『バレンタインまであと少し!皆さんチョコレートの用意は出来ていますか?さぁ、今回は―――』



テレビでにこやかに話すレポーターに、思わず釘付けになる。
バレンタイン……いつもは何気なく過ぎていくイベントだけれど、今年は違う。

意中の相手にチョコレートを渡し想いを伝えるこの行事、近年では“友チョコ”やら“感謝チョコ”なんかもあると知った今年は……



(い、異三郎さんに……チョコレート、作って渡そう…!)



日頃お世話になってばかりいる彼へ、感謝の気持ちを伝える絶好のチャンス。
まずは彼にチョコが好きか聞こう。サプライズで渡す為に、当日まで計画がバレないよう慎重に。



「よ…よーし!早速メールしてみよう…!」









―――――――――――――――

from:なまえたん

―――――――――――――――

こんにちは!
質問なんですが、男性の方って
生チョコとか好きでしょうか?
新しく出来た友達に、プレゼント
したくて・・・(>_<)
よければ参考にしたいので、
異三郎さんの意見を教えて下さい
!!

―――――――――――――――







「………これは……」



季節のイベントには尽く疎いなまえの為、バレンタインは逆チョコでも贈ろうかと異三郎が思案していた最中のことだ。
件のメル友から送られてきた一通のメールに、彼の心中は一瞬のうちに荒れ果てた。

初で消極的で内気な彼女に、一体いつの間に“男性”の“友達”が出来たというのだろうか……。


(私という者がありながら、他の男性に気を許すなんて…………)



「お仕置き、ですね……なまえさん?」



律儀にも生チョコは自分も好きだという内容のメールは即座に返信しつつも、その表情にいつもの余裕は無い。

……逆チョコは中止。まずは彼女の尋問から始めなければ。







―――
――





「………出来た!」


チョコレート作りにラッピングの練習を何度も重ね……気付けばバレンタインはもう明日。

此処に至るまで異三郎さんからの誘いは全て断り、ひたすら練習を繰り返した。お陰で、なんとか人に渡すことの出来る見栄えにまでなったのだ。

あとは、明日彼にサプライズで渡すだけ―――


驚く彼を想像して、自然と口元が緩んでいく。早く明日にならないかと鼻歌混じりで片付けをしていると、不意にインターホンが鳴り響いた。



「……?宅配便かな………は、はーい…」



“インターホンが鳴ったら、まずは誰か確認してから開けなさい”
昔母親から耳にタコが出来るほど言われていた言葉をすっかり忘れていたことに、私は酷く後悔した。



「っ……い、異三郎、さん………」



躊躇せず開けた扉の向こうに佇んでいたのは、今は絶対に家に入れてはいけない……メル友の彼だった。



「お久しぶりです、なまえさん。……少しばかりお邪魔させていただきますね」

「え!?あっ……ま、待って下さっ……!!」

「おや…………何か、入ってはいけない理由でも?」

「っ………」



彼の有無も言わさぬ冷たい視線に、思わず息を呑む。
こんなにも冷淡で威圧感のある彼は初めてで……一瞬にして全身の血の気が引いていく。



―――怒ってるんだ。

誘いを全部断ったこと、怒ってるんだ…!



どうしていいかわからず固まる私を余所に、異三郎さんはスルリと部屋へ入っていく。彼の“お邪魔します”の一言で我に返り、慌てて後を追った。

せめて、ラッピングしたチョコレートだけでも隠さなきゃ…!



「あ、あ、あのっ……!」

「………甘い香りがしますね。もしやメールでおっしゃっていた“男性”の“友達”へ贈るチョコレート作りですか?」

「っ……!!」



部屋中に広がる甘いチョコレートの香りに、異三郎さんの目つきが鋭いものへと変わる。
どうしよう。どう誤魔化せば良いの。

言葉に詰まって立ち尽くしていると、異三郎さんの視線がある一点で止まった。


(……あぁ、もうダメだ……見付かった……)


「どうやら当たりのようですね……これ、ラッピングもご自分で?随分と手間の掛かかることを……」



つい先程ラッピングをし終えたばかりのチョコレートを見付けた異三郎さんは、それを手に持ってしげしげと見つめる。

フライングで彼の手に渡ってしまったことにかなり落ち込んだが、せめて中身を見るのは明日にしてもらおうと手を伸ばした。



「異三郎さん、あの…それ……っ」

「……なんです」



伸ばした手はチョコレートに届く前に、彼のひんやりとした手に捕われる。
急に触れられ、ドキリと心臓が跳ね体中に緊張が走った。



「ぁ……の…………っ」



喉が渇いて痛い。

言葉も上手く出て来ない。



まごつく私を見据える異三郎さんの目は相変わらず冷え切っていて、胸がぐっと苦しくなる。



「何も言うことが無いのなら、私から質問させていただきます。

……このチョコレートは一体誰に渡すつもりですか?」



質問と共に掴まれた腕を強く引かれ、彼との距離がうんと狭まる。
近距離で強い眼差しが私を貫き、恐怖心をジリジリと迫り上げていった。



「それ……それ、は…………」

「言えないのですか?ならば仕方ありませんね……。

…………口で駄目なら体に聞くことにします」

「………へ?」



彼の呟きと同時に全身がふわりと浮き上がる。
突然高くなった視界に、背中と膝裏に回る異三郎さんの逞しい腕……彼が私を横抱きにしていることに気付いた瞬間、恥ずかしさの余り熱が顔へと一気に集中した。

そのままチョコレート諸共ソファへと投げ出され、あれよあれよという間に上から覆い被さられてしまう。

これは……お、お、押し倒されて……?!



