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▼ お見合いがバレる

「なまえさん、昨日恵比寿で何してたの?」

疲れた身体を引きずって出勤した月曜日。朝イチに事務室に飛び込んできた野薔薇ちゃんに目を瞬かせると、野薔薇ちゃんはヒートアップして、わたしを指差して大声を上げる。

「だから昨日綺麗な格好して恵比寿の高級ホテルで誰と会ってたのかって聞いてんの!」

ぴしり、と事務室の空気が凍りつく。新田ちゃんがそわそわとわたしたちの方をチラ見し始め、伊地知くんは頑なにこっちを見ない。なんで知ってるの、と小さく呟くと、任務帰りにたまたま伊地知くんの運転する車からホテルに入っていくわたしを見かけたとの返答があった。くそ、抜かった。だから伊地知くんがこちらを見ないのだ。昨日、つまり日曜日、五条に任務が入っているのを確認した上でわたしは恵比寿の高級ホテルのラウンジで人と会う約束をしていた。赤裸々に言えばお見合いというやつである。五条悟という男のせいで呪術師の界隈にわたしにお見合いなんて持ちかける輩は存在しない。だけど、二十代も後半になり、いよいよ三十代が見えてきた今、わたしの実家の方からの圧力が強くなってきたのだ。呪術師の家系ではないので、わたしが呪術師をしていることを知っているのは両親だけで、祖父母を含め他の親戚はわたしの職業を知らない。学校で事務をやっているとだけ伝えてあるのだが、やれいい人はいないのか、子供は、と実家に帰る度に言われるようになってしまった。高専に入学して以降、呪術のことを知られないために疎遠とはいかないまでも実家との繋がりが薄くなっているとはいえ、祖父母にひ孫の顔が見たいと言われてお見合い写真が郵送されてきたらにべもなく断るわけにもいかない。まさか五条とのことを言うわけにはいかないし、呪術のことも話せない中で、一番角が立たないのはお見合いに行くだけ行ってお断りすることだと結論付けた。五条の任務のスケジュールを大体把握しているので、五条がいない日をお見合いの日に指定させてもらい、失礼のないように綺麗めなワンピースを身にまとって恵比寿の高級ホテルのラウンジに向かったのだが、まさかホテルに入るところを目撃されていたなんて。しかも、よりによって野薔薇ちゃんと伊地知くんに。

「ちょっと用事があったから人と会ってただけだよ」

「ふーん?私の予想はお見合いだったんだけど」

「…………まっさかあ」

「なまえさんもそういう年齢よね」

「野薔薇ちゃん?ちがうってば。聞いてる?」

わたしを欠片も信じていない目だった。この子もう完全にお見合いだと確信している。まあ断るのもうまくいったし、野薔薇ちゃんに知られたところで大した問題ではないのだが、わたしがお見合いなんて行ったと知られたら周りはいろいろと勘繰ってくるのだ。ついに五条に愛想が尽きたのか、とか逃亡を計画しているのか、とか。心の底から放っておいて欲しい。普段はわたしになんて興味ないくせに。

「………ちなみに、伊地知くん」

「ハイッ!申し訳ありません!」

質問をする前に質問の答えがわかってしまうのがこんなに悲しいことだとは思わなかった。伊地知くんのおしゃべり、と恨み言を零す。伊地知くんは、わたしのお見合いについてを、よりにもよって五条に漏らしたのだ。


 * * *


「お見合いだったんだって?僕がいない日に、わざわざ」

「………邪魔だからどいて」

「逃げんなよ。どうだった?やっぱり"ご趣味は?"から始まんの?」

お昼を食べて事務室に戻ろうとすると、やたらと長い脚がわたしの行く手を阻む。口をへの字に曲げて、不機嫌です、とアピールされるのを無視しようとしても、一転してにやり、と弧を描いた口がお見合いの様子について面白おかしく聞こうとしてくるくると回っている。五条はやきもちを妬かない。きっとわたしが自分から離れるはずがないという絶対的な自信があるからだろう。だけどやきもちを妬かないことと、わたしに嫌がらせをすることは別のベクトルなのだ。わたしが聞かれたくないと思っていることをわかっているからこそ、五条は根ほり葉ほり聞こうと相手の男性のスペックとか、お見合いで出た料理とかについて聞いてくる。

