「なまえさん、今日は買い物へ行きますよ。この間巡回中に貴女に似合いそうな着物を見付けたんです」

「え、えぇぇ……!?」



突然私の家へと訪れたメル友の彼は、そう言うや否や、江戸一番のショッピング街へと私を連れ出した。



(き、今日も急だなぁ……)



……異三郎さんと友人関係になって早数ヶ月。

彼の強引且つ大胆な行動は未だに馴れないでいるが……引っ込み思案な私を、こうやって色々な場所へ連れていってくれることは本当に有り難く思う。

友人関係のノウハウも彼のお陰で沢山学ぶことが出来たし、手を繋いだり食べ物を食べさせてもらったりと実践も積み重ねてきた為、以前と比べてかなり自信もついた。

これから先……もしも彼以外の友達が出来た時、私はきっと胸を張り堂々と接することが出来るだろう。



「あ、あ、あのっ……異三郎さん!」

「何ですか?」

「わ、私もこの間、異三郎さんに似合いそうな根付けを見付けたんです!それで、その……そこへも行って、良いですか……?」

「っ………勿論です」



おずおずと伝えれば私の頭をやんわり撫でてくれる異三郎さん。
優しい人。大切な大切な……私の親友。

こんなにも素敵な友人と巡り会えた私は、本当に幸せ者だ。


――――でも、きっと、


幸せ者は、私だけではないのだろう。



「では、なまえさんの行きたいお店から行きましょうか」



親切で優しい彼には、きっと私の知らない友人が沢山いるはずだから。



「は、はい…!」



いつか……彼の友人を紹介してもらう日も来るのだろうか。

異三郎さんに手を引かれながら輝かしい“もしも”を思い浮かべ、口元を緩めた時だった。



「げっ……」

「……へ?」



前方から歩いて来た白髪の男の人が、異三郎さんを見て歩みを止めた。
知り合いだろうかと異三郎さんを見上げるも、彼は表情ひとつ変えず歩みを止めようとしない。


(ひ、人違い……だったのかな…?)


彼の素っ気ない様子からそう納得し、男の人の横を通り過ぎようとした、その時。
突然、男の人の手が異三郎さんの肩を掴み、私達の進行を妨げた。



「ひっ……!!」

「おいおい……人に散々うざいメール送り付けておいて、リアルじゃ露骨に無視するとか一体どういう神経してんだよ」

「……おや、坂田さんじゃないですか。どうもこんにちは……それでは」

「それでは……っじゃねーよ!大体てめぇは……って、誰だ?ソイツ」

「!?……あ、の…っ」



異三郎さんの背に隠れるように立っていた私を、白髪の男の人が覗き込むようにして見つめる。
ぼんやりとした……でもどこか真っ直ぐな双眼に、私の体はガチリと固まってしまった。


どうしよう、どうしよう。

やっぱり異三郎さん以外の人となんて、私……!


目を逸らすことも出来ずに立ち尽くしていると、見兼ねた異三郎さんが私がまた隠れるように立ち位置をずらしてくれた。



「坂田さん、あまり彼女を見つめないで下さい。貴方のその生気の窺えない表情と天パーが怖くて怯えています」

「天パーは関係ねぇだろ!」

「っ…!?」

「ほらご覧なさい、貴方のせいでこんなにも怯えて……なまえさん、大丈夫ですよ。坂田さんは一見腐りかけた野蛮な芋侍ですが、これでも万事屋を営んでいる……腐りきった粗末な芋侍なんです」

「結局腐ってんじゃねーか…!!」



ビクビクと怯えながらも二人の掛け合いから目が離せない。
……この息ピッタリな様子。この怖い白髪の人は、もしかして……!



「っ……あ、あ、あの…!!」

「あ?」

「坂田さん、は異三郎さんと……て、手を繋いで一緒にお出掛けしたり、食べ物を半分こしたりする……お友達の方ですか?!」

「「…………………は?」」



勇気を振り絞って投げ掛けた私の質問に、当の本人は固まってしまい……それどころか、異三郎さんまでもが驚いた表情で私を見つめてきた。

あれ?何かおかしなこと言ったかな……?

