―――終了のお知らせ。






「え……?クリスマス……お仕事、なんですか……?」



それは、家で二人まったり過ごしていた時のこと。メル友の彼から告げられたのは、楽しみにしていたクリスマスの“終了のお知らせ”だった。

ぽかりと呆ける私に、異三郎さんが心底申し訳なさそうな表情で頭を下げる。



「……すみません。実は……大規模なクリスマスパーティーの警備を急遽任命されてしまいまして」

「そ………なんですね……」

「すみません……」

「っ……い、異三郎さんは悪くないです…!お仕事なら、しょうがないですよ!!」



そう、しょうがないことだ。
異三郎さんは警察官。イベントがある度に警備などで駆り出されるのは当然のこと。

それに、ひとりで過ごすのは慣れてるんだから。
今更どうってことない。

だから……、



「私は……大丈夫です。お、お仕事、無理せず頑張って下さいね!」



クリスマスくらい、ひとりになったって。
異三郎さんと出会う前の生活に、たった一日戻るだけなんだから。

きっと大丈夫。




―――――……大丈夫。
――――
――





あれから数日後のクリスマス当日。
“いってきます”のメールが早朝に届いたきり、異三郎さんからその後連絡は無い。現在の時刻は午後4時を過ぎた。

仕事中なのだから連絡が無くて当たり前だと頭では理解するも、どうしても心の何処かで寂しさを感じてしまう。



「っ……寂しがってちゃダメだ。異三郎さんはお仕事なんだから!」



気を紛らわす為に編み物の練習やテレビを見たりと好きなように過ごしていたけれど……このまま部屋に篭っていては、どん底まで気持ちが落ち込んでしまいそうだ。
ひとりで外に出るのは億劫だったけど、気分転換に出掛けることにしよう。



(財布にハンカチと……)



持ち物を鞄へと詰めている最中、ローテーブルの上の携帯電話に目が留まる。



(連絡……きっと出来ないだろうな。お仕事なんだもん……)



持っていることで、彼からの連絡を期待してしまいそうで。
…………耐え切れず、自分から連絡をしてしまいそうで。


携帯電話はそのまま、家に置いておくことにした。















(っ……さすがクリスマス。すごい人だなぁ……)



日もすっかりと暮れ、普段なら人も疎らになる時間帯であるにも係わらず、今日の江戸の町は沢山の人で溢れ返っていた。

特に多く感じるのは若い男女二人組。
カップルがほとんどなのだろうけど、中には自分と異三郎さんのように特別な親友同士もいるはずだ。



「あっちにでっかいツリーがあるって」

「本当?せっかくだから見に行こうよ!」



手を繋いで楽しげに歩いている二人組とすれ違う度、自分と異三郎さんを重ねてしまい、言いようの無い胸の苦しみがジリジリと迫り上がる。

自然と溜め息を零してしまっていたことに気付き、慌てて首を横に振って気を持ち直す。

胸の苦しみを誤魔化すように歩き始めれば、先程の二人組が話していたであろう大きなツリーが視界に入り、あまりの美しさに思わずそこへ駆け寄った。



「すごい……綺麗……!ね、異三郎さん、すっごく綺麗で……………あ……」



振り返った先に、彼はいない。



(そうだった……今日は、異三郎さんはいないんだった……)



小さな感動を分かち合える人。

自分の拙い話を聞いてくれる人。

私に……友達と過ごす楽しさを教えてくれる人。



いつもイベント事には欠かさず傍にいてくれた異三郎さんが、今日はいない。
二度と会えない訳ではないのに、彼がいない事実に胸の苦しさが一層強くなる。



(……大丈夫。今日が過ぎれば会えるんだから、大丈夫……大丈夫……)




―――でも、もし、会えなかったら?




