▼ 会いに行く理由
浦原隊長が密かに女性隊士からの人気を集めていることは、わたしも知っていた。どこがええのかわからん!と毒づくひよ里に苦笑しつつも、隊長で、頭がよくて、優しくて、身長だって高くて、顔立ちだって甘くて、きらきらと輝く蜂蜜色の髪の毛もとても綺麗な浦原隊長を世の女性が放っておく訳がないだろう、と頭の隅で考える。なまえサン、とわたしの名前を呼んで眉尻を下げて笑った顔が、わたしは大好きで、あの大きな手で頭を撫でてもらうと、どうしようもなく嬉しくて。そこまで考えたところで、戻ってきぃ!と頭をスパン、と叩かれる。
「アンタそないぼーっとしとったらそこらの女ギツネに寝取られんで!」
「い、痛いよひよ里……」
べつにぼーっとしていたわけではなく、そりゃ浦原隊長は魅力的だもんなぁ、しょうがないよなぁ、と考えていただけだ。大体、寝取られるもなにも、浦原隊長は不誠実な人ではないので、わたしと交際しているうちに他の人とどうこうなることはないだろう。それに、わたしより美人な隊士はたくさんいるけれど、身近に四楓院隊長ほどの女性がいるのにわたしを選んでくれたのだ。浦原隊長が今さら顔がいい女性を選ぶとは思っていなかった。
「絶賛色ボケ中やな」
「喜助のハゲのどこをどう見たら誠実に見えるんや!!!」
「なまえちん珍しくぽやぽやだねぇ〜」
一緒にお蕎麦屋さんでお昼ご飯を食べていたひよ里、リサ、白からの集中砲火を浴びて、まさか白にまで言われるなんて、と内心ショックを受けながら、色ボケなんてしてない、と口を尖らせる。浦原隊長とお付き合いをはじめてから1ヶ月が経過した。わたしたち死神にとっての1ヶ月なんてあっという間だし、そもそも忙しい浦原隊長とふたりの時間なんてそうやすやすと取れるものでもない。仕事の合間の休憩時間とか、わたしの仕事が終わったあとの少しの時間とか、ほんの僅かな時間しかゆっくりお話する時間はないのだ。わたしだって書類仕事に追われる毎日で色ボケする暇なんてありはしない。それに、最近ところどころで女性に話しかけられている浦原隊長を見かけた時だって、恋人はわたしです、と言って割り込む勇気なんて持ち合わせていなかった。
「で?実際、喜助はちやほやされて鼻の下伸ばしとんの?」
「喜助の鼻の下ならいつも伸びとるやろ!」
「ひよ里に聞いたんが間違いやったわ」
リサは早々にひよ里との対話を諦めると、ずずっとお蕎麦を啜った。わたしもそれにならってお蕎麦を口に運び、啜る。そういえば、最近は浦原隊長と一緒にお昼を食べていない。お昼休みが終わったら、お茶を淹れて持っていこう。そうしたらきっと、少しくらいは話すことができるだろうし。帰りに何かお茶菓子を買っていきたいなぁ。
「なまえちんまたぼけーってしてる!」
「こんなんが八席で十二番隊大丈夫なんか」
「仕事はちゃんもやっとるからマユリにしか文句言われてへんけどそろそろうちがどついたる」
「言っとくけどちゃんと話聞いてるからね」
好き勝手言い出す副隊長たちに念のため釘を刺すと、わたしのざるのお蕎麦に伸びていた3膳のお箸は何もなかったかのようにそれぞれ自分のざるのお蕎麦に戻っていくのだった。
* * *
