「こんにちは。メリークリスマス。突然ですが、知っていますかなまえさん。クリスマスは友人との仲をより深める為の行事なんだそうです」
「こ、こんにち……え!?そ、そうなんですか…?知りませんでした……」
またもや唐突になまえの家を訪ねた異三郎は、いつもの如く飄々と言葉を連ねた。
――外を歩けばクリスマスソングが軽やかに流れ、サンタクロースやトナカイなどクリスマスをモチーフとした装飾品が溢れ返る。
街中がクリスマス一色。
今まで気にも留めなかったこの煌びやかな行事……どうやら今年は、自分にも参加する義務があるらしい。
「あ……えと、散らかっていますが、とりあえずどうぞ……」
「いつもすみません。お邪魔します」
紙袋を沢山抱えた異三郎さんを家の中へと招き入れれば、軽い足取りで家へと上がっていく。
……今日の彼は心なしかいつも以上に楽しそうだ。
「あ、あの……では、今日はクリスマスを…?」
「えぇ、そうです。貴女とクリスマスを過ごし、より友情を深めようと思いまして」
「で、でもっ……私、プレゼントを…準備していなくて……」
「お気になさらないで下さい。エリートである私がしっかりと準備して来ています」
と言うわけですので、これをどうぞ。
……なーんて渡された紙袋のひとつから姿を現したのは、真っ赤なサンタクロースコスチューム(ミニスカワンピ)。
どうすれば良いかわからず固まっていると、次から次へと紙袋を渡され、促されるまま慌てて袋を開封していく。
「食材がいっぱい……。卵にグラニュー糖に薄力粉、それに生クリームも……あの、もしかして、クリスマスケーキ…ですか…?」
「ご名答。なまえさんにはサンタクロースとなっていただき、私に手作りケーキをプレゼントして欲しいのです」
「え!?そ、それだけで良いんですか…?」
「私には十分過ぎる程のプレゼントですよ。
……さぁ、なまえさん?早くこちらに着替えて、親友である私の為に可愛い可愛いサンタクロースへと変身して下さい」
「っ……わ、わ、わか、わかりました……!」
洋服を持って近付いて来る彼を見て、途端に鼓動が速くなり体が硬直してしまう。
どうにかしてそれを受け取ると逃げるように脱衣所へと向かった。
……どうも最近、異三郎さんとの距離感がよくわからない。
添い寝も出来る親友関係になったというのに、胸が高鳴って長時間彼の傍にいられないのだ。
……いや、原因はわかっている。
(この前、異三郎さんがふざけて……き、き、き、キスなんてしたからっ……!
……と、とにかく!今は着替えて、プレゼントのケーキを作ろう…!!)
なまえは真っ赤になって狼狽えつつも渡された洋服に着替えると、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
よし、と意を決した後、勢いよく脱衣所を飛び出し早口で捲し立てた。
「き、着替えましたっ……わ、私、これから、ケーキ頑張って作って、異三郎さんにプレゼントしますね…!」
「……………」
「あの…異三郎、さん……?」
「………プレゼントの追加オーダーよろしいですか?なまえサンタの写真を何枚かお撮りしたいのですが……」
「え!?」
――――
―――
カチャカチャと金属が軽く擦れる音に、甘い甘い砂糖の香り。
サンタクロースのコスチュームにその身を包んだなまえは、メル友であり親友である異三郎の為に、現在クリスマスケーキを一生懸命作っている最中だ。
「あ、あ、あの……これは一体……」
「……親友同士はこうやってケーキを作るんですよ。些細なことはお気になさらず、生クリーム作りを続けて下さい」
「っ………」
異三郎に背後から抱きしめられながらという、何とも珍妙な状態で。
(う、嘘だっ……!)
