「トリック・オア・トリート」

「……え?」



今年もハロウィンがやってきた。
去年何も用意出来なかった反省を活かし、異三郎さんへのお菓子を買いに町へ出掛けた時のこと。

不意に後ろからこのイベント特有の台詞を投げ掛けられ、怯えながらもゆっくりと振り向いた。



「よぉ」

「あっ……さ、坂田さん!こ、こんにちは…!」



振り向いた先にいたのは、つい最近友達になった坂田さん。
わざわざ声を掛けてくれた驚きと嬉しさに狼狽えていると、彼に右手を差し出された。

も、もしかして……、



「えっと……し、失礼します……」

「いや、握手じゃねーよ!……トリック・オア・トリートって言われたら菓子を渡すのが万国共通の礼儀だろーが。それともあれか、イタズラ希望か」

「え!?や、ち、違っ……あ、あの、今持ってるお菓子、異三郎さんに渡すもので……い、イタズラ用のお菓子だから……その……」



坂田さんの言葉に、片手に提げていた紙袋を慌てて両腕で抱きしめた。

……そうなのだ。今年は異三郎さんへのお菓子をしっかりと買ったのだが、それはジョークグッズのひとつ。
去年、異三郎さんに《猫の姿になるクッキー》を食べさせられた為、今年は私もイタズラ返しをしようと《犬の姿になるチョコレート》を購入したのだ。

イタズラも何もしていない坂田さんに、これを渡すわけにはいかない。



「おいおい、普通のは無いのかよ……。アイツのことだから、イタズラ用の菓子だけ渡すなんてことしたら、二倍にも三倍にも膨れ上がったとんでもねぇイタズラが返ってくるぞ」

「そ、そんなこと……」




…………あるかもしれない。




優しい優しい異三郎さん。でも、時々……たまぁーに意地悪な時がある。
私がイタズラする為だけにお菓子を用意したと知れば、たちまち意地悪な彼に豹変し、坂田さんの言うように仕返しされてしまってもおかしくない。



「……お、お菓子、もうひとつ買ってきます」

「おー、そうしろそうしろ。……まぁ、あんま気張り過ぎんなよ。じゃあな」



再び歩き始めた坂田さんに、すれ違いざま頭をぽんと撫でられる。
驚いて一瞬固まってしまったが、慌てて振り返り、少しずつ小さくなっていくその背中に精一杯声を張り上げた。



「あ、あのっ……ありがとう、ございました…!」

「へいへい。次は、菓子期待してっからなー」

「え、あ、は、はいっ…………ん?」



次……。次って、来年ってことだよね?

わ、私……私っ……、



(坂田さんと、本当に友達なんだ……!)



サラリと交わされた来年の約束に感動で泣きそうになりながら、私は再びお菓子を買いに元来た道を足早に戻った。






―――
――





日が傾き始めた頃、メル友の彼が私の自宅を訪れた。
……目的はもちろん、一緒にハロウィンを過ごす為。



「は、ハッピーハロウィンっ……異三郎さん…!」

「これはこれは、可愛らしいお出迎えをありがとうございます」



いつぞやに彼が希望した黒色ワンピースを着て出迎えれば、優しい微笑みが返ってきた。

どうやら、喜んでもらえたようだ。



(だ、ダイエット頑張って良かった……!)



うきうきと弾む気持ちを抑えつつリビングに向かうと、彼の上着を掛け、いつものようにソファへ二人並んで座る。

ローテーブルに置いておいた紙袋を手に取り、そわそわしながら異三郎さんの様子を窺う。そんな落ち着きのない私に気付いた異三郎さんが、呆れたように笑って口を開いた。



「では、早速……トリック・オア・トリート」

「っ……は、はい!どど、どうぞ!!」

「おや。本当にお菓子を用意して下さっているとは……どうもありがとうございます」

「い、いえ………あ、あの……っ……と、トリック・オア・トリート……?」

「今年はなまえさんからも言ってもらえましたね。さぁ、どうぞ」



お菓子を交換し、微笑み合う。
あぁ、これが友達と過ごすハロウィン……去年も楽しかったけど、ちゃんとお菓子を渡せた今年はその何倍も楽しい…!

