【佐々木 side】


たった一日で、これ程まで心を掻き乱されてしまうとは。佐々木はなまえに興味本位で近付いたことを少し後悔していた。


極貧村育ちのみょうじなまえ。
平和ボケした彼女の言動は、佐々木が想像していたよりもずっと無防備で……思わず保護欲を掻き立たせる程だった。



(……今後はあまり干渉しないのが得策でしょうね。これ以上関われば……)



「あ、佐々木さーん!お風呂、ありがとうございましたー!」



今し方、頭を占領していた者の声にゆっくりと振り向き、言葉を失った。
ニコニコと嬉しそうにこちらへ向かうなまえの格好は、少し大きめの真っ白なワイシャツ一枚だったのだ。



「ここのお風呂、すっごく大きいんですね!ビックリしちゃいました」

「………」

「…?佐々木さん…?」



彼女はどういうつもりなのだろうか。
いくらエリートの集まりとはいえ、信女以外は皆男。
幼い顔立ちに、小さな背、それに加えて少し大きめのワイシャツ……男が喜ぶ要素しか無い。萌え要素しか無い。襲ってくれと言っているようなものではないか。



「なまえさん……貴女、そんなワイシャツ一枚でどういう……」

「あ、これ信女さんが貸してくださったんです!ホットパンツも穿いてますよ、ほら」

「……!」



ひらりとワイシャツを捲り上げるなまえに、佐々木は目眩を覚える。
これ以上今の彼女を野放しにするのは耐えられないと、自身が着ていた上着を脱いでなまえを包むと、そのまま肩に担いで歩き出す。



「ひゃっ!?佐々木さっ……えぇ!?」

「黙りなさい。貴女にはご自分が女性だという自覚が足りなさ過ぎです……私が躾し直して差し上げます」

「し、躾!?やっ……嫌です!私何もしてないのに、どうして……」

「そういう所に問題があるのだと言っているんです。無自覚も大概にしてください」



ピシャリと言い切り、なまえを私室へ連れて来ると乱暴にベッドへ放る。
突然のことに驚くなまえを余所に、佐々木はその上に覆いかぶさり、両手首を強く押さえ付けると低く囁いた。



「どうですか?貴女のそのズレた思考でも、この状況がどういうことかわかるでしょう……」

「っ…あ……ぅ……」

「貴女がそんな無防備な格好でいるからですよ。……出会ったのが私でなければ、間違いなくこのまま先に進んでいましたね」

「!?……すみません、でした…っ」



真っ赤な顔で泣きそうになっているなまえを見て、小さく溜め息を吐くと体を離す。



「……わかればいいんです。………まったく、髪も乾かさずに……風邪をひきますよ」

「すみません……」



起き上がって小さく項垂れるなまえの濡れた髪を、佐々木はタオルで拭いていく。
その丁寧な手つきに、なまえは自分が子供ではなく女性として扱われていることに気付き赤面した。



「ドライヤーがあったでしょう。何故使わなかったのですか」

「……ドライヤーって使ったことなくて……」

「……はい?」

「ですからっ……ドライヤーを使ったことないんです!」


(……極貧村育ちを侮っていました)



耳まで赤くしたなまえに思わず佐々木の口元が緩む。
気にすることはないと頭を撫でれば、ビクリと小さな肩が揺れる。

その反応に些か疑問を持ちながら、佐々木は引き出しからドライヤーとブラシを取り出し、なまえの横に腰掛けた。



「ドライヤーの使い方がわからないのなら、私が教えて差し上げます」

「え、あの……」

「貴女は黙ってそちらを向いていなさい」

「はいぃ!」



心地好い温風と共に佐々木の指が髪を掬い、なまえは更に赤面した。
その小さな背丈故、沢山の人間に頭を撫でられてきたなまえだったが……それはあくまで子供扱い。女性として扱ってきたのは、佐々木が初めてだった。



「佐々木さん、あの……ありがとう、ございます……」



こちらを振り返り、ふにゃりと笑うなまえに佐々木の心がざわつく。



……これ以上の干渉は……関わっては……







警告音が鳴り響く思考とは裏腹に、なまえの髪を優しく梳く手は、その柔らかい髪が乾くまで離れることは無かった。







(わ、サラサラです!ありがとうございます!)
(……よかったですね。さ、次はそこに正座してください)
(……?)
(お仕置きはまだ終わっていません……むしろ始まってもいません。貴女には女性のいろはを嫌という程叩き込んで差し上げます)
(ひぃぃ……!!)


――そしてお説教へと続くのでした。









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