何事においても、いつも唐突なメル友の彼。
……今回のお誘いも、相変わらず唐突なものだった。



「なまえさん、パジャマパーティーしませんか」



そのお誘いがあったのは、ソファに二人並んで映画を見ていた時。
彼の発言もその内容も本当に唐突で、思わず反応が遅れてしまうほどだった。



「えと…………パジャマ……パーティー……ですか?」



数秒間止まった後、画面から目を離し彼を見遣る。

パジャマパーティーとは、文字通りパーティーの一種なのだろう。
しかし、パジャマは寝間着。パーティーのドレスコードでは有り得ない服装だ。

“パジャマ”と“パーティー”……この異様な組み合わせから、それがどんなものなのか到底想像がつかない。
自分の知識の無さを改めて思い知り、ほんの少しだけ気持ちが落ち込んだ。



「あ、あの……私、パジャマパーティーって知らなくて……その……」

「そうでしたか。実は、私も最近知ったばかりなんですが……なんでも、“特別仲の良い”“親友同士”が行うものらしいのです」

「っ……特別、仲の良い……親友同士……」



彼の言葉に揺らいでいた不安が一気に消える。そうか、彼はまたもや私に、友人関係のノウハウを教えてくれようとしてるんだ。

おこがましいけれど、異三郎さんと“特別仲の良い親友”である私。それは是非とも体験しなくてはと、半ば興奮気味に了承の返事を返した。



「ところで、パジャマパーティーって……その…ど、どんなことをするんですか……?」

「確か……どちらかの自宅に集まり、寝間着を着用した状態で夜遅くまで語り合う…………まぁ、言わば“お泊まり会”ですね」

「…………え?」

「場所はなまえさんの家でよろしいですか?日にちは……次の週末の時にでもしましょうか」

「や、あの……っ」

「あぁ、そうです。貴女に似合いそうなルームウェアも購入してありますので、楽しみにしていて下さい」




「…………ちょっと待って下さい!お、お、お泊まり会なんて、そんな恥ずかしいこと……む、無理に決まってます!!」






……なんてこと、言えるはずもなく。
嬉しそうな異三郎さんを目の前に、私は口角を無理矢理引き上げてぎこちない笑顔を返すしかなかった。



ど…………どうしよう……!!




―――
――




異三郎さんからパジャマパーティーと言う名の爆弾を投下されてから数日……とうとう、その日を迎えてしまった。

私の家に彼が遊びに来ることはよくあるけれど、泊まったことは一度もない。
誠実な異三郎さんは、どんな時でも日付が変わる前には必ず帰宅していたのだ。


だから、どうしても、


彼が私の家で一夜を過ごすということが、とても恥ずかしく感じてしまう。


(だってだって……お泊まりって、異三郎さんが私の家でご飯食べてお風呂も入って、一緒に眠って、一緒に朝起きて……)



…………無理、絶対無理…!



ただでさえも異三郎さんといる時は心臓が爆発してしまいそうになるのに、夜通し彼と一緒にいるなんて……卒倒して三日間は寝込んでしまうかもしれない。

今からでも断りの電話をいれてしまおうかと携帯電話を握り締めた時、タイミングを見計らったかのようにインターホンが鳴り響き、ピシリと固まる。

……あぁ、本当に来てしまった。

居留守を使う訳にもいかず、二度目のインターホンが鳴ると同時に、重い足を引きずって扉へと向かった。



「……こ、こんにちは……異三郎さん……」

「こんにちは、なまえさん。今日はどうぞよろしくお願いしますね」

「あ、は、はいっ……こ、こちらこそ……」



開いた扉の向こう側には、両手にボストンバッグや紙袋など沢山の荷物を引っ提げた異三郎さん。


(本当に、泊まるんだ……)


お邪魔しますの一言と共にスルリと玄関を抜けていった彼は、この前会った時よりも嬉しそうで……“やっぱり無理です”だなんて、言い出せなかった。







――
―――それからはもう、緊張と後悔の嵐だった。



異三郎さんが隣に座るだけで、肩はビクリと跳ねてしまうし。楽しみにしていた映画の続編を見ても、内容が頭に入ってこなかった。

極めつけは夜ご飯。
せっかく一緒に作ったハンバーグも、緊張のし過ぎで味が全くわからなかったのだ。



(こんな、異三郎さんに失礼な態度ばっかり……)