喜びを噛み締めながら、受け取ったお菓子の包みを開ける。中身はおいしそうなクッキーで……よくよく見ると、去年もらった物と同じ包装。


…………そうだった。イタズラされる前提のハロウィンだった。


固まる私を余所に、横から手を伸ばした彼が包みからクッキーを取り出し私の口元へと運ぶ。



(猫……恥ずかしい、けど…………こ、今年は、変身するのは私だけじゃないし……!)



猫になることを少し警戒して咄嗟に身構えてしまったが、後に見れるであろう彼の犬耳姿を想像すれば自然と肩の力が抜けていく。そのまま香ばしい香りに誘われるように、そっとクッキーにかじり付いた。

さくり、と小さな音を立てて噛み砕くと、口いっぱいに広がる甘い香り。
去年と変わらぬおいしさに口元が緩む。



「そう言えば、今年は去年のものより色々と改良されているそうですよ」

「んぐ……か、改良、ですか……?」

「えぇ、例えば……」

「……にゃ!?」



クッキーのおいしさを堪能していると、急にビリビリとした衝撃が背中を走る。
この何とも言えない感覚には覚えがある。これは……、



「し、しっぽ……?」

「そうです。改良点のひとつとして、このように尻尾が服の上から生えるようになったそうです。私としては、以前のスカート下から揺れ動く尻尾の方が良かったと思うんですけどね」

「わ、私は……この方が恥ずかしくなくて良いにゃ……」



スカートを自らたくし上げるように生えていた尻尾を思い出し、堪らず頬が熱くなる。
恥じらう私の頬を撫でる異三郎さんの顔は、ちょっぴり意地悪そうな表情で……何だか益々恥ずかしくなってしまった。



「おや……頬が真っ赤ですよ」

「っ……う、あ、あの……」

「……いくら可愛いとはいえ、イタズラばかりではいけませんね。一先ず私もお菓子をいただくとしましょう」



そう言って私が渡した包みを開き、中身を確認した異三郎さんは“いただきます”と一言呟くと、嬉しそうにチョコレートを口に入れた。


た、食べた……!!どうなるんだろう?犬耳以外にも尻尾とか生えるのだろうか。

ワクワクしながら彼を見遣れば、色々な想像が飛び交っていた脳内が一瞬機能を停止した。

だって、だって……!



(か……可愛い…………!!)



チョコレートを食べた異三郎さんの頭に、ピンと立った灰色の犬耳が生えたのだ。その、あまりの可愛らしさに彼を凝視してしまう。

私の視線に不思議そうに首を傾げる彼は、まるでシベリアン・ハスキーのようで……わしゃわしゃと頭を撫でてしまいたい衝動に駆られる。
ハッとして横目で彼の背後を確認すると、犬耳と同じ色の尻尾が左右に揺れ動いていた。



「あ、あ、か……かわ……っ」

「どうかしましたか?…………あぁ。どうやら、私もイタズラされてしまったようですね」

「あ……!」



私の目線を辿り、自分の後ろ側を見た異三郎さんが尻尾に気付く。ふわふわと揺れるそれを確認するように一度触ると、仕返しと言わんばかりに今度は私の尻尾をやんわりと握るように撫で始めた。



「にゃっ……や、やめ……ひにゃ…!」

「私にイタズラを仕掛けるとは、なかなかやるようになりましたね」

「ご、ごめんなさ……っ」

「謝ることはありません。貴女から私への行動は、何だって嬉しいんですから」



優しい言葉とは裏腹に、私の尻尾を撫でる手は止まらない。
どうにかしてやめてもらおうと紙袋の中に手を伸ばすと、藁にも縋る思いで後から購入したお菓子の箱を彼に突き付けた。



「こ、これっ……ふ、普通のお菓子も、あるにゃ……!だ、だから……その……い、一緒に……」

「……私と一緒に食べる為に買ってきて下さったんですか?」

「は、はい!」

「そうでしたか……ふむ。なまえさんからのせっかくのお誘いを断る訳にはいきませんね。そちらのお菓子も、今いただくとしましょう」



尻尾から手を離し、お菓子を受け取った異三郎さんは嬉しそうに箱を開けた。
ちなみに、箱の中身はチョコチップクッキー。可愛いパッケージに惹かれて購入したものだ。

取り出したクッキーをしげしげと眺めた後、異三郎さんは二度目のいただきますをして、それを口へと運んだ。


(……そ、そうだ!紅茶を用意するんだった!)


