「姫君、こちらの魚が美味しいですよ!」
「姫君、お茶のお代わりは……」
「姫君、デザートは何に……」
「っ……姫君って呼ばないでくださーい!!」
見廻組局長の命令により、隊士達はなまえを“姫君”と呼び、大層もてなした。 そんな彼等の行動をなまえも最初は笑って流していたのだが……いつまでたっても止まないその呼び方に、恥ずかしさの限界を突破し思わず叫んだ。
「……おやおや」
佐々木は顔を真っ赤にしたなまえの横に座ると、当たり前のように彼女の皿にデザートを盛り付け目の前に置いた。
「姫君では不服でしたか」
「恥ずかし過ぎて耐えられないです……」
「それは残念ですね。ホームシックにならない為の、いい案だと思ったのですが……」
「お気持ちだけいただいておきます……デザートも、ありがとうございました」
ムスッと口を尖らせながら、盛り付けられたデザートを頬張る。生クリームたっぷりのシフォンケーキだ……すごく美味しい。 あまりの美味しさに顔を綻ばせていると、こちらを凝視する佐々木と視線がかち合う。
「何ですか……?」
「いえ、随分と美味しそうに食べるんですね」
「美味しいですもん!あ……食べますか?」
小首を傾げた状態でシフォンケーキの刺さったフォークを差し出され、佐々木は思わず固まった。 ……彼女に男女の距離感という物は無いのか。
「……真選組でもそれを?」
「それ、とは……?」
「だいの大人……それも男性に、そうやって食べ物を勧めたりするんですか?」
「?しますけど……おかしいですか?」
「…………」
「………?」
飄々とした様子のなまえに、得体の知れない……苛立ちにも似た感情が佐々木の胸に渦巻く。
(……なるほど。土方さんの過保護さの訳は、彼女の男性に対する無防備さ故。……確かに、誰にでもこうとなると厳しく躾ける必要がありますね……)
佐々木は差し出されたフォークをなまえの手ごと握って引き寄せると、パクリとそれを口にする。
「……あんまり無防備だと、いつか貴女ごと食べられちゃいますよ」
「え?……え!?えと……っ…」
「さぁ、それを食べたら次は湯浴みです。浴室までは信女さんに案内してもらってください」
「は、はい…!」
厳しい表情の佐々木になまえは首を傾げたが、その後案内された浴室の大きさに圧倒され、そんなやり取りはいつの間にか忘れていった。
――――――――――
大きな湯船にゆっくりと浸かれば、自然と体の緊張も解れ溜め息が零れる。
(ふぅ、今日は忙しい一日でした……)
思い返せば、本当に忙しい一日だった。 佐々木に出会ったことで、平凡だった生活が一変してしまったのだ。
土方の言い付けを破ってしまったことは本当に申し訳なかったと思っているが……お陰で世界も広がり友人も増えた。
それが何よりも嬉しかった。
ひとしきり湯船を堪能し、そろそろ出ようかと体を流していると、扉の向こうから信女の声が聞こえた。 どうやら着替えを持ってきてくれたらしい。
「なまえ。寝る時は私の服使って。……それと、着ていた着物は女中に渡しておくから」
「はい!わざわざすみません、ありがとうございます」
信女が脱衣所から出たのを確認すると、なまえも浴室を出る。 先程自分が服を脱いだ場所に行けば、綺麗にたたんである洋服を見付けた。
広げてみると、隊服だろうか…シワ一つ無い真っ白なワイシャツが姿を現す。 流石エリート……と感心していると、はらりと何かが落ちた。
(これは……テレビで見たことあります……えっと……ほ、…ほ、…ホットパンツ!)
「……えぇ!?ホットパンツ?!」
落ちた物を拾い上げ、まじまじと見る。 ……うん、ホットパンツだ。どこからどう見てもホットパンツだ。
(これは、かなり足が………あ、でも、田植えする時の格好と似てるかも……)
一度そう思ってしまえば平気なもので、さっさと着替え終えると、自身の格好など気にもせず脱衣所を後にした。
……その後、偶然出くわした佐々木に、格好についてこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
((何故でしょう……なんだか、佐々木さんが土方さんとだぶって見えます……)) (なまえさん、貴女はもっと女性という立場を理解してください) (す、すみません……) (ただでさえも無防備だというのに、貴女は……)
((佐々木さんは怒ると説教タイプなんですね……!))
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