昔から引っ込み思案だった私は、なかなか友達を作ることが出来なかった。
……時が過ぎ、携帯電話という便利な伝達手段を使える年齢に達した今現在でもその性格が変わることはなく…アドレス帳はすかすかのままだ。
……しかし、そんな私にも転機が訪れた。
ネットサーフィン中にたまたま目にしたメル友募集サイト。そこで出会った“さぶちゃん”と言う人と、ここ三ヶ月程メールのやり取りを続けている。
「わ、もう返信来た!さすが“さぶちゃん”……こんなにマメな人だから、きっとメル友も多いんだろうなぁ」
文章が明るく気さくで返信も早い。
引っ込み思案な私には眩しいくらいにバイタリティー溢れる“さぶちゃん”。
……この人だったら、リアルでも友達になってくれるかもしれない。
そんな考えが脳裏に浮かんだのと“さぶちゃん”から二通目のメールが届いたのは、ほぼ同時だった。
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from:さぶちゃん
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なまえたん☆
突然だけど、一度リアルで
会ってみない?o(^-^)o
お話沢山したいお(^0^)/
P.S.行きたい所あったら教えてネ
返信待ってます☆☆
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「え……う、そ……!?」
まさかまさかの“さぶちゃん”からリアルでのお誘いに、私は二つ返事でメールを返した。
――あのメールから二日後。
ついに私は憧れの“さぶちゃん”と本当の友達になるべく、待ち合わせ場所の見廻組屯所前へと来ている。
(待ち合わせ場所が警察署の前だなんてちょっと緊張するけど……きっと、怖い事や疚しい事はしないよって安心させる為かもしれない!さすが“さぶちゃん”!!)
心の中で待ち人を何度も賞賛していると、背後から肩を軽く叩かれた。
ゆっくりと振り返ると、そこには見廻組の局長さん(…だった気がする)が立っており、驚いて不自然過ぎるくらい慌ててしまった。
「あ、あ、あの!すみません……わ、私、人と待ち合わせをしていて……邪魔かもしれませんが、あの……もう少しだけ、こちらで…ま、待たせてもらいたいな…なんて……」
「その必要はありません。さぁ、行きましょうか」
「えぇ!?い、行くって……わ、私、逮捕されちゃうんですか…?!」
「おや……貴女は“なまえたん”ではないんですか?」
「…………へ?」
「私、“さぶちゃん”です」
「え………えぇぇぇェェェ!?」
―――
――
「改めまして。私、“さぶちゃん”こと佐々木異三郎です」
「あ…えと……みょうじなまえ、です…」
衝撃の事実に凍り付いたあの後、私達は当初予定していたファミレスへと来ている。
小さな机を挟んだ向かい側に座る彼に続けてぎこちなく自己紹介をすれば、無言で凝視されてしまい思わず視線を逸らした。
(な、何で睨まれてるんだろう!?も、も、もしかして、何か失礼なことしちゃったかな…?!)
ぐるぐると頭の中を駆け巡る不安や焦りで視界が揺れる。人との接し方はメールで克服したつもりだったけれど、実際に相手を目の前にしてみれば、口は渇いて言葉が出ないし目を合わせることすら儘ならない。
自分の情けなさに溜め息が零れた。
そんな私に“さぶちゃん”……いや、佐々木さんは優しい声色で私の名前を呼んだ。
おずおずと彼を見遣れば、温かい雰囲気を纏った瞳が私を見つめていた。
「なまえさんは本当に内気な方なんですね」
「え!?あ、は、はい……すみません……」
「謝ることはありません。とても可愛らしいと思いますよ」
「へ!?」
か、可愛いなんて初めて言われた…!
