好いた異性と二人で出掛ける……これが所謂デートと呼ばれるものなのだろうか。
――佐々木との約束の日を迎えたなまえは、普段そう見ない鏡に自身の姿を映しては、何度も装いを確認した。
なんせ彼への想いを自覚してから初めて二人で出掛けることになる為、彼の隣を歩くのに相応しい格好を……と、いつも適当に結うだけの髪を何度も櫛を通してポニーテールにしてみたりと珍しくめかし込んだのだ。
「……変、じゃないです…よね……」
「ちんちくりんのなまえが、自分の格好をそんなに気にする時点で変に決まってらァ」
「!?……沖田さん、どうして此処に……」
「土方さんから言われたんでさァ……“なまえを見張っておけ”……ってな。 アイツの言いなりなんざ虫酸が走るが、俺もお前の様子がおかしいのは気掛かりなんでねィ」
いつの間にか私室の入口にもたれ掛かるように立っていた沖田に、佐々木殿と出掛けるんだろう?と問われ頬に熱が集中する。
それを沖田が見過ごすはずもなく、こちらへ向かって来るやいなや、素早い動作で両頬を抓られた。
「いっ……!!」
「なまえの癖に生意気な面してんじゃねーや。おめーはまだまだ子供だろーが」
「いひゃっ……わたひ、おひたひゃんより、とひうえ…!!」
「ぷ。何言ってるかわかんねぇ上に、ブッサイクな顔になってまさァ」
涙が零れる寸前に離された両頬はジンジンと痛み、堪らず両手で頬を覆う。 何だってこんなことを……と涙目で沖田を見れば、いつに無く真剣な瞳で見つめられドキリ心臓が跳ねる。
「……なまえは俺達の妹みたいなもんなんだ。皆心配してるんでさァ……あいつに傷付けられるんじゃねーかって」
「沖田さん……」
「どーせ、何言ったって行くんだろ? 土方さんには適当に口添えしといてやらァ……さっさと行きなせェ」
「っ……ありがとうございます!」
不意に視線を逸らして道を空ける沖田に、深々とお辞儀をしてから部屋を出る。
……この人達は、上京したての自分を住み込みで働かせてくれただけでなく、本当の家族のように思ってくれている。 それは、どれだけ幸せなことか……。
なまえは沖田への感謝を噛み締めつつ、玄関へと向かう廊下をただただ足早に進んだ。
「……あーあ。土方さんにばれ無い内に、早いとこ巡回にでも行きやしょうかねィ」
――
玄関口を出て門をくぐった先に見慣れた黒い隊服姿を見つけ、ギクリと体を強張らせる。
「ひ、土方さん……」
しかも、彼と対峙しているのは……
「どうもこんにちは、なまえさん。お迎えに上がりましたよ」
「…………佐々木さん……」
「おい、なまえ……こりゃあ一体どういう事だ…?コイツと出掛けるって話、まさか本当な訳ねぇよな……?」
鬼の形相でこちらに視線を寄越した土方と目が合い、体中から冷や汗が吹き出る。 せっかく沖田に見逃してもらったと言うのに……これでは何の意味も無い。
どうすればいいのだろう…と固まってしまった思考回路をなんとか動かして考えてみたが、鬼を目の前にして恐怖心以外何も浮かんでこない。……どうやら、脳みそまで震えてしまっているようだ。
(ど、どうすれば…どうすれば……!)
忙しなく双眼を泳がせて立ち尽くしていると、ゆっくり土方が近付いて来る。 先程の沖田からの仕打ちが頭を過ぎり、咄嗟に両頬を手で隠すが……伸ばされた彼の手はなまえの頬ではなく、頭へと優しく乗せられた。
「え…あの……「5時だ」……へ?」
「夕方の5時までに帰ってこなかったら、今度こそ外出禁止だ。……いいな」
「っ…は、い……」
土方の優しい眼差しに涙腺が緩む。 此処の人達は、どうしてこんなにも優しいのか。
(…何て顔してやがる………)
今にも泣き出しそうななまえに土方は苦笑しながらその頭をくしゃりと撫でると、再び佐々木と対面した。
「おい……コイツに何かあったら承知しねぇからな」
「言われなくともわかっていますよ。 ……例えなまえさんが攫われてしまったとしても、エリートであるこの私が無傷の状態で助け出しましょう」
「……あ?おい、それどういう意味だ……「さ、行きましょうか」……待てコラ!無視すんじゃ……「は、はい!!」……っ…おいィィィ!!」
ことごとく発言をスルーされ、土方のこめかみには青筋がいくつも浮かび上がったが、不意に振り返ったなまえの表情に思考が止まる。
「土方さん、いってきます!」
満面の笑みを浮かべて手を振るなまえは、それはそれは至極幸せそうで……
「……………おぅ…」
土方も思わず怒りを忘れて、小さく手を振り返すのであった。
――――――真選組屯所を後にした佐々木となまえは、二人並んで町を歩く。
緊張しているのか、どこかぎこちないなまえを見兼ねた佐々木が口を開いた。
「今日はまた少し雰囲気が違いますね。髪…ご自分で結い上げたんですか?」
「え!?あ、えっと………はい。あの……変、でしょうか……?」
「いえ、とても可愛らしいですよ」
言葉と同時にそっと髪を掬われ息を呑む。
―そんなふうに優しくされると………
――そんなふうに触れられると…………
「か、可愛いなんて…そんな……」
「何をおっしゃるんですか。可愛いですよ……とても」
「っ………」
勘違いしてしまいそうで。
「……あっ、あの!き、今日はどちらへ行きましょうか!?えと……私は、何処でも構いませんので!!」
「そうですか、では……………貴女が以前橙色の花を受け取った場所まで案内していただけますか?花をくださった方に、あの花の種類を教えてもらいたいのです」
「は、はい!お花をいただいた場所ですねっ…………あ、そういえば……あの方、露店も開いてるっておっしゃっていました」
「ほぉ、露店ですか。それはそれは……是非行ってみたいものですね」
「じゃあ今日はそちらへ!こっちです、佐々木さんっ」
これは片想い。勘違いしてはいけない。
赤くなった顔を見られないよう、急ぎ足で佐々木の前を歩いていく。
そんななまえの後ろ姿を、佐々木が複雑な表情で見つめていることなど……なまえはおろか佐々木本人ですら気付いていなかった。
―――― ―― ―
「この先の路地裏でお店を開いてるって……あ、ほら!ありましたよ、佐々木さん…………あれ?」
路地裏に入り、目的の露店らしき店を見付け後ろを振り向く。 しかし、そこに佐々木の姿は無く、なまえは血の気が引いていくのを感じた。
(……は、はぐれてしまいました……!!)
思えば、此処に着くまで後ろを気にすることなくひたすら歩いていた気がする。 いくら緊張していたとはいえ、これは人としてひど過ぎるのでは……?
気付くのが遅すぎた事実に更に血の気を引かせて立ち尽くしていると、背後から軽く肩を叩かれ思わず跳び上がる。
「っ…!?」
「よぉ、嬢ちゃん。来てくれたんだな」
恐る恐る振り返れば、見覚えのある男がニカッと笑いながら立っていた。
あの時、花をくれた人だ。
「あ!……あの、先日はどうもありがとうございました」
「いやいや、こっちこそ来てくれてありがとなー……嬢ちゃん、全然姿を現さねぇからヒヤヒヤしてたんだ」
「……?どういう意味ですか?」
「はは、こっちの話さ。それより……今日はあの花の香りが忘れられなくて来たんだろ?」
男に言われてハッとする。 此処に来たがっていた本人が今いない。 今日は花をもらいに来たのではないのだと伝えようと口を開いた、その刹那……
いつの間に背後へ回ったのか、男に後ろから真っ白な布で口元を押さえ付けられ身悶える。
勢いよく吸い込んだ空気に混じるのは、むせ返る程きつい花の香り。
クラリと視界が揺れたのち、 頭が痺れ、体から力が抜けていく。
(………佐々木、さん…………)
「花の香り、たーんと味わってくれよな……お嬢ちゃん」
(…………はぐれて、ごめんなさい………)
男の言葉が辺りに響く頃、なまえの意識は暗闇の底へと落ちていった。
「……やはり狙われていましたか」
少し離れた場所から一部始終を見ていた佐々木は、ひとりぽつりと呟いた。
彼女が巷を騒がしている連続誘拐犯から狙われていたのは知っていた。 知った上で、この場所へと案内させ犯人と接触させたのだ。
懐から携帯電話を取り出すと、部下へと電話を繋ぐ。
「今から言う私の言葉を、至急真選組へ伝えなさい。
…………みょうじなまえが攫われました」
全ては計画通り。
それなのに、どうして、
胸が裂けるように痛むのだろうか。
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