うららかな秋の日。
真選組唯一の女隊士であるなまえは、今日も庭で掃き掃除をしていた。


(だいぶ落ち葉も増えてきたなぁ……)


集まった落ち葉を見て一息ついていると背後から突然頭を撫でられ、驚いた拍子に箒を落としてしまった。
……あぁ、またやられた。



「なまえさん、庭掃除お疲れ様です。
しかし、このような雑務は貴女に相応しくない……人使いの荒い真選組などそろそろ辞めて、見廻組へ来たらどうですか。見廻組に入隊した暁には、貴女に局長補佐の地位を差し上げますよ」

「またそのようなことを……そんなことより、毎回毎回気配を消して背後に立たないで下さい!」

「すみません。貴女の驚く様子が可愛らしくて、つい……それで、見廻組への異動の件は考えていただけましたか?」



彼女の元に現れたのは、見廻組で局長を務める佐々木異三郎であった。

彼は何かと理由を付けては真選組屯所に顔を出し、想いを寄せるなまえを見廻組へ引き抜こうとそそのかす。
無論、佐々木の秘めたる想いなど知りもしないなまえはきっぱりはっきりと断るのだが……佐々木はそんなことで怯むような男ではなかった。なまえが何度断ろうと、彼は此処へやって来るのだ。



しかし、なまえにも揺るがぬ想いがある。



「佐々木殿……何度も言いますが、私は土方副長のお役に立ちたいが為に真選組へと入隊したんです。
お気持ちは嬉しいのですが…あの方の傍にいられるのであれば、例え一生平隊士のままだとしても私はそれに不満は無いんですよ」



なまえは憧れを抱いている土方に一生を尽くすと固く決意していたのだ。



「まったく貴女は…本当に根強い方ですね。まぁ、そんなところも気に入っているのですが……」

「佐々木殿は物好きな方ですね。私のように平々凡々な隊士を見廻組へ引き抜こうだなんて」

「……その鈍感な所はいただけませんがね」

「はい?」



不満げに眉間に皺を寄せる佐々木に、なまえはただ不思議そうに首を傾げた。
そんな彼女に佐々木は溜め息を吐きながらもさりげなく肩を抱き、距離を縮めて再び口を開く。



「ねぇ、なまえさん……どうすれば私のことを気に掛けて下さるのです?」

「気に掛けると言われましても、私は……」

「おいコラ、佐々木……てめぇまた懲りずになまえを引き抜こうとそそのかしてんじゃねぇだろーな?!」

「っ……土方副長!お、お疲れ様です!!」



どこからともなく現れた土方に、なまえは思わず直立不動の姿勢をとった。
その横で佐々木は変わらぬ無表情のまま土方を見ると、なまえを更に強く抱き寄せた。



「これはこれは土方さん、どうもこんにちは。それより、そそのかすだなんて人聞きの悪い……私はただなまえさんを見廻組へ勧誘していただけですよ」

「っ…そそのかしてんじゃねーか!!
………ったく……おい、なまえ。お前もいちいち相手にしてんじゃねぇ。そんなんだからこんな奴に目ぇ付けられんだぞ」

「は、はい!以後、気を付けます!!」



土方にジロリと睨まれ、なまえは慌てて佐々木から離れると敬礼のポーズを取った。
……佐々木に申し訳なく思いつつも、土方に幻滅されてしまうことは避けたかったのだ。


なまえの明白な態度に、佐々木は眉をピクリと動かし土方を睨みつける。
反対に土方は勝ち誇った表情で佐々木を見ると、フンと鼻で笑った。



二人の間に激しい火花が散る。



「土方さん、貴方なまえさんのことをまるでご自分の物のように扱っていますが……そういった関係ではないのでしょう?」

「だからなんだ。コイツは俺に懐いてる……それを大事に可愛がるのは自然な流れってもんじゃねーか?エリート様よぉ」

「自然な流れですか……私には権力を振るった一種のパワハラに見えますがね。
あぁそうです、人の恋路を邪魔する者はなんとやら……今後夜道を歩く時は気を付けた方がよろしいですよ。たまたま居合わせた通り魔が、貴方を斬り付けてしまうかもしれませんからね」

「ほぉ…そりゃ怖ぇ。だが、まぁ、斬り付けて来るってことは返り討ちにあっても文句はねぇってことだ。うっかり加減出来なくてボロ雑巾みたいにしちまっても……仕方ねぇよなぁ…?」



