「なまえ!飲んでるぅー!?」

「はいはい、飲んでる飲んでる。柴ちゃんはちょっと飲み過ぎだよ」

「どこが!まだまだ飲み足りなーい!!」



賑わう居酒屋の座敷で、真っ赤な顔の柴ちゃんが生ビール片手に纏わり付いてきた。
あぁ、激しく面倒臭い……。



―――――私、みょうじなまえは本日、後輩である田中くんの業績をお祝いするべく会社の飲み会へと来ています。

え?佐々木さん?
もちろん拗ね拗ねモード全開でしたよ?
飲み会が始まる前から、小言メールをじゃんじゃん受信しまくりです。


それでもまだましな方で…昨日の夜は本当に大変だった。
大きな彼になると過保護さが増すのか、いろいろと約束事を言い付けられたのだ。





――――――
――――
――





『良いですか。お酒を飲むのは構いませんが、少しでも酔ったと思ったら飲むのをやめること。酔い潰れるなど言語道断です』

『え、あ、はい…』

『それと、酔った異性にあまり近付かないこと。酔っ払いは何をするか予測がつきません…襲われてしまう可能性も大いに有り得ますからね』

『襲われるなんて、そんな……っ…わかりました!約束するから睨まないで下さい!!』

『…よろしい。それから異性の隣に座らない。異性と話さない。異性と目を合わせない。異性と……『ちょ、ちょっと待って、難易度高すぎですって…!日常生活でも絶対に避けられないようなことばっかりじゃないですか!!』

『……文句がおありですか…そうですか……』

『すっ…すみませんでしたー!お願いだから睨まないで下さいィィ!!』




――
――――
――――――とまぁ、理不尽極まり無いやり取りの末、何とか飲み会へと来ることが出来たのです。
……寂しがってくれたり、心配してくれるのはかなり嬉しかったりもするんだけど……本人には絶対に言わない。



(…ていうか、恥ずかしくて言えないよ!)



昨日のやり取りを思い返しつつ佐々木さんへの返信メールを作っていると、いつの間にかいなくなった柴ちゃんの替わりに田中くんが隣へ座った。

あ…異性の隣………ま、まぁ不可抗力だよね!



「今日の主役がこんな所にいて良いの?」

「いやぁ…流石に僕もう飲めないので、コレなまえさんにあげようと思って。さっきからあんまり飲めてないですよね?」

「おぉ、よく見てるねー…今日はちょっと控えめなんだ。でも、主役がせっかく持って来てくれたからソレはいただこうかな」



差し出されたグラスを笑顔で受け取れば、人好きする爽やかな笑顔が返ってくる。
うーん……やっぱり良い子だわ。お姉さん感心しちゃう。

可愛い後輩の笑顔に何だか気分も浮つき、受け取ったグラスを口に付け一気に傾ける。
(本当は危険だから一気飲みなんて絶対にしちゃダメだよ!!)



「わ、なまえさんすごい飲みっぷり!!」

「っ…!?何か…これ……すっごい喉熱い…」

「え?熱いって……あ!ちょっと柴田さん、僕にさっき渡してきたお酒って何混ぜました!?」

「さっきのって…柴田特製ブレンド酒?何混ぜたか全然覚えてないけど……あ、ウィスキーはいっぱい入れた!」

「ウィスキー!?そんな度数の高いもの混ぜないで下さいよ!!……なまえさん?大丈夫ですか?…なまえさん?!」



周りの声がやけに遠くに感じる。
あれ?視界も何だかぼんやりしてきた。

ぐらぐらと世界が回る感覚に耐え切れず、畳へとゆっくり横たわれば瞼も自然と下りてくる。



(ウィスキー…?そんなの混ぜるなんて…柴ちゃんの…ばか、ちん……)





こうなってしまえばもう、後は意識を手放すしか選択肢は無かった。










――――
――






飲み会開始時刻から約二時間後、彼女からのメールがぱたりと途絶えた。

メールを絶えず送るようにとは伝えていない為、連絡が来なくなってもおかしくはないのだが…ずっと続いていたやり取りが急に途切れてしまえば、心配するのは当たり前のことだろう。



―――電話をしようか…もう少し待つべきか…



考えれば考える程落ち着かなくなり、携帯電話を持ってウロウロと部屋を徘徊する。

部屋の隅から隅までを行き来していたが、何度目かの往復の末やはり電話をしようと意を決した、その時……玄関の扉がガシャンと大きな音を立てた。



「………なまえさん…?」



ゆっくり玄関へ近付けば、扉の向こうで衣擦れの音が聞こえる。鍵を探しているのだろうか。

思っていたよりもずっと早い時間での彼女の帰宅。その事実に安心と喜びが混ざり合って、自分は今きっと酷く情けない顔をしているだろうが…彼女が無事なら何でも良い。
ただ、ただ、目の前の扉が開くのを静かに待つ。



「……」


「…………」


「…………………」



……けれども、なかなか扉が開かない。
流石に焦れったくなり、こちらから鍵を開け扉を開いた。



「なまえさん、何をもたついて………」

「え!?だ、誰ですか…?…あれ!?俺、家間違えた!?」



開いた扉の向こう側に立っていたのは、待ち望んでいたなまえ………をお姫様抱っこした爽やかな風貌の若い男だった。

どうやらなまえは眠ってしまっているようで、男の腕の中ですやすやと寝息を立てている。


……ピクリと自分のこめかみ辺りが引き攣るのを感じた。



「いえ、間違えてなどいませんよ。
……うちのなまえがご迷惑をお掛けしてしまったようで、どうもすみませんでした」

「は?………何ですか、“うちのなまえ”って……」

「そのままの意味ですよ。この子を此処まで運んで下さったことはお礼を言いましょう…どうもありがとうございました。
後は私が何とかしますので帰っていただいて結構ですよ」

「ちょ、ちょっと待っ……!!」

「さようなら」



無理矢理なまえを彼女の鞄と共に奪い取ると、容赦無く扉を閉める。男はまだ何か言っていたようだが、そんなことどうだって良い。

きっと、恐らく、彼が例の“田中くん”……。




どうして彼は此処を知っている?


どうして彼の腕の中で彼女は眠っていた?


どうして、どうして、どうして――――





止まらない思考回路に、止まらない胸の不快感。
自分がいなければ、彼は部屋に上がり込み彼女を介抱するつもりだったはずだ。

……場面を想像すれば胸の不快感は更に増し、ドロドロとした真っ黒な感情が腹の底から迫り上がる。



「………なまえさん、起きたらお仕置きですからね…」




どうすれば良いかわからない。

自分がどうしたいのかも。


持て余した感情の行方も宙ぶらりんのまま、未だ安らかな寝息を立てているなまえをきつく抱きしめると、ほんのりと赤くなったその頬に唇を寄せる。


そうして黒い感情を誤魔化した。

















「…にゃろう……誰だアイツ………」



扉の向こうに立ち尽くしていた男は鋭い眼差しでドアを睨み、沸き上がった黒い感情を誤魔化すことなく言葉を吐き捨てる。







――――人知れず 争いの火蓋が切られた。












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