「この部屋を使ってください」



そう言って案内されたのは、広々とした洋室。白を基準とした家具が並び、如何にも見廻組の屯所といえる。



「……こんな素敵な部屋、生まれて初めて……本当にいいんですか?」

「もちろんです。好きに使ってください」

「っ……ありがとうございます!」



嬉しそうに笑うなまえを見て、佐々木はふと思い出す。
今日から暫くの間彼女はここで過ごすが、信女に攫われて来た為私物はおろか着替えもない。



「……なまえさん、明日は私と買い物に行きましょうか。こちらで過ごすのに、その着物一つでは心許ないでしょう」

「へ?大丈夫ですよ?寧ろ着物より作業着とかで全然……あ!他の方が着ていた服で要らなくなった物があればそれでも……」

「……待ちなさい。貴女、普段からそのようなことを言って過ごして来たのですか?……まさか真選組でも?」

「?ええ、よくいろんな隊士の方からワイシャツ等もいただいていましたよ?」

「……………」



佐々木はなまえの言葉に愕然とする。
貧しい家庭で育ったことは知っていたが、まさかここまでとは思いもよらなかったのだ。

耐え切れずガシリとなまえの肩を掴むと、危機迫る表情で口を開いた。



「なまえさん、ここにいる間は私が何でも買って差し上げます。どうか年相応の我が儘というものをこちらで学んでください……いいですね」

「は、はい……!」



佐々木の気迫に負け、なまえは何度も頷く。
その様子に満足したのか、佐々木も表情を和らげ彼女の肩から手を離した。



「貴女が聞き分けのいい方でよかったです。それでは、夕餉の時間にまた迎えに来ますので……それまでゆっくり休んでいてください」



パタリと閉まった扉を見て、なまえは思わず長い溜め息を吐く。
佐々木の傍にいると、どういう訳か物凄く緊張してしまうのだ。



(さすがに少し疲れました……お言葉に甘えて、少し休ませてもらいましょう……)



なまえは一つ欠伸をすると、初めてのベッドに緊張しながらゆっくりと体を横たえる。
思っていた以上に疲れていたようで、ベッドの感触を楽しむ間もなく、数秒後には意識を手放した。







一方、なまえの部屋を出た佐々木は、先程のやり取りで己に沸き起こった不本意な感情に悩まされていた。



(みょうじなまえ……エリートの私にさえも保護欲を掻き立てさせるとは。土方さんを過保護だ何だと言えなくなってしまいますね……)



それにしても、なまえの言っていることが本当ならば真選組の隊士達はさぞ苦労しただろう。

彼らのあの過保護さでは、彼女を想い上質な服や小物を贈ろうとしたはずだ……しかし、彼女はそれよりも使い古したワイシャツを所望したのだ。



「まったく……謙虚の塊というか、ただの世間知らずというか……」



何にせよ、こちらにいる間は見廻組のやり方に従ってもらうつもりだ。

彼女との別れの日には嫌味の意も込め、自身がコーディネートした服に身を包ませて帰らせよう。
佐々木はそう密かに企むのであった。








――――――――――――――






「……て…なまえ…起きて……」


小さく体を揺すられ、なまえは意識を浮上させる。ゆっくりと目を開ければ、信女の綺麗な顔が目の前に。
どうやら夕餉の時間を知らせに来てくれたようだ。



「……信女さん……おはようございます……」

「ご飯出来てる。それと、異三郎が隊士達にもなまえのこと紹介するって」

「そ、そうなんですか!?……急ぎますね!」



信女の言葉になまえは慌てて起き上がり、髪の毛を軽く整えると、案内されるまま長い廊下を歩いた。






暫くして、信女の足が止まる。
待ち構えていたのは、まるで映画館にあるような大きな扉。

徐々に大きくなっていく心臓の音を、何度か深呼吸して落ち着かせると、信女に続いて中に入る。

扉はこの部屋の前方部に繋がっていたようで、佐々木が隊士達と対面するように立っていた。



「信女さん、案内ご苦労様でした。……見廻組の皆さん、こちらの方が先程話した“真選組に囲われた姫君”みょうじなまえさんです。真選組に劣る待遇は許しません。エリートの名に恥じぬよう、心して接しなさい」



「「「「「「はいっ!」」」」」」



「え!?ちょっ……佐々木さん!?私、姫君なんかじゃ………!」



しっかり揃った隊士達の返事になまえはオロオロと狼狽え、その様子を横目に佐々木は平然と携帯を弄るのであった。








(佐々木さん!どうしてあんな嘘を……!)
(真選組が恋しくならないようにと考えついたのですが……何か問題でもありましたか?姫君)
(っ……佐々木さん!!)
(そんなことより早く食べよう……姫君)
(信女さんまでぇ……っ)









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