額の冷たさに、意識が浮上する。
……私は一体何処で何をしていたんだっけ。



重たい瞼を無理矢理開ければ、見えたのは最近やっと見慣れてきた小綺麗な天井。
そうだ、此処は見廻組の屯所……

……ああ、思い出した。
今日はその局長である佐々木さん……彼の……



「……お部屋を掃除していました……」

「そうですね。それも熱が出る程熱心に」

「あれ……佐々木、さん…?…っ…すみません、私……!!」



ぼんやりとした視界に突然現れた佐々木に、なまえは自分が彼の腕の中で意識を手放したことを思い出し勢いよく半身を起こした。

その拍子に湿ったタオルが額からパタリと落ち、はっとする。



「これ、佐々木さんが……?」

「……熱が高かったようなので……出過ぎた真似をしてしまいましたね」

「と、とんでもないです!こちらこそご迷惑ばかり……本当にすみません……」

「謝るくらいならゆっくり休んでいて下さい。その為に貴女を部屋まで運んだのですから」



なまえの肩に手をやり再びベッドへ寝かせると、やんわり頭を撫でる。

そんな佐々木の行動になまえは頬を染め、ドキドキと煩く鳴り出した心臓に困惑した。





―――触れられると恥ずかしい


――――――――でも触れていて欲しい





ぐちゃぐちゃの感情を頭で整理しようと試みるが、上手く纏まらない。



……人はこれを何と表現するのだっけ。



一人考え込んでいたなまえだが、再び額に乗せられたタオルの冷たさに我に返る。



「あ……ありがとうございます……」

「いえ、お礼を言うのはこちらです。部屋の清掃、どうもありがとうございました。細かい所まで綺麗にしていただいたようで……驚きましたよ」

「そんな……佐々木さんには掃除だけじゃ足りないくらい良くしてもらってます……私、もっと佐々木さんのお役に立ちたいです」

「私の役に立ちたい?……そうですか………それなら、そうですねぇ……」



佐々木は悩む素振りを見せた後、窓際の橙色の花へ視線を移すとその目を細めた。



「……あの花、可愛らしいですね。どちらで摘んだんです?」

「え……あっ……えっと…………実は…摘んだのではなく、いただいたんです……」

「いただいた?……そうでしたか。でしたら、今度その花を渡された場所まで案内してもらっても?」

「は、はい!」

「ありがとうございます。では、また後日予定を決めましょうか。
……さて、あまり長居しては体に障りますね。では、私はこれで……熱が上がらないよう安静にしているんですよ」

「あ……」



立ち去ろうとする佐々木に、なまえは無意識にその手を伸ばし彼の隊服の裾を掴んだ。

こちらを振り返り不思議そうになまえを見つめる双眼に、再び頬に熱が集まる。



(ど、どうしましょう……)



離れてしまうのが寂しくて、咄嗟に服を掴んでしまったが……その後どうすればいいかなどわかるはずもなく。
なまえは更に顔を赤くして、早口で自身の想いを話し始めた。



「あ、あの……私、何故か佐々木さんといると……ドキドキしたり、困惑したり、なんだか変なんです。でも……それ以上にすごく安心するから……」

「…………」

「だから……あの……傍に……」




―――傍にいて下さい。




そう告げられた佐々木は、表情を崩すことなくなまえの枕元へ向かうと身を屈めてそっと囁く。




「……光栄の至りです………しかし……



……今の貴女は熱に浮かされているだけです。回復すれば、その不可思議な熱も冷めましょう」




さぁ早く寝なさいと、なまえの頭を軽く撫でそのまま部屋を出ていく佐々木。

残されたなまえは彼から放たれた言葉に寂しさが膨れ上がるのを感じ、頭から布団を被るとひっそり涙を零した。









―――――
―――






なまえの部屋を出た佐々木は、先程のやり取りを思い浮かべ溜め息を吐いた。



『……傍にいて下さい』



頬を赤く染め、熱により潤んだ瞳をこちらに向けてきたなまえ。

……危うく何かが崩れるところだった。



(本当に彼女はわからない……しかし…)



窓際にあった橙色の花……

どうやら、彼女はとんでもないものに目をつけられてしまったようだ。

何にせよ、今はまだ誰にも伝えてはいけない。


………特に、真選組には。





「……異三郎」

「おや、信女さん。なまえさんのお見舞いですか?」

「そう。ドーナツ買ってきたから一緒に食べようと思って」

「ほどほどにしてあげて下さいよ……彼女に今必要なのはドーナツではなく休息ですからね」



言いながら去っていく佐々木を見送った後、躊躇うことなくなまえの部屋へと入る信女。

中を見渡し、姿の見えないなまえに首を傾げたが……不自然に布団が膨れ上がっているベッドに気付くと、気配を消してそこへ近付いた。









「…っ…うぅ……どうして…「…わーー…」…ひゃあぁぁぁ!?」



ぐずぐず泣いていると急に何かが上にのしかかり、なまえは思わず悲鳴を上げた。
恐る恐る布団から顔を覗かせれば、無表情の信女と目が合う。

のしかかってきた物の正体は、どうやら彼女だったらしい。



「っ……信女…さん…?」

「ドーナツ買ってきたの。一緒に食べよう」

「あ、ありがとうございます………」

「……なまえ、泣いてた?異三郎に何かされた?」

「………っ……違うんです…これは…!」



信女の言葉にゴシゴシと目を擦ると勢いよく否定する。
それを見た信女は一瞬目を細めると、なまえの上から退きドーナツの箱を開けた。

取り出したドーナツをなまえに差し出すと、自分もポンテリングを頬張った。



「なまえは我慢が趣味なの?……何かあるなら少しくらい話せばいいのに」

「…………」

「……それで?何があったの?」



いつになく優しげな信女の瞳に、なまえは自分の身に起こっている感情の変化や、佐々木とのことをぽつりぽつりと話し始めた。














「………なまえ、阿呆みたいに鈍感」

「えぇ!?ひ、酷い……」

「だって、それって…………

……異三郎を好きってことでしょ?」


「へ?……佐々木さんを…好、き?」







ドキドキしたり、困惑したり、




触れられると恥ずかしい




……でも触れていて欲しい





―――――――――人はこれを……









「多分……なまえは異三郎に、恋してるの」











……そうだ、恋と表現するのだ。








「……こ、い………」







信女のお陰で謎は解けたが……、

新たに現れた“恋心”という大きな壁に、なまえはしばらく動くことが出来なかった。











(なまえ、ドーナツ落ちてる)
(…………)
(食べないなら食べちゃうよ?)
(…………)
(……本当に食べちゃうよ?いいの…?)
(…………)
(あ、異三郎だ)
(……ふぇぇ!?)


((……面白い………))








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