「っ……なまえ…!!」
「なまえちゃん!!」
「ちょっと貴方達、今は深夜ですよ!お静かに願います!!」
「うん、キミもちょっと声抑えようね」
―――なまえが意識を取り戻した。
その知らせを聞いた真選組一同は、手の空いている者達がこぞって深夜の病院へと押し掛けた。
駆け付けた病室には担当医と年配の看護師がおり、あまりの騒がしさに看護師から怒鳴られてしまったが……そんなこと誰の耳にも入っちゃいない。
「なまえっ……なまえ……!」
「……ひじ、かた………さん……」
「っ……心配…………掛けさせんな。ど阿呆……」
「…………」
「……帰ったら覚悟しとけよ。お前の仕事、腐るほど溜まってんだ」
「はい……」
「だから、早くよくなれ」
「っ…………は、い……」
それだけ、皆心配だったのだ。
心配で、不安で、堪らなかったのだ。 なまえの意識不明な状態がいつまで続くのだろうかと。
……このまま目を覚まさなかったら、と。
「……なまえ!!」
真選組の皆が一様に涙ぐんでいると、慌ただしい足音が病室へと近付き、やがて開いた扉から一人の人物が転がり込んできた。
……珍しく表情を崩し、息を切らした今井信女だった。
「お前……」
「なまえっ………………よかった……」
「……の、ぶめ……さん……?」
「……なまえ………………守れなくて、ごめん…………」
「…………」
ベッドへと近付き、枕元で膝を屈めると、信女は悲痛な面持ちで自身の過ちを詫びた。
そんな彼女をなまえは不思議そうに見つめた後、微笑みを浮かべて小さく呟いた。
―――――ありがとう。
掠れて、声なのか息遣いなのかも区別のつかない小さなそれは確かに届き……、
「っ……ドーナツ…………食べよう。よくなったら、一緒に……」
信女に、柔らかな笑顔とほんの少しの涙を呼び寄せた。
「ドーナツ、ドーナツって……おめーそれしか言えねぇのか」
「……うるさい。チビは黙ってて」
「おい、誰が毎日毎日パッサパサの美味くもねぇドーナツ食ってやったと思ってんでィ」
「別に頼んでない」
「こらこら、お前達!喧嘩なら外でやらないか!」
「近藤さんの言う通りだ。言い争いなら外でやれ。なまえの傷に障る」
「うるせー土方。死ね」
「ニコチン中毒で死ぬか黙るかどっちかにして」
「……何急に結託してんだ。揃って俺に怨みでもあんのか、あ?」
「「だって何か無性にムカつくから」」
「っ……上等だコラ、てめぇらまとめて教育し直してやらぁ……表出ろ、表ぇぇ!!」
「だから静かにしろって何回言ったらわかるんだコラぁぁぁぁ!!」
「いや、だからキミも声抑えてねって何回言ったらわかるのかな」
目の前で繰り広げられる騒動を弱々しくも嬉しそうな笑顔で見守っていたなまえだったが、彼女の心は一向に落ち着かない。
医師を呼びに行ったきり戻ってくることのなかった佐々木。 部屋を出ていく間際に見えた彼の寂しそうな……そしてどこか追い詰められたような、あの表情が頭から離れずにいる。
彼がまた会いに来てくれた時、何かあったのかと聞いてみよう。 彼が自分を助けてくれたように、今度は自分が彼を助けられるように。
ひとりそう誓い、なまえはその日再び眠りについた。目覚めのある、深い眠りに。
……けれど。その日以降、佐々木が病室を訪れることはなかった。
なまえの容態が自力で起き上がれるほどに回復しても、彼が姿を現すことはなかった。
――――― ―――
「なまえちゃん、入るよー?」
「あ……はい!どうぞー」
控えめに扉を開け病室へ入ってきた山崎に、ベッドの上で上半身を起こし笑顔で迎えるなまえ。
入院して幾週間。腕へ繋がる点滴は残っているが、彼女の傷は格段によくなっていた。 今や一人で歩き回れるほどで……つい先程も中庭で過ごしていたくらいだ。
「今日は調子どう?傷が痛んだり、気分が悪くなったりはしてない?」
「大丈夫ですよ!元気いっぱいです」
「そっかそっか、ならよかった」
「………………あの、山崎さん……」
「ん?」
不意に、なまえの笑顔が曇る。それを山崎は見逃さなかった。 この後彼女がどんな言葉を口にするのか、毎日見舞いに来ているから見当がつく。
「あ、の…………
………………佐々木さんは、どうしていますか……?」
やはり、と、山崎の背中に冷や汗が伝う。
体力も戻り、スラスラと会話が出来るようになってからというもの、なまえは佐々木のことを頻繁に尋ねるようになった。
自分が意識を取り戻したあの日以来、一度も彼の姿を見ないことが、
……一度も、自分に会いに来てくれていない事実が、
どうしても不安で。どうしようもなく心細くて。 傷はもうほとんど癒えたというのに、なまえの体は胸を中心に内側からズキズキと痛んで仕方なかった。
「……見廻組、また一段と忙しいみたいだよ」
「え……そうなんですか?」