人一倍鈍感ななまえだが、親友同士であってもこんな状況でケーキ作りをすることは有り得ないと悟った。
……悟ったのだが。
「なまえさん?手が止まっていますよ……」
「っ…や………異、三郎さん…あの……」
「どうかしましたか?……あぁ、疲れたのでしたら交代しましょう」
背中から伝わる体温、頭の芯を痺れさせる低い声、髪をかする吐息……あまりにも近くで彼を感じているせいか、頭が上手く回らず何も言い出せない。
……もちろん、そんなことお見通しな異三郎は、わざと体を寄せ……吐息混じりに囁くように話し……そして素知らぬ顔でなまえ越しに生クリーム作りの作業を続ける。
「さて、なまえさん。一度味見をしていただけますか?」
「……え?あ、は、はい…!」
(うぅ……やっぱり、私が意識し過ぎなのかな……)
どんな時でもあまり表情を崩さない異三郎。
いつも自分ばかりが慌てふためいている事実に、なまえはしょんぼりと項垂れた。
そんな彼女を目の前に異三郎はひっそりとほくそ笑むと、作り終えたばかりの生クリームへと手を伸ばし、おもむろに人差し指で掬い上げる。
…そのまま、しょぼくれているなまえの唇を割って差し込むように生クリーム付きの指を強引に口に含ませた。
「っ…んん…!?」
「お味は如何ですか?さぁ、どうぞゆっくりと味わって、私に感想を聞かせて下さい」
そう言うやいなや、異三郎はなまえの舌をなぞるように指を動かす。
細長く骨張った異三郎の指先が舌に絡まり、なまえは恥ずかしさのあまり首を横に振って逃げようと試みたが……他の指がなまえの両頬を挟み、呆気なくも逃げ道を失った。
「ほらほら、ちゃんと食べないと味がわからないでしょう?」
「ふぁっ…ひ、ひゃめ……!」
抱き込まれ、舌をいいように弄られ、なまえの頭はパニック寸前だ。
何で、こんな、恥ずかし過ぎる……!!
足がガクガクと震え、今にも零れ落ちそうな涙が睫毛を濡らし……堪らず座り込んでしまいそうになって漸く、指が引き抜かれた。
「っ……は…ぁ……な、な、な、何でこんな……!」
「大丈夫ですか?すみません、少しおふざけが過ぎました。
それよりも、お味は如何でしたか?」
「え?あ、美味しかったです…けど……」
「それは良かった。それでは、ケーキを完成させてしまいましょうか」
今の行動の真意を問いただそうと振り向けば、それはそれは優しい微笑みで味を聞かれ、なまえは思わず素直に答えた。
……あれ?やっぱり、私が意識し過ぎ?
むしろ、一連の流れは本当に親友同士では当たり前のことなのかもしれない。
そうだ……異三郎さんはいつもそうやって、スマートに、友人関係のノウハウを私に教えてくれているじゃないか。
それなのに、私……!
「あ、あの…!ご、ごめんなさい……私……」
貴方のことを 疑ってしまった
その一言が言えずに唇をかんで俯いていると、彼の大きな手が頬を包んだ。
「……何について謝っているのか、私には見当もつきませんが……貴女が謝ることなど何もありません。むしろ、私は感謝しているんです……」
「え……?」
「こんなにも素晴らしいクリスマスは初めてです……一緒に過ごして下さり、どうもありがとうございます」
「っ……異三郎、さん……」
彼は、こんな……どうしようもない私に
こんなにも優しい。
この人が、私の親友だなんて……
「わ、私も!……こんな幸せなクリスマス、初めてです。本当に…ありがとうございます……っ」
「そう思っていただき光栄です…………おっと、そうです……うっかりしていました。どうぞ、これを」
ラッピングされた小さな長方形の箱を差し出され、まさかと目を見開く。
急かされ、焦りながらも丁寧に箱を開ければ……そこには、小ぶりで可愛らしいピンク色の石のチャームが輝く、綺麗なネックレスがひとつ。
「あ、あ、あの……これ……っ」
「私からのクリスマスプレゼントです。返品は受け付けません……どうか受け取って下さい」
「っ………あ、ありがとう、ございます……大事に…大事にします……!」
堪え切れずに泣き出した私を見て、異三郎さんは困ったように……けれど、とても優しく微笑んだ。
やんわりと細められた彼の眼差しはどこか甘く、まるでさっき食べた生クリームのように心へと溶けていく。
「なまえさん、メリークリスマス。共に、素敵なクリスマスを……」
初めての親友と、初めてのクリスマス―――
なまえは夢見心地のまま、二人きりのクリスマスを大いに楽しんだ。
彼からの降り止まない優しさを噛み締めながら……。
(い、異三郎さん、ケーキ美味しいですね!)
(えぇ、なまえさんの味見のお陰で、私も大満足です)
(え?味見のお陰…ですか?)
(すみません、こちらのお話です。……おや?なまえさん、口元にクリームが……)
(わ、す、すいません…!あ、あれ?ティッシュが……あの、本当にすいません。行儀悪いですけど舐めちゃいますね…)
(…………)
((生クリーム……なんて恐ろしい武器なんでしょう。いろいろと抑えた自分に拍手ですね……))