「なまえさん……あの男は、一体誰なんですか……?」



田中くんの業績をお祝いする飲み会から一夜明け―――……

二日酔いに悩まされることも無く、気持ち良く出社した私の前に立ちはだかったのは…………昨夜の主役の彼だった。



「え?!あ、えーっと……彼は佐々木さんって言って……」

「名前とかどうでもいいです!あの男は、なまえさんの何なんですか!?」

「え、えぇー……」



何なんですかって……昨日も聞かれた質問なんだけど。しかも当の本人に。

彼のことを要約すれば、大好きな漫画のキャラクターで。そのキャラクターの人形を偶然拾ったら、摩訶不思議に動き回り、その上、夜になると等身大へと変身して…………、



「………………訳あって、私の家に一緒に住んでる人……です」



本当のことなんて言える訳ない!
かと言って、昨日佐々木さんに伝えたことを田中くんにも伝えるなんて……恥ずかし過ぎてそれこそ出来ないよ!!

誤魔化すように笑いながら田中くんへと伝えれば、彼の顔がみるみるうちに恐ろしいものへと変化していく。



「それって……なまえさんの家に居候してるってことですか!?」

「えっと、そういうことになるかな……」

「っ……そんな、男女二人がひとつ屋根の下で暮らすなんて……どういう意味かわかってるんですか……?!」

「いやいやいや、考え過ぎだよ!それに、佐々木さんはそんな変なこ、と……」



しない……と、言い切る前に脳裏に浮かんだのは、私の頭へと唇を押し当てた昨夜の“大きな彼”。
あの後……驚いて振り返った私の頬をひと撫でした彼は、何も無かったかのように飄々とした様子で離れていった。

それから特に何かあった訳でもなく、佐々木さんも私も普通に過ごしたのだけれど……、


(あれって……どういうつもりだったんだろう……)


佐々木さんは私を“マスター”だと言っていた。私も彼の……持ち主とは言いたくないが、事実上そういう関係だ。
そのせいか、今までを振り返ってみても、彼の言動の端々に独占欲を垣間見ることが度々あった。
昨夜のことも、もしかしたらそういった部類の行動だったのかもしれない。


……それにしたって、幾分スキンシップが過剰な気もするけれど。


考えれば考えるほど、昨夜の出来事と共に触れられた彼の温かさが思い出され、再び頬に熱が集中してしまう。多分、私の顔は今真っ赤に染まっていることだろう。

そんな私の不自然な挙動に色々と勘違いしたのであろう田中くんは、わなわなと震えながら私の両肩をガシリと掴んでこう言った。



「っ……アイツに、会わせて下さい……!俺、絶対なまえさんを守ってみせますから!!」

「………………え?」



勘違いは勘違いでも……何か良からぬ方向へ突っ走ってないかい?!

しかも、一人称変わってるよ田中くん!!






―――
――






「…………と、いう訳でして。今週末に、その……田中くんが家に来るそうです」

「……そうですか。あの“田中くん”とやらが……」

「あの……佐々木さん……?」



机を部屋の隅に寄せ、向き合う形で正座して今日の出来事を報告する……お説教さながらのこの状況。
目の前から降り注がれる冷え切った視線に、正直今にも泣きそうだ。

いや、うん、わかっていましたよ?
田中くんの名前を出すだけで物凄く目付きが鋭くなる貴方が、このことを聞いて不機嫌にならないはずがないことくらい…!



「上等です……受けて立ちましょう」

「え……」

「私に盾突くことがどういうことか、思い知らせてやりますよ」

「ちょっ……田中くんに一体何するつもりですか!?」

「ほう…………彼を庇う、と……」

「っ……!!」



し、しまった……!

田中くんの肩を持つようなことをすれば、たちまち不機嫌になった佐々木さんに何をされるか…!!



「まずは貴女をお仕置きする必要がありそうですね……なまえさん?」

「ち、違うんですっ…!!私は別に……っ」

「またアイアンクローが良いですか?」

「ひっ……どれも嫌ですってば!……わわ?!」



逃げるよりも先に、佐々木さんに腕を掴まれ逃亡を阻止される。

それでも尚、逃げ出そうと体を捩れば、正座していたせいで痺れ切った足が文字通り“足を引っ張り”……私の体はそのまま、佐々木さんに正面から抱き着くようにして倒れ込んでしまった。

彼の息を呑む音が耳元で聞こえ、釣られるようにして私の呼吸も一瞬止まる。


どちらのともわからない心臓の音がやけに大きく頭に響き、全身がカッと熱くなった。




「あ、の…………ごめんなさい、私……」

「……なまえ、さん……」

「……っ!」



離れようと身じろげば、何故か佐々木さんの両腕が背中へと回りきつく抱きしめられる。

予想もしなかった突然の出来事に、堪らず取り乱し声を張り上げた。



「わ……私、ご飯の支度しなくちゃ!」

「私に……こうされるのは嫌ですか……?」

「べ、別に、嫌なんかじゃ……」

「そうですか………………良かった……」

「え…………」



えぇぇぇ……?!
何これ?大きい佐々木さんが甘えるなんて珍しい…………じゃなくて!

安堵したように小さく呟き、首元に顔を埋めて擦り寄ってきた佐々木さんに、どうしたら良いかわからず固まる。

そのままの状態がしばらく続き……彼に抱きしめ直されたことで、私はようやく言葉を発することが出来た。



「っ……佐々木さん。そろそろ離してくれないと……本当にご飯の支度が……」

「今日は私も手伝います。なので、暫くはこのままでも大丈夫でしょう」

「や、そういう問題じゃなくて……!」

「ならば一体どういう問題が?なまえさんもこうされることが嫌ではない、時間にもまだ余裕がある………、


でしたら…………」




くるりと視界が反転し、
蛍光灯の眩しい光は、あっという間に彼に消されて。





「こうすることに、何の問題もないじゃないですか」






大きな彼の、大きな影が、


私を覆う。





(……あ……――――)





『―――男女二人がひとつ屋根の下で暮らすなんて……』




不意に田中くんの言葉が脳裏を過ぎる。

途端、未だかつて無いほど激しく高鳴り出した心臓の音に動揺してしまう。



そんな、まさか、だって、彼は――――





「ねぇ、なまえさん…………」



更なる動揺を誘うかのように、佐々木さんが私の顔に手を伸ばす。

彼の手があと少しで私の頬に触れそうになった、その時。不意にインターホンが鳴り響き、二人の時間をピタリと止めた。

しばし呆然と見つめ合うも、ひっきりなしに鳴り続ける間延びした音にハッとした私は、彼を押し退けるようにして体を起こすと慌てて立ち上がった。




「っ……そうだった!今日は宅配便が来るんだった!」

「宅配便?一体何を…………」

「佐々木さんの寝具一式ですよ!この前買えなかったから…………はーい!今行きまーす!!」



佐々木さんに背を向けて、慌ただしく玄関へと向かう。

……その時、佐々木さんがどんな表情をしていたかなんて、私は知りもしない。




だけど、ひとつだけ思い知らされてしまった。





(問題……大有りだ………っ)





彼は大好きな漫画のキャラクターで、

そのキャラクターの人形で、








――――でも、その前に、





彼は、ひとりの“男の人”なんだ。











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