(新しい出会いを求めた、だけなのに……っ)




―――どうしてこんなことに!?




床に座り込む私の首には首輪、その首輪からは鎖……そしてその鎖の先は、ソファに座った異三郎さんの手に握られている。

この、普段では絶対有り得ない状況にはそれなりの経緯があった。








――――――遡ること数十分前…。
――――
――








「あ…………ひ、土方さんっ……こんにちは!」



買い物をしようと町を歩いていた時。
前方によく知る後ろ姿を見付け、私は小走りで近寄ると勇気を振り絞って声を掛けた。



「ん?……ああ、お前か。今日は一人なんだな」

「は、はいっ……異三郎さん、今日はお昼までお仕事なので……」



今のうちに買い物を済ませようと思って……と、ぎこちなくも笑うと、土方さんはそうかと言って小さく笑い返してくれた。

ごくごく自然に交わすことが出来たやり取りに、嬉しくて口元が更に緩む。
……今日は、上手に会話が出来そうな気がする!



「あ、あの…!土方さ……「あれ〜?土方さん、巡回中にナンパですかィ?何ならそのまま地の果てまで行ってくれても構いやせんぜ。副長業は約束通り俺が務めまさァ」

「ナンパな訳ねぇだろーが!っつーか、約束通りって何だよ!いつ取り決めた約束だそりゃあ!!」

「覚えてねーんですか?土方さんが昨日切腹しようとしてた時でさァ」

「してねーから!まず切腹をする理由がねーから!!」



会話を続けようと言葉を発すると、知らない声が重なるようにして響き、私の言葉を容易く掻き消した。

その、少し間延びした声に触発され大声を張り上げた土方さんに驚いて固まっていると、背後から現れた声の主であろう男性が私の顔を覗き込んだ。

土方さんとは違う、クリッとした可愛らしい瞳に見つめられ、思わず呼吸を忘れる。



(わ……なんか、整った顔立ちの人だなぁ……)



「おい、総悟。そいつは人見知りが激しいんだ、あんまり見るんじゃねぇ」

「あー……なるほど。旦那が言ってた女っつーのはアンタか」

「え?あ、あの……」

「俺は沖田総悟。今言った通り、真選組次期副長の座を約束された男でさァ」

「いや、約束してねーから」

「あ、わ、私はみょうじなまえ……です…!よろしくお願いしますっ……えと、真選組次期副長の沖田、さん……?」

「だから違うっつってんだろうがァァァ!!」



土方さんの怒鳴り声に今度は肩が跳ね上がる。
すかさず沖田さんが私の背中を安心させるようにさすってくれた。
背に触れた手の温かさに、落ち着くどころか心臓がドキドキと煩く鳴り出してしまい、お礼の言葉は喉の奥へと消えていった。



「土方さん……なまえさんが怯えてまさァ。人見知りだってわかってるなら、もうちょっと穏やかに物を言ったらどうですか」

「ぐっ…………悪ぃ……」

「わ、私は大丈夫ですよ……!」

「土方さんは誰彼構わず怒鳴っちまうからいけねぇや。すいやせんねェ、なまえさん」

「………いえ、本当に大丈夫ですから……」



沖田さんの柔らかな物腰に緊張が緩む。
何だか、異三郎さん以外で初めて穏やかな人に会った気がする。

一度俯き、そろりと瞳を動かして沖田さんを見遣れば、視線に気付いた彼がニコリと笑った。



「っ……」



ふと思い浮かんだのは……異三郎さんが教えてくれた、気持ちを一新する為の新しい出会いのこと。


―――もし、この出会いがそうだとしたら?


異三郎さんへの気持ちを無くせるかはわからない。ましてや、彼以外の人を好きになれるかなんて……。

……でも。



(新しい友達になら、なれるかもしれない……!!)




「あ、あのっ……「なまえさん」……え!?あ、は、はい!!」

「事情は万事屋の旦那から聞いてまさァ。何でも、友達が欲しいとか何とか」

「万事屋……あ!さ、坂田さんのこと……」

「いきなりこんなこと言うのもアレなんですが、俺をアンタの友達にしてくれやせんか」

「え……い、いいんですか……?」

「いいも何も……旦那に話を聞いた時からずっと考えてたんだ。アンタと会って友達になれねーかってね」

「っ……!!」



言葉が出なかった。

そんな、まさか、会う前から私と友達になってくれようとしてたなんて……!

