エリートが集う見廻組に、見るからに平凡そうな女隊士がいた。
彼女の名前はみょうじなまえ。
戦闘能力は皆無…与えられる仕事はお茶くみなど平凡過ぎて周りのエリートに埋もれてしまいそうな彼女だが、これでも局長補佐という大役を任せられている人物だ。
「なまえさん、巡回に行きますよ」
「は、はい!局長!!」
「良い返事ですね。……どうですか、此処には馴染めましたか?」
「…えぇ、皆さん親切にしてくれますし…局長もお優しいので…」
ふわりと笑うなまえに思わず目を逸らす。
……何て可愛い生き物なんだ。
やはり、強引にでも補佐にして正解だった。
元来、彼女はドーナツ屋の店員という見廻組とは全く関係のない普通の職業に就いていたのだが……たまたまドーナツを買いに来た佐々木に見初められ、見廻組へと引き抜かれたのだ。
なまえは自分が引き抜きにあったことに首を傾げたが、任せられたからにはとことんやろうと慣れない仕事をひたむきに頑張っている。
そんな彼女に佐々木も益々惚れ込み、いずれは自身のものにしてしまおうと目論んでいるのだが……
「局長、知っていますか?いつも行く甘味屋さんで今日から期間限定餡蜜が出るんですって!…美味しいだろうなぁ……」
「そうですか、では巡回が終わったら一緒に……「なまえーーーーーっ!!」
「ふぎゃっ…!?」
大きな叫び声と共になまえへ物凄い勢いで飛び付いてきたのは、万事屋ファミリーの紅一点、神楽であった。
佐々木はよろけるなまえの肩を抱いて支えると、飛んで来た少女を煩わしそうに見下ろした。
「なまえ!何でドーナツ屋辞めたアルか!?何でポリ公になんてなったアルか!?毎日なまえに会いたくて通ってた私の気持ちはどうなるアルか?!」
「か、神楽ちゃん…?」
「なまえさんから離れなさい。公務執行妨害で逮捕しますよ」
「あぁん!?お前何様のつもりアルか!?私となまえの仲を引き裂こうなんて喧嘩売ってんのかヨ!!」
「たった今喧嘩を売ってきた貴女に言われたくないです。大体なまえさんと貴女は引き裂く程の間柄でもないでしょう?」
「なっ…お前に何がわかるアル、この腐れポリ公!!なまえと私はなァァーー!!」
「神楽ちゃん、落ち着いて!…ね!?」
…人当たりの良い彼女の周りには、彼女を慕う者が集まる為、目論見を実行することがなかなか出来ないのが現状だ。
「あれ、なまえじゃねーか。ドーナツ屋辞めて見廻組になったって噂…どうやら本当だったらしいねィ」
「あ、沖田さん!そうなんです…………改めまして…私、見廻組局長補佐となりました、みょうじなまえであります!以後お見知り置きを………いひゃっ!いひゃいれす…!!」
「なまえの癖に生意気な役職就いてんじゃねーや。お前はずっと俺にドーナツ売ってれば良かったんでさァ」
遠慮なしになまえの両頬を抓り上げる沖田に気付き、言い争っていた佐々木と神楽も標的を彼へと変える。
…標的が増えればもちろん佐々木の苛立ちも増していく。
――嗚呼、ほら、そんなに無防備でいるから
次から次へと悪い虫が群がるんです。
「沖田さん、私の補佐に触れないでください。頭に弾丸埋め込まれたいんですか」
「こりゃあ、どうもすいやせん。生意気ななまえを見てたら、いつもの調教癖で手が勝手に動いちまいやした」
「い…いひゃいれす……」
「てめぇポリ公チワワ!なまえに何してんだコラァァー!その汚い手今すぐ離せやァァァー!!」
「見廻組局長のアンタはともかく…何でチャイナまでいるんでィ」
「何れもいいひゃら、はなひてー!!」
争い始めた沖田と神楽を余所に、やっと解放された自身の両頬を涙目で摩るなまえ。
そんな様子の彼女を見て、佐々木はすかさず近付き顔を覗き込むと、少し赤くなったその頬に手をあてる。
「大丈夫ですか?あぁ……少し腫れてしまったようですね…可哀相に…」
「あ…局長の手、冷たくて気持ち良いです……もう少し、そのまま……」
「…!?」
頬にあてがわれた佐々木の手の上に自身の手を重ねると、なまえは幸せそうにふにゃりと笑う。
……もう限界だ。
こんなにも可愛い生き物に、これ以上は我慢していられない。
このまま想いを告げてしまおう。
佐々木は意を決し、口を開いた……が、
「あっれぇ〜?もしかしてなまえじゃねぇの?ドーナツ屋の店長に、お前が見廻組に無理矢理入隊させられたって聞いたけど………マジかよ」
「あれ、銀さんまで。む、無理矢理では無いですよ!」
――なんということだろうか。更なる悪い虫が来た。
…それも斬ろうが潰そうがなかなか死なない、しつこくしぶといタイプの虫だ。
「え、何手ぇ握り合ってんの?銀さん認めねぇよ?なまえの手は俺にドーナツ渡す為にあるんでしょーが。
つーか、ここ道の真ん中なんですけど?お巡りさんの癖に公然わいせつ罪で逮捕されても知らねーぞ……てか、いっそ逮捕されちまえコノヤロー!」
「あっ…これは、違います!私が…!」
「おいおい…もしかして無理矢理入隊させられた上に、脅しもかけられてんじゃねーだろうな?ヨシヨシ、銀さんが今助けてやるからな」
「きゃっ…!ぎ…銀さん…!!」
突然腕を掴んで自身の胸に引き寄せる銀時に、なまえは驚き赤面する。
わたわたとそこから逃げだそうと試みるが、どうにも離してくれない。
困り果てて上司に助けを求めようとした、
その時――――
パァァァン…ッ!!