お昼を食べ終わった後に白イチオシの和菓子屋さんによってぼたもちを購入した。そしてたまたま見かけた金平糖の瓶が色とりどりにキラキラと輝いて見えて、なんとなく手にとって、買ってきてしまった。浦原隊長は金平糖はお好きだろうか。いつもわたしの分も用意するように言われているから、給湯室でふたり分のお茶を淹れ、ぼたもちと金平糖の瓶と一緒にお盆に乗せて隊首室に向かって歩きだす。今日は書類仕事をやっているはずだ。少しでも、会えたら嬉しいし、話したい。仕事中だというのに雑念しかない今のわたしを見られたら、涅三席にまた嫌味を言われてしまいそうだ。しかし、涅三席に嫌味を言われるまでもなく、きっと罰が当たってしまったのだろう。隊首室の前で、他隊の女性隊士とにこやかに会話する浦原隊長を見つけて、思わず隠れてしまう。あの子、十三番隊で美人で気立てがいいと噂の子だ。つい先程ひよ里たちと話してる時に浦原隊長は大丈夫、とか思っておいて、今のわたしの心臓はバクバクと激しく鼓動していた。せ、世間話くらい普通にするし、きっと書類を持ってきた帰りに雑談しているだけだろう。これからわたしが普通にお茶を持って出ていっても、なんの問題もないはずだ。深呼吸して、そろりそろりと見つからないようにふたりを見ると、彼女の手が浦原隊長の腕に添えられていて、勢いよくしゃがみこんだ。その勢いでお茶か少しこぼれてしまったけれど、お盆を手に持っていなかったら頭を抱えているところだった。あれは、完全に狙ってる……!わたしだってそんな近くで、浦原隊長に触れながらお話ししたりしてないのに!そりゃ、浦原隊長から手を繋いでくれたり、頭を撫でてくれたりはあるけども!どうしよう、と答えのでない問いがぐるぐるとわたしの阿玉のなかを回り続けている。やましいことなんかないのだから割って入ってしまえばいい。でも、もしそれで浦原隊長がちょっと残念そうにしたら……?耐えられる自信がない。こんなの、浦原隊長を信じていないみたいじゃないか。
「こんなところに無能が丸まっているなんて粗大ゴミかと思ったヨ」
「………………放っておいてください」
嫌なことは嫌なことを呼ぶらしい。よりにもよって今このタイミングで現れた涅三席に、なんで研究室に引きこもってないんだよ、と小声でぼやいてしまった。
「失礼な小娘だネ」
「失礼さで言えばわたしなんかじゃ涅三席には遠く及びませんけどね」
どんどん怪しくなっていく会話の雲行きに、涅三席の霊圧がぴりぴりと肌を刺してくるようになった頃、なにやってるんスか、とのんびりした浦原隊長の声が、近くから聞こえてきた。
「涅サンまたなまえサンのこといじめてるんスか?やめてあげてくださいよ」
「フン、下働きの凡人くせにサボってるからだヨ」
「下働きって……」
恐る恐る浦原隊長を見上げると、涅三席に対して苦笑する浦原隊長の後ろには先程の女性隊士が立っていて、胸がきゅーっと苦しくなって慌てて目を逸らす。それに気づいた浦原隊長はしゃがみこんだままのわたしに目線を合わせるようにしゃがむと、お腹でも痛くなっちゃいました?と問いかけた。身体の不調というわけじゃないし、わたしの心の問題で浦原隊長に心配をかけてしまうのは本意ではないため、ふるふると首を横に振る。
「お茶、持ってきてくれたんスね」
「…………はい」
「ありがとうございます。一緒に休憩しましょっか」
優しくわたしの頭を撫でる浦原隊長に促され、お盆を持ったまま立ち上がった。浦原隊長に用事があったらしい涅三席は、いつの間にか用事が終わっていたらしく、わたしをフン、と鼻で笑ってから去っていった。一瞬かちんとくるが、あの人は何があってもわたしを馬鹿にしたいだけなんだと思う。それに、せっかく浦原隊長と一緒にいられるのに、涅三席に腹をたてているというのも馬鹿らしい。しかし、それまで黙っていた女性が涅三席がいなくなった途端、再び浦原隊長の腕に触れて話し始めた。
「浦原隊長はこれからご休憩なんですか?」