彼がクッキーを食べているのを見て思い出した。今日はお菓子と一緒に紅茶を飲もうと、前々から準備していたことをすっかり忘れていたのだ。

紅茶を淹れる為に慌ててソファから立ち上がると、何故か異三郎さんに腕を掴まれ強く引っ張られた。
バランスを崩し、再び腰を下ろしてしまった場所はソファ……ではなく、異三郎さんの膝の上。そのままお腹に彼の両腕が回り、ギュッと強く抱きしめられる。

背中から伝わる彼の温度に、一気に体温が上昇した。



「っ……あ、あの!い、い、い、異三郎さん……?!」

「あぁ、なまえさん……なんて可愛いんでしょう……」

「な、な、な、何を……!」

「愛していますよ……なまえさん……」

「にゃ!?」



抱きしめられるだけならまだしも愛の言葉まで囁かれ、思わず素っ頓狂な声が飛び出てしまう。

あ、愛して……!?

突然のことに混乱している間も、愛の告白は何度も繰り返される。
その度心臓が酷く高鳴るが、同時にチリチリとした小さな痛みが胸に広がり、何故か無性に苦しくなった。

心も体も頭でさえもついていけない、この状態から逃れようと小さな抵抗を試みる。
しかし、逃げようと体を捩る度、抱きしめる力は強くなり……その上、尻尾に軽く噛み付かれたりと思うように動けない。



「ひにゃ……い、異三郎さん……は、離して……っ」

「嫌です。貴女を離すなんて出来ない……なまえさん、愛しています。どうか私の傍にいて下さい」

「うぅ……どうしてこんにゃ……っ……も、もしかして…!!」



ふと思い浮かんだ原因のひとつ。それを確認するべく、足元に転がったクッキーの箱を拾い上げ、表面に書かれた文章を隅々まで読んだ。

………………やっぱり……!!



【いつもとは違う彼と素敵なハロウィンを過ごそう♪・・・クッキーを食べた彼がいつもとは違う性格に!?どんな彼になるかはお楽しみ☆】



箱の隅に小さく書かれていた文章に、血の気が一気に引いていく。
普通のお菓子だと思って買ったこのクッキー……これもイタズラグッズだったんだ…!!

どうにかして、異三郎さんを元に戻さないと―――……



「ぅにゃっ…!?な、何……?」



思考を遮ったのは首筋を這うように移動する……生暖かくて、くすぐったい感触。
恐る恐る振り返って背後を確認すると……、



「何故でしょう、貴女からとても甘い香りがします。…………一思いに食べてしまいたいくらいに」



舌舐めずりをする、異三郎さんと視線が交わった。

――――オオカミだ。
目の前にいるのは犬なんて可愛い動物じゃない、羊を丸呑みにしてしまうような恐ろしいオオカミだ……!!



(あれ?それよりも………………舌、舐めずり……?)



「?!……い、い、い、今っ……も、も、もしかしてっ……な、舐めっ……!?」

「何か問題でもありましたか?……私としては、こんなにも芳しい香りを振り撒く、貴女が悪いと思うのですが」

「ふ、振り撒いてなんか……」

「振り撒いているでしょう?お陰で、白夜叉にバラガキとまで接点を持ってしまって……」

「しろ……バラ……?」



よくわからないけれど、何だかすごく誤解されているのは理解出来た。……ただ、今の私に打開策を考える余裕なんて全く無い。

そんな戸惑う私をことごとく無視し、彼は更にとんでもない行動をとった。



「貴女は、私のモノでしょう?」

「いっ!?痛っ……痛い……!!」



首筋に顔を寄せた異三郎さんは、そこへ遠慮なしに歯を立てたのだ。まるで、獲物にかぶり付く肉食動物のように。
恥ずかしさと痛みとくすぐったさと……ごちゃごちゃに混ざった感覚が、思わず涙となって零れ落ちた。



