雀の鳴く声が聞こえる。
あぁ…朝が来たのだと重たい瞼もそのままにのっそりと起き上がれば、ピシリと着込んでいたはずの寝巻きが盛大にずり落ちた。
「あれ……なんで………」
剥き出しになった肩が寒い。
ぶるりと身震いしたのを合図に、衣服を整えようと手を掛ければ…違和感に気付く。
(……何か、手ぇちっちゃい……)
両手を暫く見つめ、ハッとした。
小さくなったのは手だけではないことに気付いてしまったのだ。
そんな、これはまるで……
「い、いしゃぶりょーさーん!!」
恋人に助けを求めて叫んだ声はいつもより幾分か高く、
発した言葉は恥ずかしい程呂律が回っていない。
まるで………まるで幼い子供のように。
「っ…どうかしましたか!?なまえ……さん……?」
「いしゃ…いさぶりょ……いさぶろーさん………わたし………わたし…っ」
なまえの助けを求めるような声に、直ぐさま駆け付けた異三郎が目にしたものは……
二、三歳程まで退化した幼い姿のなまえであった。
――――――
――――
「一体どうしてこんなことに……」
―――――なでなでなでなでなでなで
「なまえさん…こんなにも幼い姿になってしまって……なんて可愛らし………可哀相に…」
――なでなでなでなでなでなでなで………
「あの……いしゃ…いさぶろーさん?」
ぶかぶかの着物に包まり、異三郎の膝の上に向き合う形でちょこんと座らされたなまえは、先程からずっと頭を撫でてくる彼を困り顔で見上げた。
……駆け付けた当初は、なまえの身に突然起こった不可思議な異変に異三郎も焦っていたのだ。
しかし、幼いなまえがあまりにも可愛過ぎた為、彼の心は焦りよりも彼女を愛でたい気持ちでいっぱいになってしまい……
今に至る。
「安心して下さい、元の姿に戻る方法はエリートである私が必ず見付けてみせます。
……その前に髪の毛結っても良いですか?」
「……えぇー………」
「あとで可愛い着物も綺麗な髪飾りも美味しいお菓子も、沢山買ってあげますからね」
「い、いらないよぉ…!はやく、もとにもどるほーほーみつけにいこうよぉ……」
不安げに狼狽えるなまえの愛らしさに、堪らず彼女をその腕で抱きしめる異三郎。
この幼く可愛いなまえと暫くの間過ごせたら…と思うが、このまま元に戻らないという最悪の結末は避けたい。
なんとも悩ましい状況だ。
……それにしても、突然幼児化してしまった原因は一体何なのだろう。
不安げに瞳を揺らす彼女を見つめながら、異三郎は考えを巡らせ…ふと、あることを思い出す。
「なまえさん、貴女……昨日沖田さんに飴をもらったとおっしゃっていましたよね……」
「……うん、もらった!なつかしいあじで、おいしかっ…………あぁ!?」
異三郎に言われてなまえが思い出したのは、昨日の総悟とのやり取り。
―
――
―――そう、昨日は散歩の途中、たまたま出くわした総悟と子供達が遊んでいる様子を見ながら立ち話をしたのだ。
『懐かしいー!私もよく竹とんぼとかやってたなぁ……ふふ、ちょっと子供の頃に戻ってまた遊びたいな』
『へぇ……なら、いいモノをやりやしょう。子供時代に戻れる不思議な飴…それも最後の一粒でさァ』
『子供時代に戻れる…?あ、懐かしい味ってこと?うわぁ、ありがとう!』
『……なまえは本当におめでたい奴だねィ』
『ん、この飴おいしいー!!』
―――
――
―
………あれだ。確実にあれが原因だ。
総悟くんが言っていた“子供時代に戻れる”って、子供の姿に戻るってことだったんだ…!