酷い態度をとっては後悔し……の繰り返し。
この情けない気持ちを切り替える為にも、今、異三郎さんには湯浴みをしてもらっている。

ひとりになり、思い出すのは異三郎さんの優しさ。
挙動不審な私の言動に嫌な顔ひとつせずフォローしてくれた、あの優しさが堪らなく嬉しく、同時に申し訳なくも思った。

……このままでは、彼の優しさに甘えてばかりではいけない。
まずは、彼がお風呂から上がったら、非礼をきちんと謝ろう。



「うん……やっぱり、ちゃんと謝らなきゃ……!」

「何を、謝るんですか?」

「え?!あ、えと……っ」



ソファの上で意気込んでいると、突然背後から声を掛けられ慌てて振り返る。
真っ先に目に飛び込んできたのは、私を見つめて首を傾げる異三郎さんだ。けれど、いつもの彼とは雰囲気が違った。

寝間着用の浴衣を着てモノクルを外し、水気を帯びた髪を無造作に後ろへ流した姿は、それはそれは酷く色めいていて……、



「なまえさん?」

「……!!」



ドクリと、心臓が大きく高鳴った。

言葉を発することも出来ず固まる私に、異三郎さんは優しく微笑むと、おもむろに袋を差し出してきた。



「え……あの、これ……」

「言ったでしょう、貴女に似合いそうなルームウェアを購入したと。……さぁ、湯が冷めないうちに湯浴みを済まして、早くこれを着て見せて下さい」

「あ、えと、は、はい……」



促されるまま準備をし、あれよあれよという間に脱衣所へと押し込まれる。
なんだか、また上手に流されてしまったようにも思えるけれど……彼が望んでいるのなら、急いで湯浴みを終えてこのルームウェアに着替えなければ…!











「お……お待たせしました……」



お風呂から上がり、異三郎さんにもらったルームウェアに着替えた私は、髪を乾かすのもそこそこにリビングへと急いだ。

ちなみに……ルームウェアは真っ白なふわふわの素材で出来ており、つなぎのように上下一体になっているオールインワンの形だった。
付属のフードにはウサギの耳が付いていてすごく可愛いかったのだけれど……恥ずかしさが勝り、さすがに被れなかった。



「暖まりましたか?なまえさ……」

「は、はい!ちょっと長湯し過ぎたみたいで暑いくらいで………………あの、異三郎さん?」



ソファに座り携帯を弄っていた異三郎さんに声を掛ける。すると、どういう訳かこちらに顔を向けた彼が、私を凝視したまま動かなくなった。

も、もしかして……やっぱりルームウェアが可愛過ぎて似合ってない……!?

沸き起こる悪い考えに一気に気分が落ち込み、視線も下へ下へと落ちていった……その時。
知らぬ間に目の前に来ていた異三郎さんに苦しいくらいにきつく抱きしめられ、たちまち体温が上昇する。



「っ……あ、の……」

「………………可愛い」

「え……………えぇ?!か、かわっ……!?」

「けれどフードを被っていないので減点です。いけませんよ、こういったものはしっかり被っていただかないと…………という訳ですので、フード被せますね」

「あ!や、やだっ、恥ずかしいっ……ぎゃ!」



身動きがとれない状態のまま容赦なくフードを被せられ、いろんな意味で恥ずかし過ぎて眩暈がした。

ひとしきり抱きしめてきた後、異三郎さんは一旦体を離すと、私の両肩を掴んだまま上から下までを確認するように何度も眺めては溜め息を零す。
その表情はどこかうっとりとしていて、ますます増してしまった彼の色っぽさに、堪らず視線をさ迷わせた。



「うぅ……あ、あんまり見ないで……下さい……」

「嫌です」

「え!?」

「あぁ、本当に可愛らしい……写真撮っても良いですか?」

「い、嫌です!!」

「…………仕方ありませんね、貴女が眠った後にでも撮ることにします」

「えぇ?!」

「まぁ、それはさておき……早速パジャマパーティーを始めましょうか」



そう言うやいなや、異三郎さんは私を横抱きにして颯爽と歩き出した。
自然過ぎるその動作に呆気にとられるも、ベッドの上に降ろされスプリングの軋む音にハッと我に返る。

展開が……展開が早くて頭がパンクしそう……!

