「………………どういうことだ……」

「で、ですからっ!そちらで大切に囲われていたみょうじなまえさんが攫わ………ぅぐっ…!?」

「トシ!やめねぇか!!」



真選組屯所に響く鈍い音、そして悲鳴。
先程までの穏やかな空気から一変し……まるで地獄絵図と化したその場所に、白と黒が対峙していた。



「土方さん……なまえさんが攫われて気が立っているのはわかりますが、うちの部下に暴力を振るうのはやめていただけませんか」

「っ……ふざけんな…!何でてめぇが付いていながらアイツが誘拐されてんだ!!」



なまえが攫われた。
その事実は土方だけでなく、真選組隊士達にとっても動揺を隠しきれない程のことだった。

それは、いきり立った土方を落ち着かせようと必死になっている近藤もまた同じであった。



「彼女が攫われた理由……佐々木殿、俺達に秘密で調査していた内容と何か関係しているのでは?」

「……さすが、真選組局長を勤めるだけあって察しの良い方ですね。では、そろそろお話ししましょうか……」






―――――貴方がたはご存知ですか。
己の体に種子を埋め込み、植物を育てる天人の存在を………









―――――
―――







体が怠い。怠くて重たい。


―――意識を失っていたなまえは肌寒さに目を覚ました。
しかし、どういう訳か体が自由に動かず、起き上がることも到底出来そうにない。



(此処は……一体…………)



「目が覚めたみたいだな、嬢ちゃん」



冷たい地面に四肢を投げ出して横たわるなまえの真横に男が立つ。
視線を上へと向けると、花を渡してきたあの男がにこやかにこちらを見下ろしていた。

しかし…その男、顔こそは会った時と同じだが、剥き出しになった上半身の至る所から橙色の花が咲き乱れており、なまえは思わず悲鳴をあげそうになった。




――――この人、人間じゃない……!?




「はは、そんなに驚くなよ。アンタにもやっただろう?……この素晴らしい花を」

「……ど…して……?」

「へぇ、花の香りをあんなに吸い込んだってのに喋れるなんて……大したもんだな」


髪を掴み無理矢理顔を上へと向けさせられ、ぐっと息が詰まる。
視界に入った男の悍ましい笑顔に、ゾワリと全身に寒気が走った。


「…っ…………」

「見ての通り、アンタにあげた花は俺達の体を使って育ててるんだ。
……さて、此処へ連れて来た理由を単刀直入に言うが……嬢ちゃん達には、この花の成長を助けてやって欲しいんだ」















「何だ…それ………それがアイツを誘拐する理由とどう繋がるってんだ!」

「落ち着けトシ!!」



佐々木の首を絞める勢いで胸倉を掴む土方の表情は、鬼そのものだった。
しかし、それに怯むことなく佐々木は淡々と話を続ける。



「……彼らの好物は、汚れを知らない十代の娘なんだそうです」

「はぁ!?……そんならあれか?ロリコン野郎が処女を食っちまう為に所構わず誘拐してるっつーことか?!」



なまえの童顔がこんな所で仇になるとは。
このままじゃ、アイツは見ず知らずの男に襲われて……!

土方は最悪の事態を想像し、苦い面持ちで奥歯を噛み締めた。


「………そちらの方がまだマシだったかもしれませんね……」

「……おい、どういう意味だ」

「彼らは文字通り、彼女達を“喰らう”為に誘拐しているんですよ」





――――人間の生娘は良い栄養になる。
食せば枯れにくい花が咲き、その香りもうんと芳しくなる……とね。





佐々木の話を聞いた真選組隊士達は、皆顔面蒼白で立ち尽くした。
彼の胸倉を掴んでいた土方も、あまりの衝撃に思わずその手を離してしまう。

……それを見た佐々木は隊服を整えながら土方と距離を置くと、止まってしまったその場の空気を再び動かす為に口を開いた。



「……心配は要りません。彼らの行動は我々の手中にあります」

「何…!?」

「なまえさんに渡した香り袋の中に、小型発信機を忍ばせてあります。これを頼りに進めば彼らのアジトに辿り着けるでしょう」

「は?ちょ……ちょっと待てっ………てめぇ、今、発信機っつったか……?」

「…………えぇ、それが何か?」

「……まさか………わざと、か……?
アイツが狙われてるのを知ってて、わざと誘拐されるように仕組んだのか……!?」



激しく怒鳴る土方を冷たく見下ろすと、佐々木は溜め息を吐いて顔を背ける。



「我々は警察です……事件の迅速な解決に、多少の犠牲は付き物でしょう?」


「っ……てめぇェェっ…!!」



佐々木の言葉に、とうとう土方は抑え込んでいた怒りを爆発させた。



なまえの気持ちは関係ねぇってか…!?

あんなにも愛おしそうに……



『香水……?あ、違いますよー、これは香り袋の匂いです!
……佐々木さんから、いただいたんです…』



あんなにも幸せそうに……



『土方さん、いってきます!』





佐々木を想って笑っていた、なまえの気持ちを……踏みにじるどころか、利用までして…!!


(………許さねぇ……っ!!)



怒りに我を忘れ、刀を抜いた土方は佐々木へと斬り掛かるが……鋭い音を立て他者の刃が土方の刀を受け止めた。



「……土方さん…たちったぁ冷静になってくれやせんかねィ。なまえが食われちまうかもしれねぇって時に、身内同士で争ってる暇はねーだろーが」

「っ………チッ…!」



……刀を受け止めたのは沖田だった。
冷静な声色とは裏腹に彼の射抜くような鋭い眼差しに、沖田が怒りを抑えていることを察した土方はバツが悪そうに刀を鞘へと収めた。

一方……二人のやり取りを傍観していた佐々木は、人知れず刀へと手を添え、いつでも奇襲を防ぐ準備をしていた。
……土方からの奇襲ではなく、背後で殺気を膨らます信女からのだ。



(……誰かしら斬り掛かってくるだろうとは思っていましたが、まさか信女さんまでとは……)



彼女は……なまえは沢山の人間に愛されているのだと、改めて思い知る。
同時に、胸の奥がズキリと音を立てて軋む。



「……勘違いしないでいただきたいですね。私はなまえさんを事件解決の為の犠牲者にするつもりはありません」





犠牲は…………彼女から惜しみ無く注がれる自分への信頼を。





「今夜、アジトへ乗り込みます。
……彼らは危険だ。今後の為にも、根絶やしにするのが得策でしょう。

貴方がたがどう動くかはお任せしますよ」









今はただ、己の意志のままに

事件の迅速な解決を。










((……そう思って動いているはずなのに………))


((彼女の笑顔を望む自分は……一体何なのだろうか……))









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