思い出した事実に真っ青な表情で硬直するなまえ。
そんな彼女を落ち着かせるように、異三郎は小さな背中を撫でると優しい声音で話し掛けた。
「なまえさん、沖田さんがくれた飴が原因なら、一生元に戻らないなんてことはないと思いますよ」
「………ほんとぉ…?」
「えぇ、彼もそこまで酷いことはしない筈です。なので暫くは様子を見ることにしましょう?」
「………………うん…」
こくりと頷くなまえの頭を優しく撫でると、では早速……とおもむろに携帯電話を取り出し素早くメールを打ち出す異三郎。
不思議そうにその様子を見つめていると、くるりと向きを変えられ彼に背を向ける形で座らされる。
「信女さんに貴女の着替えを準備するようにお願いしました。あの子が来るまでの間、髪の毛を結ってあげましょう」
「……どーしても、ちた…したいんだね…」
「こんなチャンス今後あるかわからないですからね。…ポニーテールが良いですか?それともお団子が良いですか?」
いつになく嬉しそうな異三郎を目の前にして、その申し出を再度断る心の強さをなまえは持ち合わせていなかった。
渋々、じゃあポニーテールで…と伝えれば、手際よく髪をまとめ始める彼。
どうやら、エリートは当たり前のように何でも出来てしまうらしい。
「なまえさんの髪はいつもサラサラですが、幼い頃は柔らかさもプラスされて天使のようですね」
「てっ…!?」
「小さな体はどこもかしこも柔らかくて真っ白で……マシュマロみたいです」
「まっ…ましゅ……!?」
「…………はぁ、可愛すぎます。卑怯です。私の息の根を止める為の最終兵器ですか貴女は」
「いしゃ、いさぶろーさん、なにいってりゅ……あれ!?かみ、ゆわないの?!」
髪を結っていた筈の両手はいつの間にかなまえの体を抱きしめており、異三郎自身は恍惚とした表情で小さな頭に頬を寄せていた。
………彼はロリコンだったのだろうかと少し心配になったなまえだが、そんな考えを打ち消すように部屋の扉が乱暴に開かれた。
そこから現れたのは、紙袋を沢山抱えた今井信女であった。
「異三郎、子供用の着物買ってきた」
「おや、信女さん。迅速な対応、どうもありがとうございます」
「……なまえ、本当に子供になってる…………………可愛い」
信女は二人の元へと近付くとなまえの前にしゃがみ込み、ぷっくりとした頬をプニプニつつく。
されるがままとなっているなまえは少し困惑していたが、二人が嬉しそうならまぁ良いかと表情を和らげた。
「のぶめちゃん、きもの、ありがとー!」
「!!……可愛いなまえの為なら、ぬいぐるみだってドーナツだって沢山買ってきてあげる」
「えと……うん、ありがとー………」
「信女さん、それより例の物は買ってきてくれましたか?」
「ちゃんと買ってきた。ただ、種類が多くて迷ったから…全種類買ってきちゃった」
「構いませんよ。さぁ、なまえさん…どれを召されますか?」
袋から出されたのはクマやらウサギやらが可愛くプリントされた子供用の下着。
……いくら体が子供といえど、この下着は勘弁して欲しい。
なまえはヒクリと顔を引き攣らせ身をよじるが、がっちりと抱き込まれている為逃げ出すことは到底出来そうにない。
なまえを挟む二人が怪しく目を光らせる。
「私はウサギが良いと思います」
「……ネコも似合うと思う……」
「さぁ、どれにしますか?」
「…なまえ……?」
「……い、い、いやらぁぁぁーーっ!!」
小さな抵抗も虚しく、その幼い体にピッタリの下着を穿くことになってしまうなまえ。
どのプリントの下着になったかは、三人のみぞ知る………。
………後日談として。
翌朝にはなまえの体は元に戻り、
あの不思議な飴を血眼になって探す異三郎と信女がいたそうな。
(なまえさんの幼い頃の姿も、とても可愛かったです…)
(パンツもよく似合ってた…)
(パンツの話はもうしないでよぉ…!一日で戻って本当に良かった…もうあのパンツを穿くことは二度と無いもんね!)
(……残念ですねぇ…)
((((……飴が手に入ったら、次はどれを穿かせようか…))))