これから先の未来、異三郎さんが私の傍にいてくれる確証は……無い。

彼がいなくなってしまったら、私は、また以前のようにひとりで過ごすことが出来るのだろうか。



(……っ……そんなの、嫌だ……)



異三郎さんが私の前からいなくなり、再びひとりになってしまった自分を想像して喉が震えた。

いつの間に、こんなにも彼に依存してしまっていたのだろう。



いつの間に、こんなにも彼を…………



「……なまえ?」



ぐるぐると頭を巡るマイナスな考えを止めたのは、私の名前を呼ぶ声だった。
声のした方向を見遣れば、隊服をピシリと着こなした土方さんが驚いた表情で私を見つめていた。

知った顔を見て安心してしまったのか、知らぬ間に溜まっていた涙がほろりと零れ落ちる。



「っ……ひ、土方……さん……」

「なっ……お前……佐々木はどうした、喧嘩でもしたのか?」

「い、異三郎、さんは……お仕事で……き、今日は…………っ……あ、会え…ないってぇ……」

「わかった!わかったから泣くな!!ったく、そんなことでいちいち泣くんじゃ…………。

…………会えない?アイツがそう言ったのか?」

「……はい」

「今日、アイツから連絡は?」

「朝にメールが一通……」

「夕方は」

「夕方、は……無いです」



夕方、少なくとも自分が家を出る時までは、彼からの連絡は無かった。

……あ、ダメ、思い出すとまた泣きそうになる。

目尻に溜まった涙を手で拭っていると、土方さんがガシリと私の肩を掴んだ。



「なまえ、今すぐ携帯確認しろ」

「え?あ、あの……」

「今すぐっつってんだろ!早くしろ!!」

「っ……は、はいィィ!!」



どこか焦った様子の土方さんに怒鳴られ、慌てて鞄を探る。

……と、そこで、はたと気付く。


そうだった、私、



「…………携帯、家に置いてきちゃいました……」








――――
――






『置いてきただぁ?!チッ……なら今すぐ家に帰れ!!』




人波に逆らうようにして、来た道を足早に戻る。
その間、頭を占めるのは土方さんの言葉だった。



『佐々木は俺達真選組に半日分の仕事をなすり付けやがった……しかも、今日の今日にだ!』



着物のせいで上手く走れず、更に気持ちが焦ってしまう。



『一緒に過ごしたい奴がいるから、夜にはどうしても帰りたいんだとよ……お陰で遠方にいた俺も呼び戻されるわ、挙げ句お前にも泣かれるわで散々だ』



体が熱い、息が苦しい、喉が痛い、



(っ……でも……)



『なに阿呆面してやがる、どう考えてもお前のことだろーが!…………わかったら、さっさと家に帰るんだな』



早く、会いたい。



彼が私の為に予定を変えてくれた……そう考えるだけで、何処まででも走れそうだ。

止まることなく走り続け、漸く家へと辿り着く。呼吸を整えることもせず鍵を開けると、急いで部屋へ入った。



「っ……携、帯…!」



暗がりにチカチカと光る、携帯電話のお知らせランプ。
震える手で確認すれば、着信履歴にはズラリと同じ名前が並び、新着メール数は過去最高の記録を突破した。

メールの内容は、夜に会いに行くと書かれたものが一通に、家にいるかと書かれたものが四通、それ以降は私の安否を確認するものばかりで……最後の方は彼特有のテンションが高めのメールから一転した、絵文字も記号も何も無い、簡素な文章の物だった。



(連絡……連絡しなきゃ…!)