狼狽える私を余所に彼は飄々とした様子で隣に座り込むと、これまた自然な動作で私を抱き寄せた。
もたれ掛かった彼の胸元から聞こえる心音に距離の近さを感じ、胸の奥がギュウッと締め付けられる。



「い、異三郎…さん……あの……ちょ、ちょっと、くっつき過ぎて……その……」

「特別仲が良い親友同士のパジャマパーティーは、これくらい近い距離でないといけないんだそうですよ」

「そ、そうなんですか?」

「えぇ。こうして寄り添い合い、互いのことを語り合うのが主流なんだとか」

「はぁ……」



こうしている間も頭の中は真っ白で、ドキドキと心臓が煩く鳴り響き、溢れ出る羞恥心にどうにかなってしまいそうだけど……異三郎さんがそう言うのなら、きっとそうなのだろう。

彼が嘘を吐くはずが無いのだから。



「さて、語らう内容ですが…………どうやら恋愛についてが非常に多いようです」

「あ……し、知ってます!そういうのを“恋バナ”って言うんですよね!この前テレビで見ました!!」

「よくご存知で。そう、それで……どうなんですか?なまえさんは今気になる男性とかいらっしゃるんですか?」

「え?わ、私ですか?」



まず、自分が知っている男性は異三郎さんに坂田さんに土方さん……後はよく行くお店の店員さんぐらいだ。
この中で気になるといえば……異三郎さんはもちろん、坂田さんのことも土方さんのことも、もっともっと親しくなりたいから気にはなっている。

でも、それは恋愛じゃなくて友情だ。
異三郎さんからの質問の答えにはならないだろう。



「……正直、あんまりよくわからないです……」

「そうですか……では、質問を変えましょう。恋人にするなら、なまえさんはどんな男性が好ましいですか?」

「こ、恋人ですか?!えと、どんな、男性……うーん…………や、優しい人、とか?急に怒ったりしない、穏やかな感じの……」

「ほう」

「で、でもっ……私、恋人なんていらない、です。その……わ、私には、親友の異三郎さんがいるから……だから……」

「…………」

「っ……あ、ご、ごめんなさい!こんな図々しいこと……あ、あの!い、異三郎さんはどうなんですか……っ…わぁ!?」



自分の厚かましい発言を掻き消すように、異三郎さんへと質問を返す。
すると、黙り込んだ彼が何故か後ろへと体重をかけ、二人して背中からベッドに倒れ込んだ。


(え?……え?)


視界に広がる見慣れた天井と眩しい照明。
予期せぬ出来事に目を白黒させていると、異三郎さんが擦り寄るようにして抱き着いてきた。



「……私も同じです。貴女が……なまえさんがいれば、他は何も……」



頭を抱かれ、ピッタリとくっついた彼の胸から聞こえたのは……くぐもった低い声に、先程より幾分か早い心臓の音。

恥ずかしさの中にジワリと芽生えたくすぐったい気持ちに、思わず口元が緩んだ。



(…………幸せ、だなぁ……)



恋愛に憧れを抱かない訳では無い。でも……親友の異三郎さんがいてくれるだけで、こんなにも幸せなんだ。


私には勿体ないくらいの、大きな幸せ。


これから先も、この幸せがずっとずっと続くことを信じて……同じ香りがするその体を、控えめにそっと抱きしめ返した。









((暖かくて安心する……なんか、眠くなってきちゃったなぁ……))

((あぁ、なまえさん……可愛過ぎます。同棲する為のテスト段階のつもりでしたが、もうこのままずっと一緒にいたい……けれど焦ってもいけませんし……。せめて週末だけでも泊まることが出来れば、もう少し……おや?))


(なまえさん?眠いのですか?)
(ん……は、い……)
(布団も被らずに寝てしまったら、風邪をひきますよ)
(……はい…………)

((半分寝ているようですね。“はい”しか言わな…………))

(…………なまえさん、なまえさん。これから毎週末、泊まりに来ても良いですか?)
(………ん……はい……)
(ついでに合い鍵も作って良いですか?そうすれば色々と都合が良いので)
(……………は、い……)
(……ありがとうございます。貴女から直接“いい返事”が聞けて良かったです。……おやすみなさい、なまえさん)





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