「…………私のモノだというのに、髪に他の男の匂いなど付けて……。今の私の嗅覚に隠し事なんて通用しませんよ」

「……え?」

「誰と会っていたんです」

「あ、え……あの……」

「誰に……触れさせたんですか……っ」

「っ………」



畳み掛けるように言葉を連ねられた後、再び首筋に走る鋭い痛み。
反射的にまた泣いてしまいそうになるけれど、私の頭の中を占領しているのは痛みとは違う……柔らかな気持ち。

……もしかして…………もしかして、異三郎さんは…………、



「そ、れは……ヤキモチ……ですか?」



ずっと前、彼が私に教えてくれたあるひとつの感情。“特定の人物において沸き起こる、相手を独占したい”という特別な感情。

異三郎さんは今……ヤキモチを焼いてくれているのではないだろうか。


思ったまま呟けば、首筋の痛みが和らぐ。

肯定ともとれるその行動に、彼とくっついている時とはまた違う、形容し難い高揚感がふつふつと胸に沸き起こった。

その後にどれだけ沈黙が続こうとも、不安を感じることは少しもなかった。













「……あ、の……異三郎さん……」

「…………」

「…………えぇっと……」


どれくらいの時間が経っただろうか。

沈黙に不安は無いが、全く反応が返ってこないのはさすがに心配になる。

すっかり黙り込んでしまった異三郎さんに何と言葉を掛けようか悩んでいると、肩にトンッと小さな衝撃が伝わる。同時に彼との密着度が上がり、背に感じる重みも増した。

怒っている?甘えている?
わからないけれど……とにかく一度後ろを確認しよう。

緊張が高まる中勇気を振り絞り、顔だけを動かして背後の様子を確認してみた。



「これは…………ね、寝てるのかにゃ……?」



私の肩に顔をうずめる異三郎さん。時折、犬耳がピクリと動くのを視界の端に捉える。
寝顔をしっかりと目で確認することは出来ないが、小さく聞こえた規則正しい寝息に一気に気が抜けた。


ドキドキと鳴り響く、心臓の音が煩い。


普段では有り得ない、異三郎さんからの熱烈な愛の告白に、過剰な程のヤキモチ……今日は何て貴重な体験をしてしまったんだろう。



(でも…………ちょっと、残念……)



ほんの少し胸が痛むのは、さっきの言動が彼の本心ではなく……全てイタズラグッズのせいだとわかっているから。



「せめて、ヤキモチを焼いてくれたのかだけでもちゃんと聞きたかったにゃあ……」



胸をさすったところで、痛みが引くはずもなく。

起こしてしまわぬよう慎重に異三郎さんの体をソファへもたれ掛からせると、自分も彼の隣へと座り直し膝を丸めた。



―――いつか、彼がヤキモチを焼いてくれる日がくるのだろうか。

そして……、“愛してる”と言われた時、嬉しいはずなのに胸に広がった痺れるような苦しさ……あれは一体何だったのか。
まだまだ、自分の知らないことは沢山あるようだ。


このことはまた今度教えてもらおうと、ぼんやり考えつつ……隣から聞こえる穏やかな寝息に誘われ、そっと目を閉じた。




……あぁ、それから。

来年は、ちゃんと確認してからお菓子を買おう……。







(なまえさん……この歯型は何ですか?!私と会う前に一体何が……っ)

((お、覚えてないんだ……))

(あ、え、えっと……………………ちょっと、い、犬に……噛まれてしまって……)
(……犬?)
(は、はい……あ、で、でも!血も出てないから……その……)
(…………その犬を今すぐ連れてきなさい)
(え?連れてきて、どうするんですか……?)
(撃ち殺します)
(へ?!だ、だ、ダメです!絶対ダメ!!)


((い、異三郎さんが死んじゃう……!!))

((なまえさんに傷を付けるとは……何処の馬鹿犬の仕業か知りませんが、動物といえど容赦はしませんよ))





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