温かい……まるでお風呂みたい。


おぼろげな意識の中、幸せな気持ちが溜め息となって思わず零れる。
何だかすごく素敵な夢を見ていたようで、胸がドキドキと高鳴っている。……でも、どんな内容だったかは思い出せそうにないや。


(あれ……そういえば私、今何処にいるんだろう…?飲み会に行って、それから……)


考えを巡らせれば徐々にはっきりとしてくる意識。
ゆっくり目を開けば見馴れたベッドシーツが目に留まり、此処が自分の家だと理解した。

…しかし……………、



(…………ん?)


体の左側を下にして寝転んでいる私の背後にぴたりと体を寄せ、まるで私を包み込むように抱きしめて一緒に寝ている誰か。

……首元に回っている腕を見て、あぁこの洋服は佐々木さんのだと分析するも、どうしてこうなったのかがわからない。



「……え?……あ、夢?そっか夢かぁ!私まだ夢見て……」

「勝手に夢落ちにしないで下さい」

「ぅひゃあ!?び、ビックリしたぁ……」



信じられない状況にひとり混乱していると、背後……それも耳元から予期せぬ返答が返ってきてビクリと肩が跳ね上がる。

この声の低さから、大きな彼は酷くご立腹のようだ。



「あ、あ、あの……佐々木さん……私……」

「そういえば……眠りこける貴女を見知らぬ男性が此処まで運んで来てくれましたよ」

「だ、男性!?あ…もしかして田中くんかな……?」



会社の人間でこの家を知っている人は、一度私の家で鍋パーをした柴ちゃんと田中くんしかいない。その事実からぽつりと彼の名前を呟けば、首元に回っていた佐々木さんの腕がピクリと反応した。

……しまった。“田中くん”は佐々木さんにとって地雷ワードだったんだ。



「あー……えっと、それで、どうしてこんな状況になってしまったんですかね……」

「揺すろうが何しようが反応がなかったので、一緒に寝て差し上げたんですよ」

「え?そうだったんですか?どうもありがとうございました………って、どう考えてもおかしいですよ!しかも何で上から目線なんですかっ」



傲慢な彼の物言いに声を荒げて身じろぎすれば、首元に掛かる腕に力が入る。
ちょ、ちょっと……密着度が……!


(……って言うか、苦しいんですけど!!)


次第に力が強くなっていく逞しい腕に、私の首が少しずつ絞まっていく。
いやいや、これじゃあまるでプロレスだよ!!



「ちょ、佐々木さんっ……苦しいです…!」

「起きたらお仕置きするって言ったでしょう。これくらい我慢なさい」

「っ……起きたらって、それ私が寝てる時に言ったってことですよね!
そもそも、何でお仕置きなんか受けなくちゃいけないんですか…!?」



声を荒げて佐々木さんの腕をペシペシと叩けば、途端に彼の動きが止まる。



「…………」

「…………」



そのまま沈黙が続き、ほんの少しだけ不安な気持ちが生まれた。


……ちょっと、声が大き過ぎたかもしれない……


表情の見えぬ彼の様子を窺おうと、上半身を少し捻って後ろを向けば、真剣な眼差しに射抜かれてしまった。

……真っ直ぐにこちらを見つめるその瞳は、どこか弱々しく傷付いたような雰囲気を纏っており……思わず呼吸を忘れる。



こんな、悲しそうな表情…………





「佐々木、さん……あの……」

「なまえさん。ひとつお聞きしても良いですか?」

「へ?は、はい、どうぞ……」

「……貴女にとって、私は何ですか?」

「え……?」



唐突な質問に思わず目を丸くする。

何って……それは………



「貴女は私の持ち主……言わばマスターです。私にとって唯一無二の存在……。

しかし……私は?貴女の傍にいる為の存在意義は?」

「佐々木さん……」



寂しげに吐き出された彼の言葉が、頭の中で何度も反響する。



そっか……ずっと、不安だったんだ。



人形なのに動ける自分が、


そのせいで持ち主に捨てられた過去が、



……また、居場所を失うことが。



佐々木さんが過保護な理由は、私のことを心配してくれているだけじゃなくて……



(あぁ、もう。どうして気付いてあげられなかったんだろう…!)



自分の鈍感さに堪らず唇を歪ませる。

いくら私より大人でも、そんな状況で不安にならない訳がないじゃないか。



「……あ……あの!佐々木さん。私、家で過ごすのがあんまり好きじゃなかったんです」

「……はぁ」

「でも……今は佐々木さんがいてくれるから、家で過ごすのがすごく楽しいなぁって思うんです」

「!……なまえさん……」

「朝も夜も挨拶出来るのが嬉しい。話したり笑ったり出来るのが嬉しい。それに……その相手が佐々木さんだから、嬉しい。

……佐々木さんが傍にいることは、私にとって幸せなことです」



上手く言葉には表すことが出来ないけれど……これは私の本当の気持ちだ。

それじゃ駄目ですかと笑い掛ければ、動揺したような…佐々木さんの手が私の頭に優しく添えられ…………

……そのまま顔を正面に向き直された。
しかも、結構な力で。



……………………え!?

今、かなり良いシーンじゃなかった?!


“なまえさん、私も貴女が相手で幸せです……愛してますよ”ぐらいは言われてもおかしくないシーンじゃなかった!?

いや、そんなこと言われるなんて絶対に有り得ないけども……。



「…な、何なんですか急に…!!」

「それは私の台詞です。何なんですか急に、そんな…か……」

「か?……何ですか?」

「……何でもないですよ」

「っ……痛い痛い!!ちょっ…アイアンクロー的な技やめて下さいっ……私女ですよ!?」



再び振り向こうとするも、ガッチリと頭を固定されてしまい身動きがとれない。
…あれ?心なしか頭を掴んでる手の力が徐々に強くなってきてる気が………



「そうでしたね、貴女は女性でしたね。酒に溺れ気を失い、無防備にも男性に家まで横抱きで送ってもらうような、どうしようも無い女性でした。

……さて、なまえさん?……約束事を破った罰、たんと受けてもらいますよ」

「ひっ……ふぎゃあァァァ…!いっ…痛っ……ギブギブギブ!!」

「お仕置きに降参は通じません」



そ、そうだった…!私、佐々木さんとの約束事破りまくってた…!!
思い出した事実に頭の中が真っ白になったが、それ以上に締め付けられる痛みが強くて何も考えられない。

……とりあえず、佐々木さんの調子はいつも通りに戻ったみたいで良かった。
大きな掌でギリギリと締め付けられる頭は少し…いや、割と……かなり本気で痛かったけど。



「まったく……これからはあのような痴態、外で晒さないようにして下さいよ。相手が私ならともかく、男性に横抱きで送ってもらうなんて………………そうです、私がいるではありませんか」

「いたたた…………え?」

「今後飲み会等で帰りが遅くなる日は、私が迎えに行くことにします」

「えぇ!?で、でも……っ」



迎えに来てくれるのは嬉しい……でも、毎回それでは迷惑なんじゃないだろうか。


そんな悩ましい考えはお見通しだったようで……
佐々木さんは私の髪をゆっくりと梳きながら、優しい声色で囁く。






「……なまえさん。どうか、どんな時でも私を必要として下さい。そうすることで、私は存在していられるのですから」






不意に後頭部に触れた温かくて柔らかいものは、



まるで夢の続きのように 私の心臓を酷く高鳴らせた。











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