「……ねぇ、なまえ」

「……んー?」

「あのさ…………佐々木さんって、ドS?」

「ドSもドS、かなりのドS」

「ですよねー」




カコーン!と景気の良い音が響き渡る。
その音のする方へと視線をやり、柴ちゃんと私は思わず苦笑した。

ボウリングはまだ続いている…………佐々木さんと田中くん達だけで。

私達は2ゲームで止めたのだけれど、彼らの戦いは2ゲームなんかじゃ終わらせることが出来ないくらい白熱し……今や4ゲーム目の中盤。
二人のスコアは目茶苦茶な点差がついているかと思いきや、佐々木さんがほんの少しだけ上……という極めて良い勝負だ。


…………まぁ、端から見ればの話。




「アレはわざとだよね」

「ていうか、わざとにしか見えない」

「ですよねー」




私達がこんなことを話しているのには訳がある。

田中くんが8本倒せば、佐々木さんは9本。9本倒せば、ストライク……と、佐々木さんは必ず田中くんよりも1本多くピンを倒すのだ。まるで挑発するように。

今だってそうだ。田中くんの7本という得点に対し、佐々木さんは当然のように8本倒すと涼しげな顔で座席に戻って来た。

あぁ……心なしか田中くんの表情が鬼のように……!




「アンタ……性格悪過ぎだろ……っ」

「勝てないからといって公開悪口ですか?そちらの性格もどうかと思いますけど。それより、ほら、貴方の番ですよ」

「次こそ絶対にストライクとってやるからな!覚悟しとけよ!!」

「はいはい」




佐々木さんと言葉を交わした後、めげずに一層やる気を出した田中くんが張り切った様子でレーンへと向かう。

彼のこの不屈の精神が、会社では素晴らしい業績へと繋がっているのだ。まさかこんな場面でも変わらず真っ直ぐとは……彼にはどこまでも感心させられる。

とは言え……、




「佐々木さん、ちょっとイジメ過ぎじゃないですか?いくら田中くんがへこたれないからってこんな……」

「なまえさんまで人聞きの悪い……イジメてなんていませんよ。じわじわと追い詰めようとしているだけです」

「イジメじゃん!しかもかなり陰湿…………あ」



思わずツッコミを入れてしまったことに後悔した。



「ほう…………なまえさん、彼の肩を持つんですか?そうですか、私よりも彼のことを……」

「えっ……いや、あの…………す、すいませんでしたァァァ…!」



ジトリと目を細めた佐々木さんに自然と顔が引き攣る。短い付き合いではあるけれど、彼がこういう顔をしている時はダメだ。ろくなことがない。

此処でも躊躇なくアイアンクローをかましてくるのではないかと、頭を両手で押さえて身構えた。

けれど。そんな私に降ってきたのは、彼の大きな手でも、辛辣な言葉でもなく……呆れたような溜め息がひとつ。



「…………はぁ。何もしませんよ」

「え?」

「確かに、貴女の言う通り少々イジメ過ぎたかもしれませんね。不服ですが、助言のひとつでも差し上げるとしましょう」



そう言うや否や、ストライクがとれずがっくりとレーン前に立ち尽くす田中くんの元へ、佐々木さんがボールを片手に持って向かった。

まさか、助言という名のとどめを刺しに行ったんじゃ……!?



「ストライク、とれませんでしたね」

「……わざわざ嫌味言いに来たのかよ。マジで性格悪ぃ……っ」

「悪態吐く暇があるのなら、腕をもっと真っ直ぐに伸ばして丁寧に投球なさい」

「は?」

「……聞こえませんでしたか?フォームを直してもう一度投げろと言ったんです」



佐々木さんの言葉にぽかりと呆けたのは、田中くんだけではなかった。

ハラハラと見守っていた私は、驚きのあまり思わず柴ちゃんの方を見遣る。彼女も大層驚いたらしく、同じように私の方へと顔を向け、お互い間抜けな表情で見つめ合った。

だってだって、あんなにちくちくイジメてた田中くんに、本当に助言を送るんだもん!そりゃ驚くよ!!



「いや、でも、次はアンタの番……」

「順番とかどうでも良いんですよ、どうせ勝敗は決まっています。私が本気を出せば全てストライクにだって出来ますからね。私、貴方と違ってエリートですから」

「はぁ?!結局嫌味かよ!?」

「人の話は最後まで聞きなさい」

「っ…………何だよ」

「エリートと凡人、どちらが勝つかなど一目瞭然…………ですが。このまま勝ち逃げしても面白く無いので、貴方にプロ顔負けの素晴らしい投球フォームを叩き込むことにしました」

「は?」

「はい、ボール」

「ちょっ……うわ!?急に手ぇ離すなよ!!」

「そんなことでいちいち騒がないで下さい。貴方それでも男ですか。実は去勢してるんじゃないですか」

「なっ……んな訳ないだろ!?何言って……」

「頑張れ田中ちゃーん!いつでも女子会呼ぶぞー!」

「柴田さん?!違いますから!去勢なんてしてませんから!!……………してませんからね!?なまえさん!!」

「私、何も言ってないからね」




―――何の気まぐれか、突如始まった佐々木さんのボウリング教室。

それは、私が想像していた展開とは大きく異なる結果を呼び寄せた。




















「佐々木さん、アンタすげーよ!俺、こんなにストライク連発したことないもん!!」

「もともと腕は悪くないようですからね。妙な癖が抜ければストライクなど容易いものです」

「いや。佐々木さんがいなかったら、それすら気付けなかっただろうし……どうもありがとうございました!」

「…………別に、お礼を言われるようなことはしていません」




(何あれ、何あれ、何あれ……!)




