―――来たる2月14日。

言わずもがな、バレンタインデーである。


去年はメル友の彼をビックリさせたいが為にいろいろと失敗してしまったので……今回はどんなチョコレートを食べたいか、素直に聞いてみることにした。




「あ、あの……異三郎さん……!その……バレンタインデー……ど、どんなチョコレートが食べたい、ですか……?」

「バレンタイン……今年もなまえさんが作って下さるんですか?」

「は、はい!異三郎さんが嫌でなければ……」

「嫌な訳ないじゃないですか。嬉しいですよ、とても。…………そうですねぇ、しいて言うなら、チョコレートがパイ生地に包まれた……」

「……チョコパイ、ですか?」

「えぇ、それです。以前いただいて、とてもおいしかったんですよ。……作っていただけますか?」

「は、はい!任せて下さ……」




……んん?

今、異三郎さんは、何て言った?



『――――以前いただいて……』




(“いただいて”ってことは、“もらった”ってことで……えぇっと…………)




……だ…………誰に……?





――――
――





公園のベンチに座り、チョコレートのレシピ本を広げる。……けれど、レシピなんかそっちのけで、頭の中は異三郎さんの言葉で一杯だ。



(チョコパイ、誰にもらったんだろう……以前って言ってたから、きっといつかのバレンタインデーにもらったんだろうけど……)



去年私が異三郎さんに渡したチョコレートは、感謝の気持ちを伝える感謝チョコ。
しかし、本来のバレンタインチョコとは、意中の相手に告白をする為のものだ。

ということは、もしや、



(っ……だ、誰かが、異三郎さんに………こ、こ、こ、告白を……!?)



辿り着いた答えに、頭をガツンと殴られたような感覚に陥る。

異三郎さんは優しくて紳士的でとても素敵な人……私の自慢の親友だ。そんな魅力的な彼が、女性から好意を抱かれない訳が無いのだ。

……本命チョコレートのひとつやふたつや……数えるのも億劫なくらい、もらっていたとしてもおかしくない。



(ど、どうして今まで気が付かなかったんだろう……!異三郎さんなら、絶対にそういう…………っ)



ふと、自分の見知らぬ女性が、彼に告白するシーンが頭に浮かぶ。

可愛らしい女の子が真っ赤な顔でチョコレートを差し出し……異三郎さんが、私に笑い掛ける時のような柔らかい表情でそれを受け取る……――――




「…………っ」




ズキリと、胸が裂けるように痛んだ。


何故かはわからない。けれど、想像しようとする度ズキズキと痛みは広がっていく。


何か、変だ……これ以上考えるのがとてつもなく怖い。
沸き立つ不安に堪らず頭を横に振り、レシピ本を持ち直す。



(そうだ……今はチョコ作りのことだけ考えていよう…!)



「……チョコレート。使うチョコレートの種類をまず決めよう……うん!」


「チョコレートはビターだろ。男ってもんは、大概が甘い味の苦手な奴ばっかりだからな」
「チョコレートはミルクだろ。男ってもんは、いつだって甘さに溺れたい生き物だからよ」


「「「…………ん?」」」」



突如サラウンドのように左右から聞こえてきた声に顔を上げれば、私の右斜め前に土方さん、左斜め前に坂田さんが立っていた。



「さ、坂田さんと……土方さん?どうして此処に……」



私の質問をよそに、同時に言葉を発したことに驚いたのか、目の前の二人は怪訝そうに見つめ合っている。

あ……そっか!二人は初対面なんだ……!



「あ、あの!お二人共、実は……「おい、何で万事屋が此処にいる。まさかてめぇもなまえの“友人”だとかふざけたことぬかすんじゃねぇだろうな」

「あの……っ…「え?何?お巡りさんって一般市民のプライベートにまで口出しすんの?おいなまえ、佐々木も大概アレな奴だけど、コイツも大概アレな奴だ。ダチってもんはもっと慎重に選んだ方が良いんじゃねぇか」

