見廻組が敵地へ乗り込み幾分か過ぎた。 風が吹き荒れ木々のざわめきが辺り一帯に響き出し、待機中であった隊士達の焦燥感を一層駆り立てる。
洞窟付近を陣取っていた土方も同様……沸き立つ苛立ちを紛らわすように、もう何本目になるかわからない煙草に火をつけた。
「なぁ、近藤さん…………」
「……どうかしたか?」
「…………俺は……間違ってたのかもしれねぇ……」
ぽつりと小さく零す土方に、近藤は黙って耳を傾ける。 土方のその弱々しい様子に、いつもなら嬉々として追い討ちをかけに来る沖田も、木にもたれ掛かり空をぼんやりと眺めながら次に出る言葉をおとなしく待った。
「俺があいつを……なまえを、縛り付けてでも屯所から出さなきゃ……こんな事件に巻き込まれることなんか無かったんだ」
「トシ……」
「………それを言ったら。俺がなまえを見逃したことが一番の原因でさァ」
「総悟まで……おいおい、二人とも今回の件は……!」
どんよりと悔やむ二人に近藤が焦ったように声を掛けるが、それを無視し土方と沖田はお互いを睨み合った。
「あ?俺が悪ぃっつってんだろうが……総悟、てめぇは関係ねぇ。本来あいつを守るべきだった“俺が”守り切れなかったせいでこんな……」
「はっ……自分のせいだと思い込んでるなんざ、とんだお笑い種でさァ。今回はあいつの兄貴分である“俺が”すんなり行かせちまったせいだって言ってんだろーが。死ね土方コノヤロー」
「あ゙ぁ゙!?」
「ちょっ……ストップストップ!二人とも一体何に対して張り合っちゃってんの?!何これシスコン自慢!?」
訳のわからぬ二人の言い争いに近藤が仲裁に入るも、いきり立つ二人にその声は届かない。 不毛な闘争に他の隊士達もどうしたものかと二人の様子をハラハラと見守っていたが、この張り詰めた空気は土方の舌打ちによって解かれた。
「大体……なまえの奴も、何だってあんな野郎に……」
「それは同感でさァ」
「…………結局。二人が留めた所で、あの子は行っちまうだろうさ」
それが恋ってもんだと苦笑を零しながら近藤は洞窟を見遣る。それを聞いた二人はなまえの想いにこの男も気付いていたのかと驚きながら、釣られるようにしてそこへと視線を移した。
―――まだまだ見廻組は現れそうにない。
蘇る焦燥感に、土方が先程火をつけたばかりの煙草を地面に落とし踏み消した時だった。
洞窟からフラフラと覚束ない様子で駆けてくる影がひとつ。 それに気付いた土方は見廻組かと瞳に光を灯したが、月明かりに照らされたその人物の体から無数に咲き乱れる橙色の花を見付け、奥歯をきつく噛み締めた。
(野郎……しくじりやがったな……!)
「っ……天人だ!奴を逃がすんじゃねぇ!」
土方の怒声に隊士達が一斉に刀を抜き身構える。こちらはいつでも仕留める準備は出来ていると、膨れ上がった殺気を隠そうともせず天人の男を取り囲んだ。
逃げるか、仲間を呼ぶか、
敵の行動を予測しながら慎重に距離を詰めていく土方に、男が取った行動は意外なものだった。
「た、助けてくれぇ……!」
男は顔を真っ青にして助けを請うて来たのだ。自分に向けられた殺気など、気にも留めず。
「なっ……何だぁ!?」
「頼むっ……あ、あんな化け物、親方まで、助け……助けてくれぇ…!!」
「あ、おい!………副長、こいつ…」
ガタガタと全身を震わせてへたり込む男に、土方は眉を寄せ近付いた。 何をこんなに怯えている?こいつは誘拐犯の仲間ではないのか? グルグルと思考を巡らせつつしゃがみ込むと、土方は男と目線を合わせ口を開いた。
「……誘拐犯の一人だな?一体中で何があった。どうしてお前一人だけ出て来たんだ」
「っ……化け物がっ……アイツがっ……アイツがぁ…!頼む……頼む、助けて……助けてくれぇ!!」
「チッ……こいつは使えねぇ、縛り上げて見張っておけ。……近藤さん」
「あぁ。…………お前達、よく聞け!これからトシと総悟は俺と洞窟内へ潜入する。お前達はこの天人の見張りと洞窟付近での待機を続けろ!!宇宙船が発見されたら、二手に別れて待機だ!良いな?!」
「「「「……はい!!」」」」
近藤の言葉に士気を上げた隊士達は、威勢良く返事を返す。そんな彼等の様子を見て、土方と沖田は冷ややかに目を細めた。
「……土方さん。敵も逃げ出す化け物なんて情報、俺は知りやせんぜ」
「俺だって知らねぇよ………くそっ…」
(どんな化け物がいるか知らねぇが……なまえは無事なんだろうなぁ…!?)
予期せぬ事態に眉間の皺を増やした土方は、洞窟を睨みつける。 一体中で何が起きているのか……焦る気持ちを押さえ込むように、土方は固く握り締めた拳を木の幹へと叩き付けた。
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