request「鈍感娘と秋の空」続編です。




「……え?今から、ですか…?」



とある冬の日。
日も傾き出し、外の気温もうんと下がり始めた頃のこと。
真選組屯所を訪れた佐々木異三郎は、なまえの元へ向かうなりこれから出掛けないかと彼女を誘った。

今までは引き抜きを理由に来ていたが、最近ではこの鈍感娘を振り向かせる為にはストレートに誘うしかないと、何度も彼女をデートに誘い……そして撃沈している。

しかし、負け戦を重ねたお陰で、彼は彼女の扱い方を学んだのだ。



「確かに私の当番はこれで終わりですが……」

「ならば丁度良かったですね。では、行きましょうか」

「え!?ちょっ………さ、佐々木殿?!」



普通に誘っても職務怠慢だの何だのと断り続けるなまえだが……このように強引に取り次げば、彼女は狼狽えつつもなんやかんやついて来るのだ。


連れ出してしまえば、こっちのもの。


後はひたすら押して、押して、押して……自分という存在を更に意識させるのみ。


横からなまえが何か言っているのを聞き流しながら、佐々木は彼女の手を引いて足取り軽やかに真選組屯所を後にした。




―――
――




なまえを助手席に乗せ、二時間程車を走らせただろうか。
特に会話が弾んだ訳では無いがこの空間が何処か心地好く、訝しげな表情だった彼女もいつの間にかウトウトと舟を漕いでいた。



「……なまえさん?大丈夫ですか?」

「っ……す、すいません!私……」

「寝てしまっても良かったのですが……残念ながら目的地に到着してしまいました」

「え?もうそんなに………わ…綺麗……!」



声を掛けられ慌てて姿勢を正したなまえだったが、ふと見た窓の外の景色に思わず歓喜の声を零した。


日が完全に落ちて辺りが黒く塗り潰される中、爛々と浮かび上がる赤、青、白……様々な光彩。

……よく見れば此処は、建物や植物にイルミネーションを施したデートスポットで有名な大きな庭園の門前。
偶然にもなまえがひっそりと行きたがっていた場所だった。



「っ…あの、降りても……?」

「もちろんです」



車を停車させ、なまえをエスコートしようと佐々木が助手席へ向かうと、いつになく慌てた様子で降りてきた彼女。
その瞳はキラキラと輝き、早く中へ入りたい!と物語っている。




………何ですか、その表情。

可愛らしいにも程があるんじゃないですか。



「………なまえさん、貴女普段からそんな……」

「佐々木殿!早く、早く中へ行きましょう!!」

「……えぇ、行きましょうか」



こんなにも愛くるしい彼女を、彼の鬼の副長殿は見たことがあるのだろうか。
……いや、今はどちらだって構わない。なんせ、この表情を引き出したのは紛れも無い自分なのだから。

佐々木は緩む自身の表情にも気付かず、なまえに促されるまま門をくぐった。






「うわぁ……中もすごく綺麗ですね…!あ、ほら、動物の形もありますよ!可愛いなぁ……」

「……そんなにも喜んでいただけるなら、もっと早くお誘いすれば良かったですね」

「え!?あ、いや、私はそんな…!」

「デート、楽しんでいただけているようで安心しました」

「で、デート!?何を言って……!佐々木殿、貴方は……っ………くしゅ…!」



言葉を遮るように、なまえの口からくしゃみが飛び出す。

はっとして視線を彼女の服装に向ければ、彼女は自分が強引に連れ出したせいで防寒具を身につけていなかったことに気付く。
隊服だけでも寒さは凌げるが、お世辞にも暖かいとは言えない。このまま彼女が風邪をひいてしまってはいけないと、佐々木は自分の上着を脱ぎなまえの肩に掛けやった。



「え?あ、あの……佐々木殿、これでは貴方が冷えてしまいますよ……」

「平気です。どうかお気になさらず」

「しかし…!」



イルミネーションが照らす中、不毛な押し問答は続く。
頑なな彼女をすんなりと頷かせる為には、さてどうしようかと佐々木は考えを巡らせた。

そして、何気なく周りを見渡した時、たまたま目に留まったカップルを見て思い付く。



「……では、こうしましょうか。その上着は引き続きなまえさんがお使い下さい」

「佐々木殿はどうするんですか…?」

「私は、上着を着た貴女で暖を取ることにします」

「へ?」



先程見たカップルがしていたように、佐々木はなまえの腰を抱き寄せてぴたりと体を密着させた。

触れ合う箇所からじわりじわりと暖かさが広がり、同時になまえの顔にも赤みが増していく。



「なっ……さ、さ、さ、佐々木殿?!こ、これは、いささか近過ぎるのではないでしょうか…!?」

「嫌ですか?」

「い、嫌ではありませんが……その……」

「あぁ…人の目が気になりますか。でしたらご安心下さい。周りを見てもわかりますが、皆さん親しげに寄り添い合う方達ばかりです……私達もこのくらいの距離でいなければ、逆に不自然ですよ」