「ちゃんと休憩とらないとなまえサンに怒られちゃいますからね」
「私もご一緒してもいいですか?」
わたしの持っているお盆にはふたり分しか乗っていないのをちゃんと見てから出た言葉に、牽制されているような、確かな棘を感じる。だけど決して悟られないよう、にこやかな笑顔と丁寧な言葉を崩さない彼女に、尻込みしてしまったのはわたしの方だった。
「じゃ、じゃあわたしの分を……」
「なまえサンも休憩必要でしょ」
どうぞ、と続くはずだった言葉を浦原隊長が遮る。そしてへらへらと笑いながら、彼女に向かって仕事の件は後程ひよ里サンに連絡するようお願いしときます、と言って、わたしに着いてくるように促しながら隊首室へと入り、わたしが入ったことを確認してからまた笑顔を作ってから扉を閉めた。見事なまでの閉め出しである。
「お茶、いただけますか?」
「あっ、はい……」
椅子に座った浦原隊長の前にお茶とお茶菓子を置くと、なまえサンもどーぞ、と言われて浦原隊長の対面に腰かけた。いつも通りの浦原隊長に、どうしていいかわからずお茶を口に含むと、すっかりぬるくてなってしまっていた。立ち聞きしている時間があったからだろう。淹れ直してこようとするが、浦原隊長に止められて上げかけた腰を再び下ろした。
「すみません………」
「なまえサンのお茶はぬるくなっても美味しいっスから。それよりも、さっきどうして入ってこなかったんです?」
びく、と肩が跳ねる。咄嗟に霊圧をおさえて隠れたけど、浦原隊長には既に見つかっていたのだろう。だけど、問われたところでわたし自身も答えを持ってはいないのだ。簡単に他の女性に心変わりするなんて思ってないことは、浦原隊長もわかっているのだと思う。今だって大事にしてもらってることは感じる。それでも、あと一歩踏み込めない自分がふがいない。
「怒ってる訳じゃないっスからそんなに固くなんないでください」
「いえ、もう少しわたしも頑張ります」
「そもそも、そういうことが出来るような人なら、好きになってなかったかもしれませんし」
「す、好きって……!」
「あれ、そこからっスか?」
この前ちゃんと伝えたと思ったけどなァ、と言われて、お聞きしました……と恥ずかしさから縮こまる。あまり恋人の時間というのを過ごしていないからかもしれないけれど、好きな人に好きだと言ってもらえることにはいつまで経っても慣れる気がしなかった。
「やっぱり一緒に過ごす時間を増やすのが一番とは思うんスけどねェ…」
「そうは言っても、浦原隊長はお忙しいですし」
うーん、と顎に手を当てて悩むしぐさを見せた浦原隊長は、何かを思い付いたようにわたしが持ってきた金平糖の瓶を手に取った。
「これ、ボクがもらってもいいっスか?」
浦原隊長がじゃらじゃらと音をたてて金平糖の入った瓶を振る。いつもわたしにくれるばかりで浦原隊長自身が甘いものを欲しがるのは珍しいから、どうぞ、と了承した。いつも頭を使う研究をしているから、たまに糖分が欲しくなることでもあるのだろう。しかし、浦原隊長は笑ってわたしの前に金平糖の瓶を突きだした。
「なまえサンが甘いもの食べたくなったら、ここにこの金平糖を食べに来てください」
「わたしが食べるんですか?」
「そういう理由があれは、今までよりも会いに来てくれるでしょ?」
隊長で、頭がよくて、優しくて、身長だって高くて、顔立ちだって甘くて、きらきらと輝く蜂蜜色の髪の毛もとても綺麗な浦原隊長が、金平糖のように甘い人だって知っているのは、きっとわたしだけなのだろう。すきです、と小さく呟くと、浦原隊長は眉尻を下げて笑った。