睨み合う二人になまえがオロオロとしていると、遠くから土方を呼ぶ複数の声が響く。どうやらこれから会議が始まる為、副長である彼を探していたようだ。
土方は小さく舌打ちをするとなまえの頭をくしゃりと撫で、膝を折って目線を合わせた。



「俺はもう行かなきゃいけねーが……間違っても佐々木の野郎に好き勝手させるんじゃねぇぞ。自分の身は自分で守れ、いいな」

「(身を守る…?)……はい、わかりました」

「よし、いい子だ。………おい、佐々木。コイツに変なことしたらマジで叩っ斬るからな!?」

「受けて立ちましょう、いつぞやのように満身創痍にして差し上げますよ。……それよりもほら、さっさと行ったらどうです。部下の方々がお待ちですよ」



佐々木の言葉に土方の後方へと視線を移せば、ハラハラとした様子でこちらを見守る隊士達と目が合った。
……出来ればそんな所で見守らず直ぐに助けて欲しかったな…。

ぼんやりとそんなことを考えていると、再び土方に頭を撫でられた。



「なまえ……庭掃除、あんま張り切り過ぎんなよ。じゃあな…」

「はい!」



こちらに背を向けて渋々歩き出した土方を敬礼して見送れば、掲げていた手を横から佐々木にそっと握られる。
骨張った大きな手の感触に、柄にもなく心臓がドクリと跳ねた。



「あの……佐々木殿、手を……」

「手を、何ですか…?」

「……手を、離して下さい……」

「嫌だと言ったら……?」



おちょくるような佐々木の発言にさすがにムッとする。一言文句でも言おうかと対面するように体の向きを変えれば、熱を孕んだ双眼に見下ろされ体が硬直してしまう。

なまえが動かないのを良いことに、佐々木は握ったままの彼女の手をゆっくりと自身の口元へ誘導し……掌に優しく口づけた。

その様子に見惚れていたなまえだったが、唇が離れた時の小さなリップ音で我に返り、慌てて手を振りほどこうと身じろいだ。
しかし、男の力には到底敵うはずもなく…声を張り上げるしか抵抗する術はなかった。



「なっ…何して…っ……佐々木殿、いい加減にして下さい!……一体何が目的で…こんな……っ」

「どこまでも鈍感な方ですね、貴女という人は。なまえさん、私は貴女を……」



そこまで続けて、佐々木は言葉を止める。
言葉の続きを待つように不思議そうに見つめてくるなまえに怪しげな笑みを返すと、握っていた手を思い切り引いて彼女の体を抱きしめた。

途端、なまえの頬に朱色がさす。



「あ、あ、あの!佐々木殿!?」

「……先の言葉の続きは言いません。私が何故貴女にこのような行動を取るのか、それは貴女自身で考えて下さい」

「そんな……困ります!私、さっきから心臓も煩いし頭の中だってぐちゃぐちゃで…こんな状態で考えることなんて……」

「おや、そのように私のことで振り回されて下さっているなんて光栄です。
……こうなるのなら、もっと早く手を出しておくべきでしたね」



耳元でくつりと笑われ背中が震える。

さっきから一体何なんだ……彼の言葉や行動のひとつひとつに体中が熱くなったりと、何故反応してしまう?どうして胸が高鳴り出す?

……何よりも、“自分で守れ”と言われたこの体が彼から離れようとしてくれないのはどういうことなんだ!?


こんな職務怠慢な事態、憧れの土方副長にばれてしまったら……!!




なまえは脳裏に浮かんだ“切腹”の文字を振り払うように、佐々木の胸元へと頭を擦り寄せひとり悶えた。

そんななまえの甘えるような仕草に、佐々木は夢見心地な気分で一層強く彼女を抱きしめる。




二人を隠すように、風に煽られた落ち葉が秋色の空へと舞い上がった。











(佐々木殿……そろそろ離れませんか)
(嫌です。それに私はさして力を入れていませんよ。嫌ならば振り払えば良いじゃないですか)
(…嫌じゃないから困ってるんですよ。何だか心地好くて眠くなってきたし……あぁ、職務怠慢だ……)
(…………)


((鈍感というか天然小悪魔というか……まぁ、この調子でもっともっと私を気に掛けて下さいね…なまえさん))






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