「なまえ」

「信女さん、私……」

「……お手」

「へ?あ、あの……「お手」……はいぃ!」



縁側で座り込んでいたなまえの元へ来た信女は、有無も言わさぬ雰囲気で手を差し出し、犬の定番の芸を要求する。
なまえも言われるがまま手を置いた。



「……なまえは従順過ぎ。本当に犬みたい」

「えぇ!?」

「もっと悪い子になってもいいと思う」

「悪い子、ですか……考えたこと無かったです。何をすれば悪い子になるんでしょう?」



考え込むなまえの手を引き立ち上がらせると、信女は不安げに揺れるなまえの瞳を見つめそっと呟く。
















「………こっそりここを抜け出すのは、悪い子……」



スッと目を細めた信女に息を呑む。
吹き出した大きな風に、ざわめいたのは木々だけでは無かった。









―――――――――――――





「書類は全て揃っていますね?」

「あぁ!……いやぁ〜待たせてしまってすまなかったなぁ!」

「……そう思うのなら善処していただきたいものです。さて、随分と長い時間お邪魔してしまいましたね。信女さんも何処へ行ったのやら」

「あの女なら、縁側でなまえと戯れていやしたぜ」

「そうですか。教えていただき助かりました。それでは……」






「おい」

「……何ですか、土方さん」



横から自分の肩を掴む土方に、冷たく視線を向ける。



「何を企んでやがる」

「企む?……心外ですね、私は何も企んでなどいませんよ」

「っ……ならなまえに近付いた理由は何だ!」

「本当に過保護な方ですね……なまえさんとお友達になるのに理由が必要なのですか?」

「……っいい加減に…っ」



土方が佐々木の胸倉を掴んだと同時に、慌ただしく襖がガラリと開いた。



「っ……ふ、副長っ!!」

「あぁ!?」

「っ………なまえさんが、見廻組の女に…連れ去られました…!!」





「なっ……!?」




「「「「なにぃーーーーーーーー?!」」」」
















―――――――――――――




「の、信女さん……!」

「何?」

「出来れば……その、降ろしていただきたいなぁ〜なんて……」

「嫌」

「うぅ……」


なまえは今、まるで米俵のように信女の肩に担がれていた。
そんな状態で軽々と走る信女に、なまえは振り落とされないようしがみつくしかなかった。



(外出禁止令……1日目で破ってしまいました……)



鬼の如く怒り狂う土方を思い浮かべ、思わず身震いする。
信女に攫われたとはいえ、なまえが屯所を出てしまったことに変わりはない。
もう言い逃れは出来ないだろう。



「……どこに向かっているんですか?」



諦めたように小さく息を吐き、変わらず走り続ける信女に問い掛ける。

















「……見廻組の屯所」











返ってきた言葉は、なまえにとってこれ以上ない程に絶望的なものだった。
前を見据えたまま走り続ける彼女に、なまえは更なる恐怖を想像しひとり体を震わせた。








(っ……信女さん……!)
(今度は何……)
(私、本当に帰れないかもしれないです……っ)
(それならずっと見廻組で暮らせばいい)
(そんな簡単に……はぁぁ……)









top


- ナノ -