異三郎さんがどれだけ心配していたかが伝わり、半ば血の気を引かせながら着信履歴を辿って彼の番号にかけ直す。

無機的な呼出し音が二度ほど鳴った時、背を向けていた扉から鍵の開閉音が何度か聞こえた。そのすぐ後に扉が思い切り開き、バタバタと忙しない足音がこちらに向かってくる。

足音が近付くにつれ、よく知る着信音が流れていることにも気付き、驚きと期待を半分ずつ背負って後ろを振り返った。



振り返った先、そこには、





「なまえさん!?」





…………今度はちゃんと、彼がいた。





「………………異三郎……さん……」





パチリと部屋の明かりがつき、滲んだ視界に珍しく表情を崩した異三郎さんが映る。微かに動いた彼の口から次に飛び出してくるのは、きっと、心配を掛けた私を厳しく叱る言葉だろう。

彼の話を聞かなきゃいけない……だけど。わかっているけど、体が先に動いてしまった。



「い、異三郎さん……あい、会いたかっ……た……っ」

「っ……!!」



零れ落ちる涙もそのままに、覚束ない足付きで駆け寄って彼へと抱き着く。自分からこんなに密着するなんて、いつもは恥ずかしさで倒れてしまいそうになるのに……今はただ、安心感が胸に広がる。



「…………泣くほど、私に会いたかったんですか……?」



ゆっくりと異三郎さんの両腕が肩と後頭部に回り、きつく抱きしめ返された。



「は、い……あ、会いたかった……です……」



釣られるようにして抱き着いている腕の力をギュッと強めれば、小さな溜め息が頭上から降ってきた。

恐る恐る顔を上げると、どこか物言いたげな様子の彼と視線が絡む。



「…………」

「あ………ご、ごめん、なさい……」

「…………」

「お、怒って、ますよね?あの……ほ、本当に、ごめんなさっ……「…………心配しました。すごく」………は、い……」

「突然の予定変更だったので、会えない覚悟はありました。けれど…………連絡が、全く取れないのは………貴女に何かあったんじゃないかと、心臓が止まる思いでした……」

「っ……ごめんなさい……」



真っ直ぐ目を見ていられなくなり、思わず俯く。落ち込んで唇を噛み締めていると、異三郎さんの大きな手が私の頬を包み込んだ。

触れた指先の冷たさにハッとする。

抱き着いた体は温かかったのに、指先は凍るように冷たい…………、


(…………もしかして……っ)



「わ、私のこと……探して、走り回ってたんですか……?こんな、寒い夜に……」

「なまえさんの姿が見えなければ、見付けるまで探すのは当然です」

「異三郎さん……」

「それに………………会いたかったのは、私も同じですから」



再び見上げた表情は、縋り付きたくなるほど優しいものだった。
堪らず、頬に添われた彼の手に自分の手を重ねる。



「おや、なまえさんの手も随分と冷たいようで」

「あっ………それは、その……」

「走って……帰って来て下さったんですね。この寒い中を」

「っ……い、異三郎さんに会う為なら、と……当然、です…!」

「……泣くほど会いたがって下さるくらいですもんね」

「へ!?あ、えと、うぅ……!」

「まぁ、なまえさんをからかうのはこれくらいにして……」

「え?!」



「私達も、クリスマスを楽しみましょうか」





――――
―――






「わ、すごい御馳走ですね……!あ、あの、これ、どうしたんですか……?」

「パーティー会場にあった物をいくつかいただいてきました。貴女と一緒に食べたかったので」

「あ……あり、ありがとう、ございます…………嬉しい、です……っ」



ローテーブルの上に所狭しと並べられた料理の数々に、胸が一杯になる。
どれもこれも、私と一緒に食べる為に持ち帰って来てくれたというのだから、尚更。

はしゃぐ私の頭を優しく撫でた異三郎さんは、ごくごく自然に私を自分の方へと抱き寄せる。

恥ずかしさよりも嬉しさや安心感が勝る今日は……私も、ごくごく自然に、彼に甘えるようにもたれ掛かった。



「……ケーキもありますよ」

「け、ケーキまで……うわぁ!嬉しい……!!」

「…………プレゼントもあります」

「えぇ!?そんなに沢山っ……ほ、本当にもらっちゃって良いんですか……?」

「受け取っていただかなくては困ります。それとも、迷惑でしたか?」

「そ、そんな、まさか!すごく、すごく嬉しいです……ありがとうございます……!

