キラリと輝く太陽、

緩やかな風に流れる白い雲、




「……尋常じゃないくらい真っ青な顔」

「もっ…誰のせいですかぁ……!」



そう、なまえの顔は屯所を出てからずっと真っ青だ。
しかしそれは、恐ろしさからくるものではなく……肩の上で起こる激しい振動に耐え切れず、酔ってしまったことが原因だ。



「うぅ……少し、休憩をお願いします……っ」

「わかった」



これ以上は無理だろうと判断した信女は通り掛かった茶屋の前でなまえを降ろすと、店頭に出ていた腰掛けへ座らせ自分も隣に腰を下ろした。



「大丈夫?」

「な、なんとか……」

「あれまぁ!お客さんかい!?いらっしゃい!………あら?そちらは見廻組の副長さんじゃないか!いつもどーも」



店の奥から現れた威勢のいいおばさんに、ニコリと笑いかけられる。
なまえもつられてヘラリと笑うと、弱々しい声でお茶を二つ注文した。




「しっかし珍しいねぇ〜……最近はあんたぐらいの娘っこは、みーんな家から出なくなっちまったってのにさ」

「え?そんな、どうして……」

「……大きい声では言えないんだけどね?なんでも、十代の娘ばかりを狙った誘拐事件が絶えなくてね。真選組も見廻組もひっきりなしに調査してるらしいんだけど、犯人が未だに捕まらないんだよ」

「……誘拐、ですか……」

「あんたは大丈夫よ!副長さんが護ってくれるだろうさぁ!ねぇ?」

「なまえは私が護る」

「ほれみな!だからそんな辛気臭い顔するんじゃないよ!!」

「ぃっ…!」


不安げな表情を浮かべるなまえの背中を、おばさんはバシンッと強めに叩くと豪快に笑った。



(まず、私、十代じゃないです……)



言い返す気力もなく頼んだお茶をちびちび飲んでいると、目の前に見覚えのある車が停車した。



「あ……佐々木さん!」

「信女さん、なまえさん、随分と捜しましたよ」

「あら!今度は局長さんまで!いらっしゃい、ゆっくりしていってちょうだい」



車から降りてきた佐々木に、なまえは思わず立ち上がる。


「あの、私……」

「真選組の方々はエリートである私が説得しました。……安心してこのまま見廻組に遊びにいらしてください」

「!!……いいんですか?」

「ええ、どうぞ。それと、山崎さんから言伝を預かってきました……”着いたら電話してね”……だそうです。ああ、電話は屯所内のものを使ってもらって結構ですよ」

「わかりました。ありがとうございます」



深々とお辞儀をするなまえの頭を優しく撫でると、佐々木は車へと踵を返す。



「さ、行きますよ。お二人とも早く車に乗ってください」

「は、はい!……おばさん、どうもご馳走様でした」

「はいはい、またいつでも遊びにおいで!」



最初と変わらない笑顔で見送るおばさんに手を振ると、なまえは慌てて車に乗り込んだ。








―――――――――――――

――――――――――

――――――――




空が傾き始めた頃、
なまえはようやく見廻組の屯所に到着した。





「ここが見廻組の屯所……綺麗な所ですねぇ……」

「エリートの集う場所ですから当然です。さ、どうぞ中へ」


真選組とは異なる、綺麗で洒落たデザインの建物になまえはキョロキョロと視線を漂わす。



「信女さん、なまえさんを電話の場所まで案内して差し上げなさい」

「……こっち」



なまえの手を引き歩き出す信女。
途中何人かの隊士とすれ違ったが、迷子か何かと勘違いしたのか皆微笑ましい表情でこちらを見るので、なまえは恥ずかしさから思わず俯いた。



「ここ」

「あ、ありがとうございます……次からは手を引かれずとも来れそうです」

「……?」



なまえは真っ赤な顔のまま受話器を持つと、真選組の屯所の番号を打つ。
機械音が何度か鳴った後、聞こえてきたのは山崎の優しい声だった。



「も、もしもし!」

『あ、もしもし?なまえちゃん?無事に着いたみたいでよかった!』

「山崎さん、あの、何も言わずに外出してすみません……!」

『大丈夫だよ。ただ、暫くはそっちにいた方が……『や〜ま〜ざ〜き〜…誰と電話してやがる……』ひぃ!副ちょっ…………ぎゃあァァァァァァ…!!』

「や、山崎さん!?どうしたんですか!?」



山崎の急な叫び声になまえは顔を真っ青にし、何度も呼び掛けたが彼からの返事はなかった。

程なくして、何かが爆発するような大きな音が聞こえ……その後、何事もなかったかのような沖田の間延びした声が聞こえてきた。



『よぉ、なまえ』

「お、お、沖田さん!山崎さんが……っ」

『大丈夫でさァ、いつものことだろィ』

「えぇ…!?」

『……そんなことより、なまえ。山崎との電話でもわかるだろうが、お前が見廻組に行っちまったせいで土方さんが大暴れしてんだ。暫くはそっちで過ごした方がいいぜィ』

「!!……私のせいで、すみません……」

『……馬鹿。なまえは悪くねぇだろィ。土方コノヤローが過保護過ぎるんでさァ。社会勉強だと思って、落ち着くまでそっちで楽しくやりなせェ』

「沖田さん……ありがとうございます…!」

『あぁ、そうだ……そこに“なまくら女剣士”いんのかィ?いるなら替わってくだせェ』

「女剣士……もしかして信女さんですか?………信女さん、沖田さんです」



受話器を受け取り、信女は無表情のままそれを耳に宛てる。



「……何」

『……てめぇは次会ったら殺す』



地獄の底から響くかのような低い声がしたかと思うと、すぐにガチャンッと切れる。
ツー、ツー、ツーと無機質な音が繰り返される受話器をチラリと見ると、そのまま元あった場所に戻した。



「沖田さんは何て…?」

「…………なまえをよろしく頼むって」

「え!そうなんですか!?沖田さん、優しさが染み入ります……」



先程の沖田の物騒な発言などつゆ知らず……彼を優しいと賞賛する素直ななまえを見て、信女は無意識に表情を緩めた。







(あの!今日からこちらで暫くお世話になりたいのですが……どなたに許可をいただいたらいいですか?)
(私が許可するからいい)
(その前に、局長である私が既に許可しているので大丈夫です)
(佐々木さん!)
(さぁ、夕餉の時間になる前に部屋へご案内しますよ)
(ありがとうございます!)









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