「てめぇにだけは言われたくねぇぇぇ!!」



私が口を挟む隙もなく、目の前の二人だけで会話が成立していく。
このテンポの良い言葉のやり取り……余程の仲でないと難しいだろう。

……どうやら、二人は初対面どころか、かなり仲の良い間柄のようだ。



「チッ……こいつのことはまぁいい。元はと言えば、お前がこんな所で悩み込んでるのがいけねぇんだよ」

「え?あの……ど、どうして私が悩んでること……」

「あんだけ悩ましく百面相しておいて自覚無しか。すげぇ顔でうんうん唸ってたぞ。マヨネーズなんてこの世から無くなれば良いのにって顔で」

「どんな顔だよ!?遠回しに俺に喧嘩売ってんじゃねぇぞコラ!!」

「…………っ」



二人の言葉に思わず泣きそうになる。
心配して、わざわざ来てくれたんだ。悩んでる私を見付けて。

零れ落ちそうになった涙を拭いながら、お礼を言おうと口を開く……けれど。
目の前にいた坂田さんが突然地面へと叩き付けられ、その言葉は喉の奥の奥へと張り付いた。



「さ、さ、さ……さか、坂田さっ……?!」

「ちょっと銀さん。いくらバレンタインが近いからって、女の子にチョコレートをたかるなんて恥ずかしいと思わないんですか」



倒れた坂田さんの後ろから現れたのは、それはそれは綺麗な女の人だった。

けれど、そんな美麗さを打ち消すように、彼女の片足は坂田さんの背中を目一杯踏み付け、握った拳には恐らく坂田さんのモノであろう血痕が付着しており、知らず知らずのうちに体が震え出す。

怖い……今まで会った人の、誰よりも怖い……!!



「あ、ああ……さか、坂田さん……っ」

「ごめんなさいね……この人、甘いものに目がなくて。怖かったでしょう?」

「っ……ちょ、お妙……違っ……ぅぐ…!!」

「銀さん…………か弱い女の子泣かせといて、ぐだぐだ言い訳してんじゃねーぞコラぁ……!」

「ち、違っ……違うんです!違うんですぅぅぅ!!」

















「…………嫌だわ、私ったら勘違いしちゃって……」

「す、す、すみませ……あの、私が紛らわしいことを……!」




この綺麗な女性は“お妙さん”と言い……坂田さんと土方さんのお友達だそうだ。

あの後、私が坂田さんにたかられていると勘違いしていたお妙さんは、地面にめり込むほどの強い力で坂田さんの背中を更に踏み付けた。
そんな彼女を止めてくれたのは土方さん。彼がいなかったら、一体どうなっていたか……。



「それより、なまえさんの悩みは大丈夫なんですか?私でよければ話を聞くけど……」

「へ!?あ、えっと……」

「お前まさか、ついに佐々木の野郎に脅されたんじゃ……!」

「ち、違いますよ…!その……わ、私の勝手な想像で、へこんでただけで……」



そこまで言って、堪らず口を閉ざす。
掻き消したはずのあのワンシーンがまた頭を占領していき、溢れ出る涙に視界がじわりと滲んだ。



「…………ったく、泣くほど辛ぇなら全部吐いちまえよ。その、なんだ…………銀さんはお前の友達だろーが」



後頭部をかきながら目を逸らして呟く坂田さん。彼の優し過ぎるその言葉に、とうとう涙が零れ落ちる。

……聞いてもらおう。
聞いて、教えてもらおう……この不可解な胸の痛みの正体を。









――――
―――
――






「なまえさん?」

「は、はいぃぃぃぃ!!」

「……大丈夫ですか?」

「だ、だ、だ、大丈夫です……!」

「そうですか、それなら良いんですけど……」



バレンタインデー当日。
異三郎さんも家に来てくれたし、チョコパイも無事に完成させることが出来た。
いつもならイベントを楽しむことに胸を踊らせているところだけれど……、

今日は、ドキドキもワクワクも何処かへ旅立ってしまった。

坂田さん達に話を聞いてもらったことにより、新たなモヤモヤが生まれてしまったのだ。





『まぁ…!それはヤキモチね……!』

『で、でも、こんなふうにヤキモチを焼くなんて…………親友の恋を応援出来ないなんて、おかしいじゃないですか……』

『え?』

『私は、彼の親友なのに……っ』

『ふふ……おかしくなんてないわ。なまえさん、貴女はその彼のことを……』

『ちょ、ま、待てっ……それ以上先は言うんじゃ……『好きなのよ』




『彼のことを、異性として好きなんだわ』





お妙さんが綺麗に微笑んで私に伝えた言葉。それは、あまりにも予想外のもので……私は、ただただ呆然とするしかなかった。



(わ、私が……異三郎さんを異性として、す、す、す、好きっ……だなんて…………そんな……)




「なまえさん」

「は……っ……ひぃやぁぁっ……むぐ…!!」

「大声は近所迷惑ですよ。まったく……先程から様子がおかしいですが、本当に大丈夫なんですか?」



ソファに座って考え込んでいる間に、異三郎さんがかなり密着してきていて思わず声を上げる。思い切り叫びきってしまう前に異三郎さんの手が私の口を覆い、叫び声は口内に押し戻された。

ち、ち、近い……!
て、手も、手も口に触れて……!!