喧騒の中、一発の銃声が響き渡る。
何事かと音の鳴ったであろう方向に視線を移せば、
銃口を空に向け、いつになく冷めた表情で立ち尽くす佐々木がいた。
「……皆さん、いい加減にしてください。それ、私の補佐なんですけど?」
「えと…局長……?」
「何だぁ?強引になまえを引き抜いた挙げ句、もう自分のもの扱いかよ?」
「事実ですから。それに…例え強引に手に入れたとして、今彼女が不幸でなければ問題無いでしょう」
「なっ…お前無理矢理なまえをポリ公にしたアルか!?」
「神楽ちゃん、違うよ!?無理矢理じゃ…!」
「へぇ…そいつは驚いた。アンタを潰すついでに、今度は真選組にでも引き抜いてやりやしょうかねィ」
「彼女はもう見廻組…それも局長補佐です。引き抜きなど許しませんよ」
対峙する三人へカチャリと銃を突き付けながら、佐々木はなまえを片手で抱き寄せる。
三人はそれに応戦するように、それぞれが持っていた武器に手を掛け出した。
まさに一触即発。
オロオロと狼狽えるなまえを無視し、
このまま戦闘開始……かと思いきや。
「……んっ…!?」
「「「…なっ……?!」」」
拳銃を構えていた佐々木はなまえの顎にもう片方の手を添えて、顔を自分の方へ向かせると素早くその口を塞いだ。
突然のことに思わず固まったのは、なまえだけでなく、周りにいた人間全員だった。
「………本当はもっと時間をかけたかったのですが…状況が変わりました。
……たった今から貴女は私の恋人に昇格です。念の為お聞きしますが、異論は……」
「………あ……ありま、せん……っ」
真っ赤な顔で見上げるなまえによろしいと満足げに笑うと、今だポカンと呆けている三人を見下ろし、ニヤリと黒い笑みを浮かべる。
「これで正真正銘“私のもの”です。彼女を私から離すのは不可能ですよ…残念でしたね」
「「「こ…んの……糞エリートがァァァ!!」」」
一斉に降り掛かってきた攻撃を、佐々木はなまえを横抱きにして悠々と避ける。
そのまま辺りを見回し、待ち合わせていた車を視野に捉えると足早に車へ駆け込んだ。
「てめぇっ、待ちやが……わっぷ!?」
ゆっくりと動き出した車に向かって駆け出した銀時の顔めがけ、なまえが勤めていたドーナツ屋のチラシを窓から放る。
「…そんなにドーナツがお好きでしたら、皆さんで今から食べに行かれたらどうです。そちらのチラシのクーポンも好きに使って下さって結構ですよ。
…私ですか?私はなまえさんと巡回を終えた後甘味屋でデートです。それでは、お互い有意義な時間を……」
走り去っていく黒塗りの車に、苛立ちや悔しさからチラシをグシャグシャに地面へと叩き付け、地団駄を踏む銀時と神楽。
そんな二人を呆れたように横目で見ると、沖田は足元に飛ばされてきたチラシを拾って溜め息を吐いた。
「……このクーポン、期限切れてらァ」
―――
(なまえさん、今後は他の方々とあまり親しくしないで下さいね)
(え!?あの……)
(貴女は誰の補佐ですか?)
(局長です……)
(では、貴女は誰のものですか?)
(……き、局長です……っ)
(…で、先程の私の言い付けは?)
(……………守ります……)
(…わかればよろしい……)