狼狽えながらも熱くなった頬を両手で包めばクスリと笑われてしまい、益々頬が熱くなるのを感じた。
さぶちゃ……じゃなくて。佐々木さんって紳士的な人なんだ…。メールでの彼はどちらかと言うとテンションが高くてムードメーカーになりそうな感じだったんだけどな……。
そろりと目の前の彼を見てみる。
実際の彼は口数が少なく、表情もあまり変わらない。声は想像していたものよりもずっと低くて、身長は私に比べてずっと高い。身なりはきっちりとしていて、動作のひとつひとつがスマートだ。
そして何より、口調は敬語がデフォルトだなんて………メールでの彼と正反対にも程がある。
「あの……本当に“さぶちゃん”なんですよね…?」
「えぇ、そうですよ。貴女の“さぶちゃん”です」
「な!?な、何を言ってるんですかっ……わ、私だけのじゃないです…!!」
「冗談です……顔がすぐ赤くなるところも可愛らしいですね。あぁ、そういえばなまえさん、貴女は友人が欲しかったんですよね?良ければですが……私を貴女の友人にしていただけませんか?」
「えぇ!?あ、えと、その……」
初めて友達が出来るのは非常に嬉しい。……けれど、相手の人格がメールとリアルで違い過ぎて頭も心も付いていけていないのも事実。
どう返事をしようかとテーブルの上で自分の手をしきりに触っていると、佐々木さんの大きな手がその上に被さる。
友達もいない私が今までに異性と触れ合う機会がある訳もなく……驚きのあまり、呼吸も忘れて固まってしまった。
「っ……あ…の………」
「知っていますか。友人関係になると手を繋いで一緒に出掛け、同じ食べ物を分け合ったり……一番仲の良い者同士はルームシェア等も行うんです」
「へ?そ、そうなんですか…?じ、じゃあ、こうやって触れ合うことも……友情の証…?」
「そうなりますね。実を言うと私も詳しくは知らないんです……なので、なまえさんと一緒に友人関係のノウハウを学んでいけたら嬉しいのですが……」
はにかんだように微笑む佐々木さんに、私の胸の中は感動で溢れ返っていた。
彼からの申し出にもそうなのだが……無知な私に気を遣わせないようわざと“一緒に学んでいきたい”と言ったのが何となくわかったのだ。
……メールとリアルのテンションの違いがなんだ!彼はメールの時と変わらぬ…いや、それ以上の優しさをもって接してくれているじゃないか!!
先程まで戸惑っていた私を叱ってやりたい!と思わず涙ぐんでいると、佐々木さんに目元を指先でなぞられた。
「あ、あ、ごめ……ごめんなさ……っ」
「大丈夫、私は貴女の友人ですよ?貴女の行動も考えも、全て受け入れるつもりです……」
「佐々木……さん……っ」
「異三郎と、呼んでいただけませんか?」
「あ、い、い……異三郎…さん……」
勇気を出して名前を呼べば、彼は優しく頬を撫でてくれた。……きっとこれも友情の証。
ドキドキと高鳴る鼓動も。
彼に名前を呼ばれて痺れる頭も。
触れられて熱を帯びる体も……全部全部友情の証。彼が教えてくれた証。
初めて味わう胸いっぱいの嬉しさに口元を緩めていると、佐々木さ……い、異三郎さんが私の手を握り直して立ち上がる。
何事かと見上げれば素早く腕を引かれ、私も一緒に立ち上がらされた。
そのまま足早にファミレスの出入口へと連れていかれる。
「あの……も、もう出るんですか…?」
「えぇ、出ないと遊びに行けませんから。買い物でも行きますか?それとも遊園地等が良いですか?」
「え!?な、な、何で急に……っ」
「言ったでしょう?友人関係になると手を繋いで出掛けるんです」
「あ、そ、そっか…!!」
異三郎さんの言葉にすんなりと納得をする。友達になってくれるだけでなく、友人関係になった際の行動を早速実行してくれるなんて……彼は一体どこまで優しい人なんだろうか…!!
「じゃ、じゃあ……遊園地……行きたいです…!」
「っ……喜んで」
ニコリと笑って行きたい場所を伝えれば、繋がれた彼の手の握る力が強まった。
あぁ…私にこんなにも素敵な友達が出来るなんて本当に幸せだ。
もっともっと彼と過ごしてみたいと切に願う。
これから先彼と重ねていく友情を思い浮かべ、私はその手を強く握り返した。
((私が送るメールにマメに返信をくれる方がどんな人間か気になって会ってみれば、こんなにも初で可愛らしい女性だったとは……))
(……絶対に手放せません)
(…?何ですか…?)
(いえ、何も。それよりこういったことは私以外としてはいけませんよ)
(え…?でも、友人関係のノウハウって……)
(…してはいけませんよ?)
(は、はいィィ…!!)