あまりにも見つめられ過ぎて、頬が熱くなってくる。

どうすれば良いかわからず二人の視線に耐えていると、異三郎さんがふわりと微笑んだ。



「違いますよなまえさん、彼は友人ではなく“メル友”です」

「え……と…………リアルで知り合いでも、友達じゃないんですか?」

「えぇ、違います。彼とはこうして出掛けたりもしませんからね」

「そ、そっか……」



友人関係から得られる喜びを分かち合えたらと思ったのだけれど……確かに、異三郎さんと坂田さんが手を繋いで一緒に出掛けたり、食べ物の分け合いっこなんてしていたらちょっと……うん、ちょっと変かもしれない。

異三郎さんの言葉にすんなり納得し坂田さんに視線を移すと、彼はまだ固まった状態だった。



「あ、あの……」

「放っておきなさい。それよりも、ほら、お店が混み合う前に行きますよ」

「あ、は、はい…!」



固まる坂田さんに小さく会釈をして横を通り過ぎる。


……異三郎さんのメル友の坂田さん。


もしかしたら、もう会うことはないかもしれない。

ほんのちょっぴり感じた寂しさは、深呼吸をして誤魔化した。





―――
――






「「……あ」」



あれから数日後。
異三郎さんとの待ち合わせの為に立ち寄ったお茶屋さんで、私は奇跡的に坂田さんと再会することが出来た。



「あ、えっと、あの…………こ、こんにちは…!」

「……お、おぅ」

「…………」

「…………」



お店の前に置いてある長い腰掛けに座る坂田さんに、ぎこちなくも何とか挨拶をする。
けれど、異三郎さんのようにテンポの良い会話がそこから成立するはずもなく……私はただただ俯き、自分の足元を見つめて立ち尽くすことしか出来ない。


(……せっかく、顔見知りの人が出来たのに……これじゃあ………っ)


自分のふがいなさにしょんぼりと項垂れていると、坂田さんが大きく咳き込んだ。
心配になって顔を上げると、坂田さんが自分の隣をぽんと叩いた。



「あー……まぁ、座れば?」

「っ……え!?あ、そ、その……い、良いんですか……?」

「おー」

「あ、ありがとう……ごさい、ます…!」



嬉しくて泣きそうになりながら、ゆっくりと坂田さんの隣に腰を下ろす。
異三郎さん以外の人とこんなふうに接するのは初めてで、心臓がこれでもかと言うほど暴れ始める。

震える手をキュッと握り締めて平常心を保とうと必死になっていると、お団子を美味しそうに頬張っている坂田さんがちらりとこちらを見た。



「……なぁ」

「は、はい…!」

「お前って佐々木の女?」

「へぁ?!な、そ、そんな、ち、違います…!わ、私は異三郎さんの……し、しっ………親友です!!」

「はぁ〜?親友ぅ〜?」



坂田さんの突拍子のない質問に慌てて否定すれば、眉間に皺を寄せ怪訝そうな表情で見下ろされた。
む……何か、嫌な感じだなぁ……。



「そ、そうです!親友です!そ……添い寝だって出来るんですからね…!!」

「は?」

「手を繋いで出掛けるのだって、な、何回もしてるし……」

「いや、ちょ、まっ……」

「い、いつも色々と食べさせてもらって……な……な、仲良しなんですから…!」

「仲良しって、お前……色々とおかしいだろ!他にまともな友達いないのかよ?!アイツに何て言われたか知らねぇけど、確実に騙されまくってんぞ!?

……悪いことは言わねぇ、G◯◯gleさんかYah◯◯!さんで“友達 仲良し 定義”で検索しろ。今すぐ検索しろ」

「え、えぇ…?」



信じられないと言った表情で捲し立ててきた坂田さんに少したじろぐ。
騙されてる?私が、異三郎さんに?

……………そんな馬鹿な。

彼はとても優しくて、誠実で、私に沢山のことを教えてくれる人。そんな人が私を騙しているなんて……あるはずがない。


(っ……どうして、こんな酷いことを言ってくるんだろう……)


強い眼差しを向けてくる坂田さんに、段々と悲しい気持ちになってくる。
言い返そうと中途半端に開いた唇は震え、弱々しく呼吸を繰り返す小さな音しか零すことが出来ない。



「はぁ……じゃあ聞くけどよ。俺も今日からお前の友達だって言ったら、どうするんだよ」

「……え?」

「手ぇ繋いでくれんの?この食べさしの団子も躊躇わず食えんの?まぁやらねーけど」

「あ、そ、それは……」



友達同士はそういうことをするものだと、私は異三郎さんから教えてもらった。
だから、坂田さんが友達なら、異三郎さんとしたことを同じようにするのは当然だ。

そう、当然のこと……だ。



「っ……で、出来ますよ!ほ、ほら……」



そう言って坂田さんの手を取り、異三郎さんとするように指を絡めて手を繋ぐ。
緊張して体が震え、顔も異常なくらい熱くなったけれど……

変だな……嬉しく、ない……。


(そ、そうだ…!食べ物を食べさせてもらえば、異三郎さんの時みたいに嬉しくなるかも…!)