「なまえさん……貴女自らがイベント事に参加するなんて、出会ってから初めてですね」

「う、あ、は、はい……!」

「ましてや貴女からプレゼントを贈るなんて……」

「あの……ひゃっ!?」

「………酷く腹立たしい」



異三郎さんの指先が私の首筋をなぞる。
その、くすぐったいような不思議な感覚に身を捩って抵抗するが、両手は彼のもう片方の手によって頭の上で拘束されてしまった。



「っ……!やっ…やだ…!!」



少しずつ大胆になっていく彼の指先は、ゆっくりと着物の合わせ目へと侵入していく。



「……嫌なら……早く白状してしまいなさい」

「ぁ……あ……っ」

「ほらほら、このまま先へ進んでしまいますよ?
……さぁ、なまえさん。あのチョコレートをどこの男に渡すつもりか……言いなさい」



見下ろす彼に表情は無く、その瞳は私のよく知る優しいものとは相反する……まるで知らない人のよう。




怖い、怖い、他人を見るような


そんな目で 私を見ないで――――




「っ……そ、それ…………い、異三郎さんにです…っ…ふ…ぅ…うわぁぁぁん…!!」



彼が恐ろしくて、でもそれ以上に彼が離れていってしまったような気がして悲しくて……とうとう私は堪え切れずに泣いてしまった。



「な…………」

「う…ぁ……ごめ、ごめんなさ……ごめんなさい…!!」



彼を驚かせたくて作ったチョコが、彼を怒らせてしまう原因になってしまうなんて……なんて滑稽なんだろうか。

溢れる涙を止めることも出来ずにむせび泣いていると、彼の手が恐る恐るといった様子で私の頬をひと撫でした。



「………私の、為に……作って下さったんですか……?」

「わ、私っ…い、い、異三郎…さん……驚かせたくてっ……それで……それで…!」

「なまえさん……」



泣き止まない私を異三郎さんはそっと抱き起こすと、そのまま優しく抱きしめてくれた。



「すみません……とんでもない勘違いを……。怖がらせるようなことをして本当にすみませんでした……」

「ひっ…く………勘、違い……って……?」

「………貴女が、私以外の男性にプレゼントを贈るということがとても悲しかったんです。誘いを断るのも、その方と会っているものだと……。

いつだって貴女の一番近くにいるつもりだったというのに、知らぬ間にその場所を無くしてしまったように思えて……情けないですね…」



悲しげに微笑む異三郎さんに、心臓がギュウッと締め付けられる。

……あぁ、そうか。
私は大切なことを見落としていたんだ。



「……ごめん、なさい……」



彼がサプライズで何かしてくれた時、嫌な思いをしたことなんて一度もない。それは、私を喜ばせる為に彼が細部まで気遣ってくれているからだ。

驚かすことばかり考えているから、こうやって相手を不安にさせて失敗してしまうんだ。
喜んでもらうことを第一に考えていなかったから……。

……私はまた、彼に大切なことを教えてもらったんだ――――



「わ、私……幸せです……。こんな私に、いろんなこと沢山教えてくれて……本当に、どれだけ感謝しても足りないくらいで…………。

…私……私…!異三郎さんが、だ……大好きです!!」

「!!なまえさん……貴女……」

「一日早まっちゃったけど……あの、これ、受け取ってもらえますか……?」



ソファに転がり少しよれてしまったラッピングを直しながらチョコレートを差し出せば、異三郎さんは柔らかい笑みを浮かべてそれを受け取ってくれた。



「……ありがとうございます。まさかこんなにも早く、それもなまえさんから言っていただけるとは思っていませんでした……」

「よ、喜んでもらえて良かったです……



―――……感謝チョコ!」


「………」


「……………」


「………………は?」



唐突に、異三郎さんの動きが止まった。
何か変なことを言ってしまっただろうかと心配していると、彼の口から長い長い溜め息が零れた。



「感謝、チョコですか……」

「はいっ……友チョコでも良かったんですけど……感謝の気持ちを伝えたかったので、その、今回は……う、嬉しくなかったですか…?」

「……いえ、とても嬉しいですよ。どうもありがとうございます」



彼の手が私の頭をやんわりと撫で、恥ずかしいけど嬉しくて……思わず頬が緩む。



悩んで、泣いて、笑って―――
異三郎さんのお陰で、私の世界は目まぐるしく色を変えていく。
友達がいるということは、なんて幸せなことなんだろう。


これから先も、異三郎さんとずっとずっと親友でいられますように……。







((……感謝チョコとは、またとんでもなく複雑な気持ちになる物を……))


(どうですか…?お、美味しいですか……?)
(……えぇ、とても美味しいですよ。本当にありがとうございます)
(よ、良かった…!)


((まぁ……彼女が初めて自分から私に贈り物をしたんです、今年はこれでよしとしましょうか……))





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