い……異三郎、さん……どうして……」

「どうして?そんなの……決まっているでしょう。



………貴女を、攫いに来たんですよ」



目の前で立ち止まった異三郎さんが、不意に体を屈めた。そして次の瞬間、私の体は彼の逞しい腕によって、まるでお姫様のように抱き上げられてしまった。

言葉を失う私の額に口づけを落とすと、彼はあんぐりと口を開けて立ち尽くす両親に向き合い微笑んだ。



「初対面がこのような形となってしまい、誠に申し訳ございません。私、なまえさんとお付き合いさせていただいております、佐々木異三郎と申します」

「そんな……まさか!?なまえ、お前はあのチンピラ同然の真選組の輩と付き合っていたんじゃないのか?!」

「わ、私、一言もそんなこと…!」

「ならどうしてちゃんと言わなかったのよ!?相手の職業が警察だってことしか言わないものだから、私達はてっきり…!
っ……貴女の相手が見廻組の、それも局長殿だとわかっていたらこんな……!!」

「“こんな”……何です?“玉の輿を狙った政略結婚など計画しなかったのに”とでも言うおつもりですか?……本当に呆れた方達ですね。貴方達がそんなだから、彼女はいつまでたっても何も言えないんですよ」



ぴしゃりと言い切った異三郎さんに、両親は顔を真っ赤にして押し黙った。父と母のこんな表情を見たのは初めてだ。
まじまじと二人を凝視していると、私を抱えている彼の手に力が篭った。



「さて、遠路はるばるお越し下さった方々には大変申し訳ありませんが……この通り式は中止です。この子は、私の花嫁です」

「!!異三郎さん…っ」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!私達の息子はどうなるって言うのよ!?こんなこと許されるとでも……!!」

「それならご心配なく………彼にも迎えが来ています」

「僕に、迎え…?……っ……まさか…」

「お察しの通りです。貴方の恋人である女性が外でお待ちですよ……さぁ、早く行きなさい」

「っ……あ、ありがとう……ございます……!」



涙を拭って駆け出した男に、今度はその両親があんぐりと口を開け立ち尽くす。
勢いよく出ていった花婿に参列者達は騒ぎ始め、私の両親の顔が徐々に青ざめていく。



「さぁさぁ、花婿もいなくなってしまったことですし……御開きとしましょうか。あぁ、ご心配せずとも式の代金、その他諸々の費用は全て私が負担します。私、どこぞのチンピラ警察とは違ってエリートですから」



異三郎さんの気迫に再び静まり返った教会内。そんなことものともせず、彼は私を横抱きにしたままゆっくりとバージンロードを引き返していく。

引き留める者は、もう誰もいない。


教会を出る間際に聞こえてきた大勢の人の怒鳴り合う声や、ヒステリックに泣き喚く声……普段なら耳を塞ぎたくなるような喧騒も、今は不思議と心地好く感じた。



「異三郎さん……夢なんかじゃないですよね…?…私……私……っ」

「大丈夫、ちゃんと現実ですよ。
……言ったでしょう?私が何とかしますと」

「………佐々木家の意地、でしたね」



「……………いいえ。


………………………私の意地です……」



石畳で出来た道へふわりと降ろされ、頬をそっと両手で包まれる。
そのままゆっくりと重なった唇の温かさに、再び涙が込み上げた。



「……貴女のご両親には、またきちんと挨拶に伺うとしましょう。正式にお付き合いを認めていただかないと何かと面倒ですからね」



優しい笑みを浮かべ涙を拭ってくれた彼の肩越しから、澄み切った青空を垣間見る。

そこを優雅に舞う白い鳥達に、思わず私は目を細めた。





(――――なんだ)





籠の外の方が、上手に飛べるんだ。









(お父上殿にお母上殿、どうもお久しぶりです。この度はなまえさんとのお付き合いを正式に認めていただきたく参りました)
(なっ……か、か、帰りたまえ!私達はもう話すことなど……!!)
(そ、そうよ!あんなことしておいて今更……!!)
(数々のご無礼、許しがたいこととは存じ上げますが……どうか私達を認めていただけないでしょうか。佐々木家の権力をふるいかざし、お父上殿を離職にまで追い込ませるなんてこと……私はしたくないのですよ)
(ひぃっ……わかった!わかったから、もう帰ってくれ!!)


((挨拶って……お父様とお母様に釘を刺しに来たんですね……))





top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -