「この度は、ご迷惑をお掛けして本当にすみませんでした…!」」



ガヤガヤと賑わう真選組の食堂に、真っ直ぐな声が響く。
料理を盛り付けながら隊士一人一人に頭を下げているのは……見廻組から戻ったなまえだ。
そんな彼女の様子に、トレイを持った山崎が苦笑する。



「なまえちゃん、そんなに気にしなくて大丈夫だよ。無事に帰って来てくれただけで嬉しいからさ」

「山崎さん…!ありがとうございま……「後ろ詰まってるんで、さっさと料理盛りつけてくれやせんかねィ」……沖田さん!!」



山崎を押し退けて現れた沖田に、思わず顔を緩ませる。

見廻組では気兼ね無く話し掛けてくれる隊士はいなかった為、この隔てない雰囲気が何度恋しくなったか。



「ちょっ……沖田隊長、押さないで下さいよ!俺、まだ料理盛りつけてもらってないんですけど……っ」

「それなら土方さんに頼んで、皿にマヨネーズ特盛で盛りつけてもらいなせェ」

「あんな物単体でなんかいらないよ!!」

「…………あんな物だぁ?てめぇ、いつからマヨネーズを馬鹿に出来るくらい偉くなったんだぁ……あ゙ぁ!?」

「ひっ…!!副長……っ!?」

「遠慮すんなよ……おら、食え」



何処からともなく現れた土方によって、山崎の皿はマヨネーズの海となり、みるみるうちに山へと変化した。

目まぐるしく変わる目の前の場面に、なまえは耐え切れず吹き出す。



(やっぱり…私の居場所は此処です!)



「……皆さん、順番に並ばないと盛り付けられないですよー!さ、並んで下さい!!」



食堂にまた、真っ直ぐな声が響く。

明るく笑うなまえを見た土方達は、彼女が戻って来たことに改めて胸を撫で下ろし、再び騒がしく食堂を賑わせた。









――――
――







「トシ、ちょっと話があるんだが……」

「あ?話……?」



食後の一服で煙草を吹かしていた土方の元に、近藤がいつになく真剣な面持ちでやって来た。

その普段とは違う彼の様子に、土方も自然と表情を強張らせる。



「実は……最近多発している誘拐事件のことなんだが……」

「あぁ、あの事件か……何だ、犯人の手掛かりでも見付かったのか?」

「いや、犯人についてはさっぱりなんだが……攫われた子達の共通点がまたひとつ見付かったそうなんだ」

「共通点?」



被害者の共通点といえば、“年齢が十代”で“少女”ということ。
……探せど探せど、この二つしか今までは見付かっていなかったのだ。

一体今更何が……と土方が考え込んでいると、目の前に透明の小さなビニールの袋が差し出される。

中には橙色の小さく薄っぺらい物が一枚入っているだけだった。



「これは……植物の花弁……?」

「あぁ……それも、この地球には存在していない植物らしい」

「地球に存在していない……?天人経由で手に入った可能性が高いな。何だってこれが?」

「この花弁を持つ植物については謎のままさ。ただ、鑑識が言うにはどの現場の時でも周辺に必ず落ちていたらしくってな……この前攫われた呉服屋の娘さんの部屋の中にも落ちているのが発見されて……」

「共通点として強まったってわけか……」



だとすれば……この花弁を持つ花を被害者の少女が犯人から受け取り、花もろとも攫われていった……あるいは、犯人が何らかのメッセージとしてわざと落としていったか……。

どちらにせよ、謎は深まるばかりだ。



「……そういやぁ、見廻組の方はどうなんだ?不本意だが、今回の事件は奴らと協力し合っての捜査だ。向こうからの情報は回って来てるんだろ?」

「それがだなぁ……そのぉ……」

「……あ?」



近藤から躊躇いがちに差し出された書類を受け取り目を通せば、顔が怒りで引き攣っていくのがわかる。

それもそのはず、情報が書かれているはずの書類には大きく“極秘調査中。時期が来たらお話しします”の文字が書かれているだけだったのだ。



「っ……あの野郎……!!」

「と、トシ、ほら、時期が来たら話すって書いてあるし!!」

「それじゃあ遅ぇだろーが!!俺らを馬鹿にしやがって!今度会ったら……「土方さーん!近藤さーん!」……あ゙ぁ!?」



間延びした声に鬼の形相のまま振り返れば、嬉しそうに駆け寄って来るなまえの姿を視界に捕らえる。

彼女のその、ふんわりとした雰囲気に土方の心も徐々に静まっていく。



「……なんだよ」

「なまえちゃん、どうかした?」

「えへへ……姿が見えたので思わず走ってきちゃいました。特に用事は無かったんですが……」


照れ臭そうに笑うなまえに土方の口から溜め息が零れる。


――――コイツといると怒ってんのが馬鹿馬鹿しく感じるから不思議だ。


なまえの笑顔につられて口元を緩ませていると、彼女から仄かに花の香りがすることに気付く。



「……お前、香水なんかつけてたっけか……」

「香水……?あ、違いますよー、これは香り袋の匂いです!
……佐々木さんから、いただいたんです…」

「佐々木殿が?洒落た贈り物だなぁ……今度お妙さんにプレゼントしてみようかな……」



懐から小さな袋を取り出すと、頬を染め愛おしそうにそれを見つめるなまえ。

その様子に、土方はポカンと口を開けて絶句した。




『帰る頃にはしっかり私色に染まっていると思います。
楽しみにしていて下さいね』


『……どうせ染めるなら、中も外も染めてしまおうと思いましてね』




それと同時に思い出される、佐々木の言葉。
………これじゃあまるで、アイツのこと…!



「なまえ、お前……!
っ………本当に染まって帰って来てんじゃねぇよ……!!」

「え?ど、どうしたんですか土方さん!」

「あーうるせー。俺は絶対に認めねぇ」

「え?え?……わぁ!」



なまえの頭をガシリと掴んで髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き乱す。
お前のせいで俺の心はもっとぐしゃぐしゃなんだ。これくらいさせやがれ。




動揺を隠すようになまえの髪を掻き乱し続ける土方。

その様子を見て豪快に笑う近藤。








彼女の懐に忍んでいたもうひとつの花の香りに、彼らが気付くことはなかった。












(ひ、酷いです…!)
(お前のが酷ぇ。勝手に染まって帰ってくんな)
(な、何にも染まってないですよ?)
(染まってる。染まりまくってんじゃねーか…!)
(もう、一体何の話なんですか!?)
(アッハッハッハ!二人は本当の兄妹みたいだなぁ!!なら俺はお母さんだな!ほら、トシもなまえちゃんも仲直りしなさいっ)
(よりによって何でお母さん……?)
(お母さん…お兄ちゃんがイジメます……)
(お前ものるなよ!!)









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