坂田さんが私の話をしてくれていた事実も含めて、嬉しさのあまり涙ぐんでしまう。



「あ、ありがとう……ございますっ……ぜ、是非、よろしく……お、お願い、します……!」

「……総悟。お前、何か企んでんじゃねーか?」

「失礼なこと言わないで下さいよ。俺も丁度探してたところなんでさァ……」



ひとり感動に浸っていると、沖田さんが私に近付き……

カチャリ。首元で何やら金属音がした。






「従順な雌犬を」






見れば私の首には犬が付けるような首輪が装着され、首輪からは鎖が垂れ下がっている。



………………首輪に鎖?!



「え、な、な、何で……!?」

「アンタ、本当に何も知らねーんだな。“友達”にはいくつか種類があって、そのひとつに主従関係にならなきゃいけねぇ“友達”があるんでィ」

「そんな友達があるかァァァァ!!」

「っ……そ、そうだったんですね!し、知らなかったです……」

「お前もホイホイ信じるんじゃねーよ!!」

「え?!あの……」

「コイツだけじゃねぇ!佐々木にしろ、万事屋にしろ、胡散臭ぇ男が言うことなんざ嘘に決まって……「土方さん。余計なこと言わねぇ方がいいんじゃねーですか」

「あ゙ぁ?!」

「旦那が言ってましたよ。“ヤツのいない所で、いろいろとバレてこじれちゃマズイ”って」



目の前で繰り広げられる二人の会話は早過ぎて、もはや付いていけない。

誰に何がバレてこじれちゃマズイんだろう……。



「それは……っ」

「だからこれでいいんでさァ。おい、なまえ。俺のことは今後“ご主人様”と呼べ……いいな」

「えっ!えと………ご……ご主人、様…?」

「よーし、いい子だ」

「っ……どう考えてもいい訳ねーだろ!白昼堂々どんなプレイだ!!こんなとこ佐々木に見られでもしたら…………」



そこまで言葉を発した土方さんが急に押し黙り固まってしまった。

一点を見つめたまま動かない土方さんを不思議に思いながらその方向に視線を移し、私も同じように体を硬くした。


なんせ、視線の先には……、



「何をしていらっしゃるんですか…………なまえさん……?」



恐ろしいほどに冷淡な無表情を貼り付けた、異三郎さんが立っていたのだから。




「い、異三郎……さん……」

「あらら。言ってるそばから鉢合わせちまいましたね」

「呑気なこと言ってる場合か!早く外してやれ!!」

「その必要はありません」



無表情のまま近付いてきた異三郎さんは、おもむろに私の両肩をガシリと掴んだ。

ああ、この雰囲気……私はまた彼を怒らせてしまったんだろう。



「なまえさん、アナタ本当に何やってるんですか。首輪に鎖に“ご主人様”とか、そういうプレイをずっとご所望だったんですか?それで沖田さんにお願いしたんですか?」

「え!?ち、違っ……あ、新しい出会いを……その……」

「…………新しい、出会い?」



私の一言により異三郎さんの顔色がサッと変わった。無表情から一変し、少し焦りが混じったようなその表情に思わず首を傾げた。



「あの……異三郎、さん……?」

「……帰りますよ」

「え?あ、は、はい……………ひ、土方さん、沖田さん、さようなら…!」



異三郎さんに手を引かれ歩き出す。
後ろで土方さんと沖田さんが何か言っていたようだけど、聞き取ることは出来なかった。






「これでくっつかなきゃどうしようもねーや」

「…………お前、ワザとやったのか」

「さぁねェ」






―――
―――――





あれから、私の家に帰ってからも彼の機嫌は一向に良くならない。

異三郎さんの出方を窺うように視線を合わせれば、彼の口元がゆっくりといびつな弧を描いた。



「主人が必要なら、私がなって差し上げますよ」

「え……」

「まずはお仕置きからですね。さぁ、こちらへ来なさい」

「い、異三郎さ……ひゃっ」

「いけない子ですね。“ご主人様”……でしょう?」



未だ身につけたままの首輪から伸びる鎖を思い切り引かれてバランスを崩す。
驚いて見上げれば、異三郎さんが表情を緩ませて私を見下ろしていた。その顔にいつもの優しさは無い。