「五条には関係ないでしょ」

「教えてくれれば僕が同席してあげたのに」

「絶っっっ対やめて」

「そもそもなまえがそんなに結婚したかったとは知らなかったな」

わたしが結婚したいわけではないのだから当たり前である。せっかく隠し通せると思ったのに、伊地知くんのせいでこんな目に遭っているのだ。今度こっそり伊地知くんのデスクにわたしの仕事置いてやる。そんなことをしたら伊地知くんが過労死してしまう気がしなくもないので少しだけ。憂さ晴らし程度に。ひとしきり遊び終えるまでわたしを通すつもりがない五条から早く解放される方法を検討するが、すべて話してしまうのが一番楽そうだ。それこそこのお見合いをセットしたのが上層部の人間だったら五条が文句を言いにいくかもしれないけれど、わたしの身内にはさすがにそこまでしないはずだし。

「ひ孫の顔が見たいからって祖父母が勝手にセッティングしたの」

「まあそんなところだろうね」

「わかってたならなんでわざわざ言わせるかな」

「僕に突っ込まれて嫌がるなまえが見たかったから」

本当に性格がねじ曲がっている男である。にやにやとしている顔を引っぱたきたい衝動に駆られるが、どうせ当たらないこともわかっているので無駄な体力を使う必要はないと自分を必死に落ち着けた。肺の空気が全部無くなりそうなほど深い深い溜め息を吐く。

「野薔薇から綺麗なワンピース着てたって聞いたけど、どれ?僕が見たことあるやつ?」

「なんで五条に会うのに綺麗なワンピース着る必要があるの」

高級ホテルという場所だけにドレスコードがあったので着て行ったワンピースを着なければならない場所に五条と行ったことはない。そもそも五条のスーツ姿だってほとんど見ることはないのだ。それに、所持している服でも女子会用等、五条に見せたことないものはいくらでもある。五条の無駄に長い脚をどかそうと足を掴むがびくともしない。これで五条の足の形に汚れた壁を誰が掃除するのか。わたしですよね。ぐぐ、と少し下を向いて力を入れてた際にはらり、と顔の横に落ちてきた髪を五条が掬いあげてわたしの耳にかけた。

「僕が見たことない格好を他の男が見たって思うと妬けるな」

「………伊地知くんのことかな」

「確かに。後でビンタしとこ」

冗談だとわかってる。これだってわたしをからかう一環なのだ。五条は、何を言われるとわたしが動揺するのか知っているから。思いっきり動揺したのがバレないように伊地知くんを犠牲にしてしまったけれど、ビンタはさすがにかわいそうだろうか。先ほどまで意地でもわたしの前からどかなかった脚が下ろされ、五条がわたしの隣に並んで歩きだす。きっと十分遊んで満足したのだろう。

「またお見合いの話が出たら僕の名前出せば?」

「なんで?さっきも言ったけど五条には関係ないよ」

わたしたちは結婚の約束をしているわけでも、付き合っているわけでもない。それなのに、なんて言って五条をわたしの親族に紹介しろと言うのか。関係性に明確な名前もないのに。だったら関係ないと言ってしまうのが一番いい。きっとこの後に飛んでくるのは、じゃあ付き合う?冗談だけど、というようなわたしを上げて落とすような言葉なのだ。心の準備をしてしっかり身構えるが、五条はただ何かを考えるように遠くを見ながら歩いているだけだった。それがなんだか不気味で、そろりと手を伸ばして五条の袖を引く。気づいた五条がその場に立ち止まって振り返った。

「ん?」

「……嫌なら、断るよ」

「まあ面白くはないよね。断るとしても僕以外の男のために着飾ってるのは」

今回お見合いをセッティングしたのは祖父母だったけれど、両親だって、孫の顔が見たいに決まっている。だけど、五条が嫌だと言うのならば、わたしはきっとそれらを全て捨ててしまうのだろう。わかった。すべてを受け入れたわたしの答えに五条は馬鹿だな、とわたしの頭の上に大きな掌を乗せる。

「一回他の男のために着飾るたびに僕の言うことひとつ聞くっていうのは?」

これで僕も楽しいしなまえもお見合いだろうとなんだろうと行けるから大団円、とまるで名案とでも言いたげな五条の提案にわたしの表情から色が消え、無表情で頭に乗せられた手を振り払った。

「………これからは全部断る」

「はは、本当になまえは僕に都合がよすぎるよね」

わたしをそうしたのは誰だと思っているのか。五条を置いて事務室に向かって歩き出しながら、料理だけはおいしかったな、とお見合いの感想を言うと、今度もっといいとこ連れてってやろうか、と五条がわたしの後に続いて笑った。もう用事終わったならついてこなくていいんじゃないのかな、と思ったものの、結局事務室までついてきた五条は、わたしが止める間もなく伊地知くんにビンタをかましたのだった。


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