「お、お前さぁ……親友だって言い張ってっけど、この繋ぎ方はどう見たって……」

「あの、さ、坂田さんっ……お団子、私に食べさせてくれませんか…?」

「はぁぁァァ?!」



声を荒げる坂田さんにビクリと肩が震えたけれど、そんなことを気にしてはいられない。
異三郎さんが教えてくれた友人関係のノウハウが、嬉しくないなんて……彼が私を騙していただなんて、思いたくないのだ。

お願いしますと坂田さんに詰め寄ると、何度か考える素振りをした後に、彼は私に渋々食べさしの団子を差し出した。



「っ……あ、ありがとうございます……!」

「あー、お礼とか良いからさっさと食ってくんねぇ?………つか、何で俺が……」



ぶつぶつとぼやく坂田さんを横目に、目の前にあるお団子へゆっくりと口を近付ける。
これで、異三郎さんは私を騙していたんじゃないと……証明することが出来るんだ。

不安と期待にドキドキしながらお団子にかじり付こうとした……のだが。

突然背後から現れた大きな掌が私の口を覆い、強い力で後ろに引っ張られてしまった。
……抵抗する間もなく体が後ろへと傾き、そのままポスリと柔らかい何かに頭がぶつかる。自然と上向きになった視線、その先に見えた景色に思わず目を見開いた。



(……い、異三郎、さん……!!)



視線の先にあったのは、息を切らした異三郎さんの少し焦ったような顔だった。

私の顔を覗き込む彼の必死な表情に、何故か心臓がドクリと音を立てた。



「何を……しているんです」

「っ……ぷは!あ、あ、あの……い、異三郎さんが教えてくれた友人関係のノウハウを…た、試そうと思って……」

「……言ったはずです。私以外とこういったことをしてはいけないと」

「で、でも……」



しどろもどろになりながら坂田さんに視線をやれば、ひくりと顔を引き攣らせた坂田さんが口を開いた。



「……俺が言ったんだよ。友達になったら、俺にもこういう……手ぇ繋いだりとか出来んのかって」



その言葉に異三郎さんの眉毛がピクリと動いたのを、私は見逃さなかった。
怒らせてしまったんじゃないかとおどおどしていると、異三郎さんは意外にも優しい表情を私に向けてきた。



「すみません、なまえさん。どうやら私は、貴女に勘違いさせてしまったようですね」

「勘、違い……?」

「私は貴女に色々な友人関係のノウハウを教えてきましたが、それはどれも“特別な友人”にしか出来ないことです」

「え……そ、そうなんですか……?」

「えぇ、そうです。そして、特別な友人は一人しか作れません……故に、私は貴女にしか、貴女は私にしかこういったことをしてはいけないんです」

「そ、そうだったんですね!……そっかぁ、だから嬉しくなかったんだ……あっ!さ、坂田さんも、特別な友人じゃないのに……すみませんでした!」



新たに知った真実に慌てて繋いでいた手を離す。何だか疲れ切った様子の坂田さんに不思議に思いながらも、勢いよく頭を下げれば気にするなと言わんばかりに頭をくしゃりと撫でられた。



「……まぁ、なんつーか……ドンマイ」

「へ……?」

「坂田さん、なまえさんから手を離しなさい」

「いっ……抓ることねぇだろーが!?」



いつぞやのように始まったテンポの良い会話に尻込みしながらも、撫でられた頭に触れてみる。

異三郎さんにしてもらった時とはまた違った……小さな優しさがジワリと心に広がり、堪らず口元が歪む。



「あ、あ、あの!坂田さん……っ」

「あ?何?」

「わ、私、みょうじなまえって言います……あ、あのっ……これからも、よ、よろしく、お願いします…!」

「は?あー……まぁ、よろしく…って、いってぇぇぇ!!何?!何その抓り方?!痛過ぎるんですけど!?」

「……これで痛いだなんて、貴方の神経がおかしいんじゃないんですか」

「ここまで真顔でやってのける、てめぇの神経を疑うわ!!」



再び始まった二人のやり取りに、くすくす笑いながらこっそり席を立つ。

今日は何て良い日だろう。
異三郎さんのお陰で、新しい友人が出来てしまった。


正直……異三郎さんとあんなふうにやり取り出来るなんて、坂田さんを少し羨ましくも思うけれど……それでも、なりたいとは思わない。


だって私は、彼のにとって唯一の“特別な友人”なんだから。





「……あの、す、すいませーん!お団子二つ…………や、やっぱり三つ下さーい!」







(……で?何で嘘なんか吐いてんだよ)
(嘘なんて吐いていませんよ)
(いや、思いっきり吐いてんじゃねぇーか!どこの世界に友達同士であんな恋人繋ぎする奴らがいるんだよ!?)
(此処にいます)
(っ……好きなら好きって言ってやれよ。あれじゃ不憫過ぎんだろ)
(言葉を返すようで申し訳ありませんが……私、誰の足跡も無い雪道には、自分の足跡を隙間無く埋め尽くしたい質でして。……彼女の中で私という存在が隅々にまで浸透してから、きちんと伝えるつもりですよ)

((うわぁ……コイツ、なまえの逃げ場をとことん無くすつもりかよ……))






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