あるのは、ただただ私の怯える様子を楽しんでいるような、酷く無邪気なものだった。



「っ……ご、しゅじん……さ、ま……」

「よろしい。さぁなまえさん、早くこちらへ」



立ち上がり、促されるまま異三郎さんの座るソファへと近付く。するとまた鎖を引かれ、異三郎さんと向き合うような形で彼の膝の上に座らせられた。

近い距離でじっと見つめてくる異三郎さんに、恥ずかしさのあまり目を逸らしてしまう。



「ダメです、目を逸らさない」

「う……でも……っ」

「これはお仕置きなんですからね。それでは、なまえさん……私の目を見て、これから問うことに“はい”か“いいえ”以外で答えなさい」



片手で顔を固定されて、目線が交わるように覗き込まれる。

何を聞かれるのかわからない恐怖と、異三郎さんと見つめ合うことによる羞恥が合わさって、鼓動の音は忙しなく鳴りっぱなしだ。

異三郎さんが息を吸い込んだ小さな音に、一際大きく心臓が揺れた。



「……なまえさん、貴女は私が“嫌い”ですか」

「っ……き、嫌いな訳ないじゃないですか…!」

「ならば“好き”ですか?」

「へ!?あ……え?!あ、えと……………………………は、い……」



異三郎さんが投げ掛けてきた質問はとても簡単な……けれど、私にとっては非常に酷なものだった。

上擦ってしまった声をなんとか落ち着かせ、喉から絞り出すようにして答えを返す。

答えを返した早々、異三郎さんの目が不満げに細められた。



「“はい”か“いいえ”で答えてはいけないと言ったでしょう。ちゃんと文章にしなさい」

「っ…………」

「なまえさん?」

「………………わ…………わ、たしは………っ……異…………ご、ご主人様のことが…………好き、です………っ」



吐き出した本心。同時に、ツキリと胸に走った痛み。
誤魔化しようがない、これが私の彼に対する想いなんだと改めて痛感する。



「……坂田さんよりも?」



私の胸の痛みなど知らない異三郎さんは、構わず再び問い掛けてきた。



「坂田さんよりも……好きです……」



一体どういうつもりなんだろうか。
無表情の彼からは、何の感情も読み取れない。



「土方さんや沖田さんよりも?」

「っ……土方さんや沖田さんよりも、好き……です……」



胸が痛い、苦しい……そして何より恥ずかしい。
目を逸らすことも許されないこの状況に体中の血液が沸騰して、今にも卒倒してしまいそうだ。



「ならば…………貴女が忘れようとしている方よりも?」

「…………え?」

「以前私に聞いてきたじゃないですか。過去に忘れられない人がいるとして……と。例え話だと貴女はおっしゃっていましたが、本当は違うんでしょう?」

「あ、の……」

「あれは例え話などではなく、実際に貴女が想いを寄せ、今も尚忘れることが出来ずにいる人物の真実の話…………その方よりも、私が好きですか?」

「それは……その……」



予想もしなかった人物の登場に思わず口籠もる。だって、それは、その人は……異三郎さんのことなのに。

同一人物である二人を秤に掛けることなど出来るはずもない。

どう答えれば良いのだろうかと悩んでいると、異三郎さんの表情がみるみるうちに暗く、悲しげなものへと変化していく。
その表情を見るのが辛くて、自然と外れた視線は下へ下へと落ちていった。



