色めき立った町娘で賑わう横丁。
彼女達の目当ては、古ぼけた看板が印象的な小さな占い屋だ。

占い師の名はみょうじなまえ。
なんでも、彼女のタロット占いは当たる確率が非常に高く、特に恋愛に関しては百発百中なんだとか。

……しかし、なかには占い目当てではない客もいるようで―――






「よぉ、なまえ」

「あら銀さん、こんにちは。ふふ、また仕事について占いに来たんですか?」

「あ〜……いや、今日はよ、恋占いでもしてもらおうかと思って…」



照れ臭そうに頭をガシガシとかきながら現れたのは、万事屋銀ちゃんこと坂田銀時。
なまえに好意を寄せている銀時は、時折こうやって彼女に会いに店へふらりと立ち寄るのだ。



「わ、ついに銀さんにも好い人が出来たんですね!」

「へ!?あ、あぁ、まぁ、出来たっつーか……前からいたっつーか……まだ片想いっつーか……」

「そうだったんですか?言って下されば占いましたのに……。……よーし、そういうことでしたら、今日はいつも以上張り切って占わせていただきますね!」

「はは……そりゃどーも」


―――今此処でお前が好きだっつったら……一体どんな顔するんだか。


早速カードと睨めっこを始めたなまえにもどかしい想いをくすぶらせつつ、銀時はテーブルを挟んで彼女の向かい側に腰を下ろした。



「……では、早速。銀さん、貴方が想いを寄せている方のことを頭に強く思い浮かべながら、カードを一枚選んで下さい」

「おー……んじゃ、コレ」



テーブルの上に裏返しの状態で掻き混ぜられた何十枚とあろうカードの中から、目に留まった一枚を指差す銀時。
……無論、目の前の女を強く想いながら。

そんな銀時の想いなど知りもしないなまえは、選ばれたカードを躊躇うこと無くひっくり返し絵柄を覗き込んだ。
……すると、絵柄を目にした彼女から笑みが消え、銀時は思わず顔を強張らせた。



「このカード……」

「な、なんだよ…?悪い結果が出たんじゃねーだろうな…?」

「あ、いえ!決して悪い結果ではないのですが……その…どうやら恋のライバルがいるようでして…」

「ライバルだぁ?周りはいつだって女ばっかりで、そんなヤツ見掛けたことも……「おや……先客がいらしてるかと思えば、貴方でしたか」

「……なっ…!?お前……っ」



銀時の背後から現れたのは、見廻組局長…佐々木異三郎だった。
占いとは無縁そうな男の突然の登場に、銀時は訳がわからないといった様子で彼を凝視した。

銀時の視線が突き刺さる中、異三郎はいつになく優しい笑みを浮かべると持っていたドーナツの箱をなまえへと差し出す。



「お疲れ様ですなまえさん。そろそろ休憩する頃だろうと思い、差し入れを持ってきましたよ……さ、どうぞこれを。食べたがっていたでしょう?」

「あっ、ドーナツ…!あの、いつもすみません……ありがとうございます」

「お気になさらず。いつも通り私も一緒に食べますので」



“いつも”すみません?

“いつも通り”一緒に食べますので?



目の前で繰り広げられる二人の会話に、銀時の背中を嫌な汗が伝う。



まさか……まさか………!?




「………で?いつまで此処に居座るつもりですか、坂田さん」




(………………ライバルって、コイツかよぉぉォォォ!!)







―――
――






「お二人共、お知り合いだったんですね。びっくりしちゃいました」



ニコニコと嬉しそうにドーナツを頬張るなまえを、ぴたりと挟むようにして座る異三郎と銀時。睨み合う両者に当然笑顔は無い。
あるのは、二人の間を激しく散る火花に……うっすらと漂う不穏な空気のみ。




なんせ、確信を持ってしまったのだ。




「なまえさん、昨日の話の続きをしましょうか」

「素敵な旅館の話ですか?私もちょうど聞こうと思ってて……」

「なぁ、なまえ。この前話した甘味屋のことなんだけどよ」

「…あぁ!銀さんオススメの和風パフェがあるお店!」



「…………」

「…………」




――お互いが彼女に想いを寄せる、ライバル同士なのだと。




「坂田さん、先程も言いましたが……いつまでこちらにいらっしゃるおつもりですか?見ての通りなまえさんは休憩中……営業時間外ですよ」

「あ?良いんだよ俺は。特別なんだよ。
それよかオメー、先客がいる中ズカズカと入って来やがって……警察が白昼堂々と営業妨害ですかコノヤロー」



二人の険悪な様子になまえはオロオロと狼狽える。
そんな彼女の困った様子には気付かぬまま、男達の言い争いは坦々と続いた。



「大体、どうして貴方までドーナツを食べているんです。図々しいにもほどがありますよ」

「なまえが“良かったら半分どうぞ”ってくれたんだよ。お前には関係ねぇだろーが」

「私はなまえさんにと買ってきたんです。いくら彼女がくれたからといって、我が物顔で食べないでいただきたいですね」

「あ、あのぉ……」

「はっ……職務放棄して遊び歩いてるポリ公にあーだこーだ言われたくねぇな」

「人聞きの悪いことを言わないで下さい。これは“休憩”です」

「あの……っ」

「休憩ねぇ……俺にはもっと個人的な理由で此処に来てる気がしてならねぇなぁ……エリート様よぉ?」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。白夜叉殿?」