「んん……!ん、んんんーー!!」

「何を言ってるか全然わかりませんよ。とにかく一度落ち着いて下さい」

「んっ……」



口を手で塞がれたまま頭を優しく撫でられる。いつも異三郎さんが私にしてくれるこの親友同士なら当たり前の行為も、今日は今までに無いくらい心臓が高鳴って、今にも卒倒してしまいそうだ。



(こ、こんなにドキドキして……や、やっぱり、私、異三郎さんのこと…………す、す、好きなのかも……!?)



そう思うと一層心拍数が上がり、胸が苦しくなった。
落ち着くどころか目を回して倒れそうになっている私に疑問を感じたのか、異三郎さんは一度手を離し、私の頬を両手で包むと覗き込むようにして顔を近付けた。

必然的にバッチリと視線が重なり合う訳で……、

異三郎さんの真剣な眼差しに近距離で射抜かれ、もう何も考えられなくなってしまった。



「い、いさ、異三郎さん……私……っ」

「……もしや、チョコパイ作りに失敗してしまいましたか?」

「へ?いえ……チョコパイは、大成功で……」

「ふむ…………何があったかは知りませんが、“特別な親友”である貴女にこんなにも露骨に避けられては、さすがに私も辛いのですが」

「あ…………」




―――“特別な親友”




異三郎さんの言葉にハッとする。

……そうだ、私が彼とこうして過ごすことが出来ているのは、私が彼の“特別な親友”だからだ。


それはつまり、私が、彼を……、




(…………異三郎さんを好きになったら、一緒にはいられなくなるんだ……)





「…………ごめん、なさい……。

っ……ち、ちょっと、はしゃぎ過ぎちゃいました!し、親友の異三郎さんとバレンタインデーを過ごせるのが嬉しくて、つい…………えへへ……」

「なまえさん…………私も、貴女とバレンタインデーを過ごせてとても嬉しいです。年甲斐もなく、期待に胸を弾ませてしまうほどに」

「……異三郎、さん…………」



異三郎さんの両手に包まれている頬が、じわりじわりと熱を帯びていく。
感じたことの無い、痺れるような胸の痛みに彼の名前以外言葉にすることが出来ない。


……これが、この苦しさが、

異性を好きになるということなんだろうか。




(……ううん、違う。これは、絶対に違う……!)




私は、彼を好きにならない。


――――――好きになっちゃいけない。





「あ、あの!……チョコパイ、食べませんか?」

「……そうですね、是非いただきたいです。けれど、その前に……」

「え?……わぁ!?」

「少しだけ、こうさせて下さい」



言葉と同時に正面からギュウッと思い切り抱きしめられ、目を見開く。
驚き過ぎて声も出せずにいると、耳元で異三郎さんが小さく呟いた。



「…………嫌われてしまったのかと、ちょっと焦りました」




(そんな……嫌うどころか、私は…………)




それ以上先は、考えちゃダメ。




「っ……き、嫌うはず、ないじゃないですか……」




こうして抱きしめてもらえるのも、



優しく頭を撫でてもらえるのも、




「わ、私は……異三郎さんの、し、し、親友なんですよ!何があろうと……ぜ、絶対に嫌ったりしません……!!」




全部、全部、彼が教えてくれた、

友情の……親友の証。





――――――だから、私は蓋をする。





彼の隣にいられるように。
こうしてずっと、彼の特別でいられるように。

心に蓋をして、頑丈な鍵をいくつも重ねて。




「ずっとずっと……大切な親友です……」





呟いた言葉とは裏腹に……


チョコレートに溶かしたほんの少しの下心に、どうか、

彼が気付きませんように。









((で、でもやっぱり、異三郎さんが告白されたのかは気になる……!))


(あ、あの…!前にもらったチョコパイって、その……)
(チョコパイ?……あぁ、あの市販のお菓子ですか)
(し、市販……?)
(“ポイの実”というお菓子があるでしょう。いつだったか、あれを部下の信女さんが何処からか大量に持って来たので、一箱いただいたんです)
(あ、あの綺麗な……そう、だったんですか……)
(えぇ。ですが、なまえさんが作ったものの方が私好みの味です。また作って下さい)
(あ、は、はい……!!)


((こ……告白じゃなかったんだ!良かった……………じゃない!そういう考えはダメなの……!))

((私がからかっている訳でもないのに、こんなにも挙動不審に狼狽えて……やはり、何かありましたね。今度坂田さんにでも聞いてみますか))






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