腰を抱いている腕に力を入れれば、面白い程に体を硬直させるなまえ。
しかし、言葉通り嫌ではないようで、緊張しながらも佐々木の隣から無理に離れようとはしなかった。



「……うぅ…」

「そんなに硬くならずに……そうです、なまえさん。身を寄せ合うついでに、このまま私と逃避行なんてどうですか?」

「え…?逃、避……………っ…な、何を急に…?!わ、私は、土方副長にお仕えすると何度も申し上げているではありませんか…!」

「おや、周りの甘ったるい空気にもほだされませんか……やはり貴女は一筋縄ではいきませんね」



残念です…と口元に笑みを浮かべたまま呟くと、耳まで真っ赤にしたなまえが睨むように前を見据えて、何か言いたげに唇を震わせた。

彼女のあまりの剣幕に、言動に度が過ぎただろうかと少し心配になって様子を窺えば、キッと強い眼差しに射抜かれる。



「っ……と、逃避行なんて無理です!」

「……………えぇ、わかっていますよ」



そう何度も否定されると、さすがのエリートでも心が粉々に砕け散ってしまいそうですよ、なまえさん。



なまえの迷いの無い瞳に内心落ち込み気味で返事を返せば、彼女の目つきが更にきつくなる。

その強気に満ちた表情に、彼女の可愛らしい口から可愛さのカケラも無い辛辣な言葉が再び飛び出すのだろうと、佐々木は思わず身構えた。



「見廻組への異動も、絶対にしません!」

「……はい」

「私がお仕えするのは、土方副長のみです!」

「…………はい」

「……しかし、佐々木殿の傍にいたいと感じる私もいます…」

「……………………は……?」



今、彼女は、何と言っただろうか。



「…なので、異動はしませんが……私は……「ちょ、ちょっと待って下さい!なまえさん、貴女……今、何と……」

「異動はしません…と……」

「その前です…!私の傍が……何と……」

「……佐々木殿の傍に、いたい…と…………あっ…!!ち、違っ…違いますよ!?そ、そ、そういう意味ではありませんからね?!
私はただ、またこうして出掛けることが出来たら嬉しいなって思っただけで…!!」



無意識に連ねた自分の言葉に、なまえはわたわたと慌てふためき否定する。
……実際は否定どころか、ますます墓穴を掘るような発言をしているのだが…当の本人は混乱し過ぎて気付いておらず、そんなところも酷く愛らしい。



―――そして、何より、



(………彼女の心は、以前にも増して私に傾いている……)



脳裏を過ぎった予感に、ドクリと心臓が高鳴った。




「……そう思っていただけた理由を、お聞きしてもよろしいですか…?」

「で、ですからっ…………え?理由、ですか?うーん……そうですね………




………佐々木殿の傍が…誰よりも心地好いと感じたから、でしょうか」



何故でしょうねと困ったように笑うなまえに胸が詰まる。




(……その答えを自ら生み出しても、尚、貴女は……)




佐々木は隣で不思議そうにこちらを見上げるなまえに苦笑混じりに微笑み掛けると、ぽかりと空いた唇のすぐ横に軽く口づけた。

いつまでも気付かないのなら……狼狽えて、気に掛けて、毎日悩ましく過ごせば良いと……意地悪くも淡い期待を込めて。



「…………貴女が悪いんですよ。どこまでも無邪気に鈍感な、貴女が……」



突然のことに目を見開いて固まるなまえを見て、佐々木は満足げに微笑むと彼女を一層強く抱き寄せた。

喉元まで出かかった彼女への想いは、再び飲み込んで。





冬の夜、二つの影は寄り添い続ける。
光の洪水が優しく包み込む中、そっと静かに。






(ねぇなまえさん、私の行動の真意…いい加減わかったんじゃないですか?)
(…………)
(……なまえさん?)
(…………)

((完全にフリーズしていますね。少しやり過ぎましたか……))






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