「おっ……お二人共…!いい加減にして下さい!!」



雲行きが怪しくなるばかりの二人の雰囲気になまえはもう我慢ならないと隣り合う双方の腕を自分の腕でガシリと組み、精一杯声を張り上げて仲裁に入った。

予想もしなかった彼女との密着に、男二人は堪らず口を閉ざし、相手を罵る刺々しい言葉を飲み込んだ。



「もう!言い争いなら外でして下さい!!」

「わ、わりぃ……」

「すみません……」

「あー……でもよ、なまえ。俺ぁ……「銀さん!また此処にいたんですね!!」……げ」



怒鳴り声と共にお店へと入って来たのは、万事屋ファミリーの新八と神楽。
突然のことになまえが驚いていると、新八が申し訳なさそうに頭を下げた。



「なまえさん、どうもすみません……この人、猫捜しの依頼の途中で急に姿をくらまして……」

「え?…そ、そうなんですか?」

「ちょっ……新八くーん、余計なことは…」

「銀ちゃん、いっつも私達に仕事押し付けて此処でサボり腐ってるアル!」

「か、神楽!おまっ……」

「えぇ!?じゃあ、最近よくお店に来てた理由は、仕事をサボる為に……?」

「ばっ…!違っ…それは誤か……「ほら銀さん、行きますよ!それじゃあ、僕らはこれで。お騒がせしてすみませんでした」

「今度は銀ちゃん抜きで遊びに来るヨ」

「おぃィィィィ!何勝手なこと言っ……「「……は?」」……すんませんでした」





誤解だと言い切る前に、新八と神楽に両腕を掴まれ引きずられる銀時。
両脇の二人の気迫にたじろぐも、訝しげに自分を見つめるなまえの冷たい視線に気付いた瞬間、銀時の頭の中は真っ白になった。



――――ヤバイ。このままじゃ、マジで嫌われる……!



「違うからな!なまえっ……サボりじゃなくて、俺はお前を………っ…いだだだだっ!ちょっ、神楽ちゃん!?髪の毛掴むとかホントにやめて!!抜けちゃうから!男のプライドとか何か大事な物まで抜け落ちちゃうからァァァァ…!!」











断末魔のような叫び声を残して去っていった銀時に、なまえはムッと口を尖らせて呟いた。



「……………銀さんたら、サボりに来てたなんて」



まるで子供が拗ねた時のようなその表情に、異三郎は思わずなまえの頬に手を添えて顔を覗き込む。



「気に入りませんか?坂田さんが此処へ来ていた理由が、“貴女に会いに”ではなく“自分が怠ける為”だということが」

「え!?や、えぇっと……別に、そういう訳じゃ……」

「なら、どうしてそんな顔をするんです。私だけでは不満ですか?」

「そんなこと…!」



眉尻を下げ必死になって否定するなまえに、異三郎の心が少し軽くなる。


(……そうやって、貴女は私だけに心の内側を見せていれば良い……)


不意に頭を過ぎった考えは、エリートの考えることとは到底思えないもので……異三郎は苦笑混じりに溜め息を零した。



「冗談ですよ。……そうです、少し占っていただきたいことがあるんですが、お願い出来ますか?」

「あ、はい!何について占いますか?」



なまえの頬に添えられていた手が、今度は彼女の手をやんわりと包み込む。



「………………貴女の……なまえさんの未来を占っていただきたい。私という存在が、この先もずっと…貴女の傍にいるのかどうかを……」



異三郎の真剣な眼差しに射抜かれ、なまえの頬が赤く染まる。

―――それって……つまり………



「え、あ、あの………こ、これも冗談……ですよね…?」

「さぁ……どうでしょうね?さて、私もそろそろ仕事に戻ります。




………結果、楽しみにしていますよ」





不敵な笑みを浮かべる異三郎に、なまえの胸がカッと熱くなる。

呼吸もしづらくなる程のその熱は、彼が去っていった後も尚、冷めることはなかった。



はらりと落ちたカードの絵柄は

まだ、誰も知らない。







((ど、どうしよう……私、変だ……っ))

(何を一人で悶えてるの?)
(!?信女ちゃん!どうしよう!助けて!佐々木さんが…!)
(…………異三郎のことなら協力出来ない。手出し口出ししたら、ドーナツ買ってもらえなくなるから)
(そ、そんなぁ…!!)






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