「……………………どうやら私は……貴女の一番には、なれないようですね……」

「……!!ち、違っ……!!」



弱々しい彼の声にハッとする。
慌てて視線を戻すと、私を映していた彼の瞳が不安げに揺れていた。


違う、違う、そんな顔をしないで。

一番になれないなんて、そんな訳がない。



貴方はいつだって、私の―――………





「わ、私…………わた…しの、一番好きな人は……異三郎さん、です……」




これ以上異三郎さんを悲しませたくなくて、どうにか絞り出した声は自分でも驚くほどに掠れていた。
それを聞いた異三郎さんは、表情を少しも変えることなく口を開く。


前までは何よりも嬉しかった言葉を、



「……私も、なまえさんが一番好きですよ」



今では、私の中の頑丈な鍵を……きつく閉じた蓋をこじ開けてしまう、呪文のような言葉を唱える為に。




「貴女は“特別な親友”ですから」




ああ、ダメだ。




「ち……違うんです、異三郎さん。わ、私……異三郎さんのこと……」





抑え切れない――――……





「い、異性として……すっ……好き、なんです…!だから、もう……し、親友として、みれないですっ…………ご、ごめん…なさい…!!」




とうとう言ってしまった。
ギュッと目をつぶり、震える両手を固く握りしめる。

これでもう、私は異三郎さんとは一緒にいられなくなってしまうんだ。
親友だったからこそ、私は彼の傍にいられたのだから。



「ひっ……うぅ……!一緒に、いたくて……わ、忘れようと、した…けど……出来なかっ……た…!」



涙が止まらなくても、胸が痛くて息が出来なくても、

“さようなら”を言わなくちゃ。



「……い、異三郎さ……っ………わ、たし………………え…!?」




体に伝わった急激な圧迫感に思わず目を見開く。


目の前には白色の隊服に包まれた、筋肉質な肩。次いで感じた心地好い温かさに、小さく聞こえる息遣い。呼吸をすれば安心する香りが鼻をくすぐり、涙が自然と止まっていった。


(抱きしめ、られてる……っ)




「なまえさん……」

「……はい」

「過去の忘れられない人の話は、本当に例え話で……忘れようとしていたのは、私への想いだったんですか?」

「…………は、い……」

「………………はぁ……」



深い溜め息を吐き出した異三郎さんが、私の肩へと顔を埋めた。



「……ねぇ、なまえさん」



くぐもった声が、胸に響く。



「その感情、忘れようなんてこと二度としないでください」

「っ……で、も…親友じゃないと……傍には……」

「傍にいる為の形は親友だけとは限りません。
………それに私は、ずっと待っていたんですよ?貴女が私を異性として見てくださる時を。貴女への想いを、燻らせながら」

「え……?」



異三郎さんの言葉は、静止した水面へ投げ入れられた小石のようだった。

その一言に波紋が広がり、ザワザワと胸が騒ぎ出す。

待って、そんな、嘘だ。





「…………愛しています、なまえさん。

“メル友”でも“特別な親友”でもない……初で消極的で内気な貴女のことを、私は誰よりも愛しているんです」




だから、私への想いを無かったことにはしないで下さい。

そう囁いた異三郎さんが私を抱きしめていた腕を解き、ゆっくりと体を離していく。
対面し、改めて見る彼の顔は今までのどの表情よりも幸せそうで……せっかく止まった涙がまた溢れ出てしまった。



「っ……じ、じゃあ……こ、これから、も……傍にっ…いても……い、いいんですか……?」

「傍にいてください……これからもずっと。今度は、恋人として」




泣きじゃくる私の頬を撫でてくれた異三郎さんの手は、今までと変わらず大きくて温かくて優しい。

…………でも、

その手に触れられた箇所が熱く痺れたようにドキドキと脈打つのは、私達の関係が“特別な親友”から“恋人同士”へと変化したからだろうか。




「っ……は、はい……!」




……何にせよ。
異三郎さんから教えてもらうことは、まだまだこれから先も沢山ありそうだ。






(あ、あの……さっきはどうしてあんなに怒ったり焦ったりしてたんですか?)
(…………)
(…………も、もしかして、ヤキモチ……とか?)
(っ…!!)
(え!う、嘘!ほ、本当に!?)
(……だとしたら何ですか。ええ、そうですよ。ヤキモチですよ。貴女が私以外に懐いているのも気に入らないし、私以外にあれやこれやと吹き込まれるのも気に入らない。沖田さんに関して問い詰めれば、新しい出会いだなんだとのたまる始末ですしね)
(え、あの、い、異三郎……さん…?)
(気持ちを一新する為の新しい出会いを奨めたのは私ですが、それをまさか沖田さんに求めるなんて誰が想像しますか。そりゃ焦りもするでしょう)
(あ、えと……ご、ごめん、なさい……?)
(……別に謝ることではありません。すべては私の身勝手な嫉妬心ですから。ああ、それと、これからは“恋人関係のノウハウ”を頭と体にしっかりと叩き込んでいくので、十分に覚悟しておいて下さいね)
(え、あ、は、はい…!!)


((さて、恋人になれたなら次は婚姻。これからはどう追い込んでいきましょうかね……))

((ん?…………頭と“体”!?))







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