『多分……なまえは異三郎に、恋してるの』







……信女さんが言うには
私はどうやら、佐々木さんに“恋”しているらしい。




それを教えてもらったのが昨日。





そして、それを改めて意識したのは今日。
………というより、今だ。




「なまえさん、熱は下がったんですか?まだ起きてはいけないのでは……」

「へ!?だ、だ、大丈夫ですよ!ほ、ほら、この通り元気いっぱいです!!」



熱もすっかり下がり、今日は庭の掃除でもしようかと意気込んでいたなまえの元に現れたのは……


言わずもがな、佐々木である。


彼の突然の訪問になまえは頬を赤らめ、わたわたと慌てふためきながらも何とか笑顔を返す。



「……本当に大丈夫ですか?顔がまだ赤いようですが……ちょっと失礼」


伸ばされた佐々木の手になまえの心臓がドキリと跳ねる。
心拍数が上がる中、その手は躊躇うことなくなまえの額へと触れ……彼女の顔へ更に熱を集めた。


「っ……!!」

「やはりまだ熱が……なまえさん、今日も安静にしていて下さい。病人に休む以外の選択肢はありませんよ」

「あ…ぅ………えぇと……」



自覚してしまった以上、普通ではいられない。



私は今まで、どうやって彼と話していた?

目を見るタイミングは?

笑顔ってこんなに顔の筋肉使うの?



しどろもどろになってしまう自分の対応に、なまえは恥ずかしさでいっぱいだ。

いっそのこと、もう一度高熱で倒れてしまったほうがいいのでは……と、思わず俯いた。


すると、ポスンと頭に置かれる大きくて温かな何か。
あぁ、彼の手だ……と認識するのにさほど時間はかからなかった。

彼にこうして頭を撫でられるのは何度目になるだろう。
触れられている所から、安心感がジワリと広がる。



ゆっくりと顔を上げれば、いつもと変わらない……感情の汲み取れぬ表情の佐々木と視線が絡む。



「あの……」

「……そうです、貴女に渡したい物があるんです」

「へ?渡したい物、ですか?」



何だろうと懐を探る彼を見つめる。
無駄のない動作で取り出されたのは、掌に収まる程の小さな黄色い巾着のような袋だった。



「どうぞ」

「え、あ、はい……!」



差し出された袋を受け取れば、仄かに花の香りが香る。



(……この香りは…………)



「金木犀……」

「正解です。金木犀の香り袋です。」

「私、金木犀の花が一番好きなんです!
……本当にいただいてしまってもいいんですか?」

「貴女の為に用意したんですから、受け取って貰わなくては困ります」

「…っ……あ、ありがとうございます……」



彼からの突然の贈り物になまえは思わず涙ぐむ。
それを見た佐々木はなまえの涙を指で拭うと、少し屈んで彼女と目線を合わせた。


「それはお守りです。如何なる時も肌身離さず持ち歩いて下さい……いいですね?」

「……?わかりました」

「……素直でよろしい。さて、急にお邪魔してしまってすみませんでした。どうぞゆっくり休んで下さい」



踵を返し扉へと歩みを進める佐々木に、なまえが咄嗟に手を伸ばしかける。
すると、タイミングよく彼がこちらを振り返り、なまえは再び慌てふためいた。



「あ、えっと……!」

「……貴女は金木犀の花言葉をご存知ですか?」

「……?いいえ、知らないです」

「“謙虚・謙遜”だそうです。まるで貴女のような花ですね」

「え!?……そうですか?」

「えぇ……本当に、貴女そのものだ……」




金木犀の花は小さく控えめだが……その芳しい香りで人々を引き付け魅了する。

彼女もまた、幼く素朴な外見ながらも人を引き付ける“香り”を持ち合わせている。




(さしずめ私も、彼女の香りに引き寄せられてしまった一人なのかもしれませんね……)




佐々木は小さく笑みを浮かべると、今度こそ扉へと進んでいく。



「……それでは、失礼します」



パタリと扉が閉まり、彼がいなくなる。
しかし、昨日と違って心がどこか温かいのは、彼から贈られた香り袋のお陰かもしれない。

なまえは掌で包んでいたそれを懐にしまうと、夢見心地でベッドへと座り込んだ。










――――いつか、伝えられるだろうか。

この胸の内なる想いを、彼に……。



伝えた後のことは想像もつかない。

……傍にいられるのかもわからない。




それでも……


……それでも……。






「……佐々木さん……私は、貴方を……」




















恋は まだ始まったばかり。











(異三郎)
(おや、信女さん。どうかしましたか)
(真選組から手紙が届いた)
(……“明日迎えに行く”…ですか。思っていたよりも早かったですね)
(なまえ、帰っちゃうの……?)
(……また遊びに来てもらえばいいですよ)
(……………うん)








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