喧嘩ばかりのボウリング教室になるかと思いきや、意外にも二人は素直に教え、教えられていた。

エリート教官の教えにより田中くんの腕は格段に上がり、ゲーム終盤頃にはスコア画面にストライクを表す記号が仲良く並び…………、

そしてゲームを終えた今現在。
レーン前には佐々木さんと田中くんが仲良く肩を並べて話し込んでいる。



「見事に懐いてるねー、田中くん。あ、アドレス交換までしてるよ」

「嘘っ…………ほんとだ……」



憎み合うより、いっそ仲良くしてくれた方がどんなに良いか……そう思っていたはずなのに。
アドレス交換をして嬉しそうな佐々木さんに、ちょっぴり寂しさを感じてしまったのはどういうことなんだろうか。

これじゃあ、まるで――――



「あららー?もしかしてなまえ、ヤキモチ焼いてる?」

「は!?な、な、な、何言って……や、ヤキモチなんて……!」

「顔に出てるし、何より今の態度でバレバレ……ほんとわかりやす過ぎ。そんなアンタが心底大好きよ」

「うぅ……!」



柴ちゃんの言葉に顔がみるみるうちに熱くなる。
ヤキモチなんて!ヤキモチなんて焼いてない!……と思いたい!!

だってだって、田中くんは男の子だよ?!
アドレス交換ぐらいで何をこんなに……いやまぁ確かに、佐々木さんからのメールが減ったらどうしよう?とか、週末は田中くんと遊びに行くことが日常化したらどうしよう?とか……、



「いや、全然思ってないから!」

「いや、何が?!急に大きい声出さないでよ。ビックリしたー」

「ご、ごめん……」



声を荒げてしまったことに自分でも驚きながら柴ちゃんに謝ると、意味深にニヤリと笑われた。

……こんなやり取り、佐々木さんに聞かれでもしたらまた面倒臭いことになりそうだ。
彼がボールやら靴やらを片付けに行っていることに安堵していると、真後ろから当の本人に声を掛けられ反射的に背筋を伸ばした。



「どうかしましたか?今、なまえさんの阿呆みたいにでかい声が聞こえましたが……」

「ぅえ!?やっ、な、何でもな……っ」

「佐々木さーん!聞いて下さいよ、なまえってば田中くんに……「やめてー!今度ランチ奢るから何も言わないでー!!」……だそうなので、これ以上は何も言えなくなりましたー。私の言いかけたことは気にしないで下さーい」

「…………」

「え、えへ……た、大したことじゃないから……本当……」



怖い。家に帰った後が怖い。

今私に向けられている射抜くような冷たい眼差しも怖いけど、帰ってからが本当に怖い。
アイアンクローなんかじゃ済まされない、きっと。

あぁぁぁ……帰りたくない。でも、これ以上墓穴を掘るようなこともしたくないから早く帰りたい。

矛盾した思いがまとまらずひとり狼狽えていると、ボールを片付けた田中くんが嬉しそうに私達の元へとやってきた。


…………更なる波乱を引き連れて。




「お待たせしてすみません!……あの、せっかくなんで、この後ご飯行きませんか?」

「え!?」

「いいじゃん、賛成ー!」

「ちょっ……ちょっと待っ……」

「何よなまえ、アンタ反対派?佐々木さんも行きたいですよねー?」

「私は……」




チラリと私の様子を窺う佐々木さんは、何だかソワソワしていて、明らかにみんなでご飯に行きたそう。

何ですかその顔。まるで散歩待ちのワンコじゃないですか。



(かっ………)




―――可愛すぎじゃないですか……!




「っ……」

「なまえー?」

「そ…………そんなに遅くならないなら……」

「そうこなくちゃ!」



渋々了承の返事をすれば、佐々木さんの表情が微かに輝いた。

あぁ、もう!いちいち可愛いなぁっ!
可愛さに流されまくってる私もどうかと思うけどさ!



「……いいんですか?」



正直、彼に関わる人間が増えることは不安だ。不安だし……やっぱり、どこか寂しさを感じてしまう。



(…………でも……)



「ど、どんなに楽しくても、遅くならないうちに帰りますからね!」



私は、彼にその感情を押し付ける勇気なんて持ち合わせていない。



「!…………はい……ありがとうございます」



嬉しそうな佐々木さんを見るのは私も嬉しい。それだけで十分じゃないか。

だから、私以外に向ける彼の柔らかい表情に胸がチクリと痛んだことは、気付かなかったことにしよう。




「っ……食べに行くなら居酒屋希望ー!なんか無性に飲みたくなってきた!」

「なまえさん、貴女はお酒禁止ですからね」

「え!?な、何で?!」

「酔って寝られては困りますから」

「大丈夫ですよ!寝ちゃったら、また俺が抱っこして送りますから!」

「それは私の役目です。貴方は引っ込んでなさい」

「いーや!俺が抱っこして送るんで!」

「飲まない!絶対飲まないから、どっちの抱っこもいらないです……!!」

「はいはい、馬鹿やってないでちゃっちゃと行くわよー」










彼を取り巻く環境の変化を、

ちゃんと受け入れられるように。






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