あの……じ、実は、私からも……プレゼントが、あ、あるんです……」

「それはそれは、嬉しいサプライズですね」

「……気に入るかどうか、わからないですけど…………」



ソファの近くに置いておいた紙袋を手繰り寄せ、掌ほどの大きさで厚みの薄い箱を取り出す。
真っ白な箱に真っ赤なリボンが掛けられた、シンプルな外装。
おずおずとそれを差し出せば、何故か異三郎さんは酷く驚いた表情で箱を受け取った。



「これは……開けてもよろしいですか?」

「は、はい!ど……どうぞ……!!」



異三郎さんが丁寧にリボンを解き、中身を取り出す。……ちなみに、プレゼントはシルバーの懐中時計。外側に施された模様がとても綺麗で、彼に似合いそうだと即座に購入を決めた物だ。

どんな反応をするかと固唾を飲んで見守っていると、時計を見た彼の動きが止まり、思わず私の呼吸も止まった。



「……………あ、あの。気に入らなかった……ですか……?」

「っ……すみません、違うんです。その…………少々、驚いてしまって……」

「……?」



ほんのりと顔を赤らめた異三郎さんが、おもむろに自分の懐を探る。
そこから取り出された物に、今度は私が驚く番だった。

彼が手にしていたのは、私が渡した箱と全く同じ物。差し出されたそれを、少し動揺しながらも受け取ってみる。



「開けて、良いですか……?」

「……どうぞ」

「………………え?あの、これ……」

「えぇ、驚いたでしょう?」



箱に入っていたのはシルバーの懐中時計…………私が、異三郎さんにプレゼントした物と同じだった。

まさか、彼から同じ物をプレゼントしてもらえるなんて。
思いがけない偶然に、時計と彼の顔を何度も見比べてしまう。



(だって、これじゃ、まるで……!)



「お揃い、ですね」

「え?!あ、は、はいっ……そ、う、ですね……」

「嬉しくないですか?」

「う………………嬉しい、です………嬉しいに決まってるじゃないですか……!」



特別な親友と、初めてのお揃い。
それも、お互い持ち寄ったプレゼントが奇跡的に同じ物だったことでお揃いになったなんて……嬉しくない訳が無い。

眩いくらいの輝きを放つ懐中時計をギュッと胸に抱き、異三郎さんに向き合う。



「あ、ありがとうございます……大事に、しますね……っ」

「こちらこそ、ありがとうございます。私も、ずっと大事にしますよ」



どちらからともなく寄り添うと、二人で顔を見合わせて微笑み合う。



「……異三郎、さん」

「何ですか?」



“私と、ずっと親友でいて下さいね”



「あ、えっと………………め、メリークリスマス!」



何故か言葉にすることが出来なかった想いは心の中で呟き、絶え間無い彼の優しさで蓋をした。



……これから先の未来、異三郎さんが私の傍にいてくれる確証は無い。でも……どんな形でも良いから、一緒にいて欲しいと願わずにはいられない。

この、穏やかで幸せな時間が少しでも長く続くよう……掌の中で時を刻み続ける懐中時計に、人知れずひっそりと願いを込めた。







(そういえば……異三郎さんが部屋に来た時、その、鍵を開けたり閉めたりする音がしたんですけど……)
(あぁ、合鍵がありますからね)
(あぁ、合鍵が…………え!?あ、合鍵?!)
(この前、なまえさんから直々に許可をいただいたんですが……覚えてませんか?)
(あ、えっと……その……)
(あと、毎週末泊まらせていただける許可もいただきました)
(え……えぇぇ!?そ、そうなんですか……?)
(えぇ、そうなんです)

((い、いつの間にそんなこと約束しちゃったんだろう?!うわぁ……記憶に無いなんて、わ、私、失礼過ぎるよ……!))

((…………私以外には騙されないよう、くれぐれも気を付けていただかないといけませんねぇ))






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