「うん。何でも、重要な任務がいくつも重なってるとか」
「そっか……そうだったんですね……。だから信女さんも最近……。 …………あ!し、真選組もお忙しいんじゃ……!?こ、こんな当たり前のように山崎さんに毎日来ていただいたりしてっ……私……!!」
「はは、大丈夫だよ。ちゃんと仕事は片付けて来てるし……何より、なまえちゃんの顔を見ないと俺が元気でないからさ」
「山崎さん…………ありがとうございます……」
穏やかな日常の一部に見える二人の会話であったが、山崎は気が気でなかった。 あくまで自然に、けれど慎重に言葉を選んで話す。
現状を悟られないように。
―――なまえと佐々木を会わせてはいけない。
局中法度にも加えるよう下された土方からの命令は、安易なようで、実は大変困難なものだった。
(会わせちゃいけないのはわかってるけど……限界があるよなぁ……)
………なんせ、なまえと会わせてはいけないとされている男は、この病院内にいるのだから。
『佐々木が入院している』
山崎がこのことを知ったのはつい最近。 なまえの意識が戻った翌日、今度は佐々木が意識を失い倒れてしまった。タイミング悪く任務中であった為、怪我まで負ったのだという。
主な原因は、過労と睡眠不足……だ、そうだ。
沖田が言うにはなまえの意識が戻らない間、佐々木は日中休むことなく働き続け、夜は寝ずに病院へと足を運んでいたらしい。 ……そんな無茶な日々を送れば、倒れてしまうのも無理はない。
目を覚ますなり、すぐに病院を出ると言って聞かない佐々木を、医師は無理矢理入院させたとか。
それほどまでに、彼の体は衰弱していた。
(……それだけ、なまえちゃんのことを……)
【利用した男に、利用された女】
今回の件、二人の関係性を極端に言ってしまえばこういうことになるのだが……、
【密かになまえへの想いを募らせている佐々木に、佐々木に恋い焦がれているなまえ】
二人の様子を見ていると相思相愛のように思えて、どうしてもこのように置き換えてしまう。
引き離さなければいけないということに納得しつつも、心のどこかでは“どうにか上手くいかないだろうか”と悩ましく考えてしまうのだ。
(こんなこと、うっかり副長にでも話したらどうなるか……)
「山崎さん?どうかしましたか?」
「え!?あ、いや、何でもないよ……!ちょっと考え事しちゃって……えーっと、副長に頼まれてる仕事のことなんだけどさ……っ」
「仕事……あ!そういえば午前中、土方さんが山崎さんにマヨネーズの買い出しを頼むって言ってましたけど、そのことですか?でしたら、いつものスーパーよりは……」
「買い出し?…………っあぁァァァ?!わ、忘れてた……!!」
「えぇ!?」
なまえの一言により思い出された、かの上司からの指令。自分の生死にも関わる重要な任務がすっかり頭から抜け落ちていたことに、山崎は血の気を引かせた。
ああ、なるほど……彼らのことをうっかり話そうが話さまいが、どのみち自分はあの鬼のような上司から怒りの鉄槌を下されることは決まっていたらしい。
「なまえちゃん……俺明日来れないかも……。むしろ俺に明日が来ないかも……」
「や、山崎さんっ、まだ間に合います!まだ間に合いますから……!!」
自分に降りかかるであろうキツイ仕置きを想像して打ちひしがれながらも、チラリと盗み見たなまえの表情が先程の暗いものから一変していることを確認し、山崎はホッと胸を撫で下ろした。
なまえと佐々木の仲立ちは出来ない……ならばせめて、彼女の表情が再び曇ってしまった時にフォローが出来るよう、何があっても毎日見舞いに来よう。 自分が出来ることは、きっとそれくらいだ。
(なまえちゃんが笑顔でいられるように……うん)
改めて自分のすべきことを認識した山崎は、心配そうななまえにニコリと笑いかけた。 一拍置き、安心したように笑い返してきたなまえに、山崎もまた安心したように笑みを深めるのだった。
(なまえ、入るぞ) (え、あ、ひ、土方さん?!) (ふ、副長!?) (あ?何で山崎が……おい、買い出しは終わったのか) (や、あの……こ、これから行くところで……その……!) (わ、私が引き止めちゃったんです!ど、どうしても退屈で!) (退屈だぁ?……ったく、怪我人はおとなしく寝てろって何回言ったらわかるんだ) (へ?あ、えと……) (それとお前、あんまり歩き回るなって言ったのに今日も中庭に出ただろ) (えぇ!?それは、その……はい……) (傷口が開いたらその分治りも遅くなるんだ、もっと体を大切にしねぇか) (……す、すみません……) (大体お前はなぁ――……)
((も、物凄い勢いでお説教が始まってしまいました……!)) ((なまえちゃん、俺のせいでごめん…!))
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