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▼ 蜂蜜色の追憶if藍染編

「おっはよーう!なまえちゃん!」

「おはよう織姫ちゃん、今日も元気だね」

「うん!今日はねぇ、とってもいい夢を見たの!」

楽しそうにわたしの机の周りで今日見た夢について熱弁する彼女、井上織姫ちゃんの暴走を止めに、後ろから有沢たつきちゃんが近づいてくるのが見えた。正直織姫ちゃんの言ってることはほとんど何が面白いのかわからず、せっかくかわいくてスタイルもいいのに不思議ちゃんの名前を欲しいままにする彼女には苦笑するしかないのだが。そのまま適当に相槌をうっていると、ごちん、と音がしてたつきちゃんの拳骨が織姫ちゃんの頭に落ちた。なまえが困ってるでしょ!と織姫ちゃんに説教を始めるたつきちゃんであるが、織姫ちゃんにはまったく堪えていない。それを適度に宥めながら過ごすのが、いつものわたしのポジションだ。高校一年生の中に突然放り込まれて、数ヶ月が過ぎた。最初は戸惑った短い丈のスカートも、いつの間にか慣れてしまっている。織姫ちゃんが何気なく視線を向けた先を見ると、目立つオレンジ色が目に入る。今日も浮遊霊をくっつけていた。きっとまだ気づいていないのだろう。それを見て見ぬふりをして、わたしは今日も女子高生に紛れ込むのだった。

「お帰りなさいなまえサン」

「………ただいま戻りました」

あれから100年ほど経過した。浦原隊長は、虚化した平子隊長やひよ里を救う方法を見つけ出し、虚化の能力を身につけた彼らは仮面の軍勢と名乗ってわたしたちとは別の場所に拠点を構えている。浦原隊長とわたしと握菱大鬼道長……テッサイさんは、浦原商店という駄菓子屋をやっている。駄菓子屋以外にも死神向けの商売をしているのだが、こちらは現世に駐在任務に来ている死神向けなので、わたしたちを知っているようなお客さんはまず来ない。高校に通わされるまではわたしも店番を担当していたのだが、今はほとんどテッサイさんに任せ、休日や放課後のみお手伝いをするという形になっている。じー、とわたしを見る浦原隊長の視線を感じて何かと首を傾げると、扇子を広げて口元を隠した浦原隊長はにたぁ、といやらしく笑った。

「いやァ、やっぱり女子高生姿のなまえサンはかわいいなァと思いまして」

「ねえ本当に必要があってわたしを高校に通わせてるんですよね?女子高生がどうのっていうのはさすがに冗談ですよね?」

「当たり前じゃないっスかぁ〜」

「わたしが!16歳の子たちに混ざるためにどれだけ頑張ってるか!」

「いつもお疲れ様っスねぇ。さすがなまえサン違和感ないっスよ」

浦原隊長の羽織を掴んでぐらぐら揺さぶるが、まったく動じた様子もなく笑っているだけだった。そう、わたしが今高校に通っているのは、他の誰でもないこの人の指示なのである。目的はオレンジ色の彼、黒崎一護の監視。特殊な生い立ちである彼はいつ何に巻き込まれてしまうかわからない。可能であれば巻き込まずに済むように、と言っていたけれど、必要になったら巻き込めるようにわたしをここに配置しているのだろうということも簡単に予想できる。この人は、そういう人だから。それがわかってるから恥を忍んで制服を着て若い子達に混ざっているというのに。制服姿のわたしを見て、いつもにやにやと口元を歪ませるこの人を見ると、実は女子高生が好きで、わたしにこの格好をさせているのもそういう趣味なのではないかと考えてしまう。

「今日はどうでした?」

「いつも通りです。特に何かに目覚めた様子はありません」

「でしょうねぇ。何かあったらすぐ報告してください。なまえサンに危険が及ぶ前に撤退してもらわないとっスから」

「学校に通ってて危険があるとは思わないですけど………」

「念のためっスよ」

そして、元からそういうところはあったけれど、浦原隊長はわたしに対してとても過保護になった。虚が出ても駐在の死神がいるから手を出さないように、もし襲われたらわたしの斬魄刀の能力ですぐに隠れて浦原隊長に連絡するように。そうきつく言い付けられている。今回の黒崎一護の監視も、他に適任がいなかったからわたしがやっているだけで、本当はあまりいい顔をしていなかったのも知っていた。そして、変わったことはもうひとつ。

「わたし着替えてきますけど、喜助さんはどうします?」

わたしが、浦原隊長のことを、名前で呼ぶようになったことだ。現世で生活する上で浦原隊長、と呼び続けることはできない。周りの目もあるし、それにこの人はもう隊長ではないから。呼び方に悩んでいると、浦原隊長から名前で呼んで欲しい、と言われて、今ではすっかり名前で呼ぶことに慣れてしまっている。

「それは着替えを見せてくれるってことっスか?なまえサンたら積極的だなァ」

「もう!そういうこと言うなら知りません!」

「冗談っスよぉ〜。この後は店番をウルルとジン太に任せて散歩に出る予定なんで、なまえサンも一緒に行きましょ」

わたしが帰宅する時間になると、テッサイさんは夕食の準備に取り掛からなければならず、わたしと喜助さん、そして一緒に住んでいるワケありの子供たち、紬屋雨と花刈ジン太が交代で店番を担当しているのだ。しかし、ウルルは引っ込み思案だし、ジン太くんは良くも悪くも年相応な悪ガキ、という感じで、ふたりだけに店番をさせるのは少し心もとない気もする。ふたりで出かけてしまって大丈夫でしょうか、と尋ねると、なまえサンは心配症だなァ、と喜助さんが苦笑した。その顔になんとなく違和感を覚えて、まじまじと喜助さんの顔を見つめる。

「………喜助さん、また徹夜したでしょ」

「………昨日はなまえサンに怒られて一緒に布団に入ったじゃないっスか」

「そうですね。わたしが寝るまでと、わたしが起きた時にはお布団にいましたね」

つまり、わたしが眠っている間に関しては喜助さんが何をしていてもわからないということだ。こっそり布団を抜け出してまた研究に没頭していることも十分にあり得る。寝る時間すら惜しんでやらなきゃいけないことがあるのは重々承知しているけれど、身体を壊しては元も子もないと日頃から口を酸っぱく言っているのに。この100年間、みんながどれだけ苦しい思いをしてきたかは、近くで見てきたわたしが一番よく知っている。ひよ里や平子隊長たちは他でもない、仲間だったはずの死神たちに見捨てられたのだ。そして今、喜助さんにしかできないことが溢れている。わかってはいるけれど全てひとりで抱え込んでしまう喜助さんにもどかしい想いを抱えているのもまた事実だった。

「お散歩はやめて、お昼寝しませんか?」

「なまえサンは心配症だなァ。大丈夫っスよ。アタシはなまえサンが傍にいてくれるだけで元気になるんで」

「死神の身体はそんな便利にできてません」

「元四番隊なだけあって健康には口うるさいっスよねェ」

この人の散歩は、散歩と言いながらも町に変化がないかの見回りを兼ねているので、のんびり歩くだけで終わらない。見回りだけならわたしにだってできるのに。もしなにかあったら危ない、と言ってわたしをひとりで行かせようとしない喜助さんの意向をできるだけ組んであげたいとは思っているけれど、喜助さんにしかできないことがあるからこそ無理をしないで欲しいしわたしを頼ってほしい。十二番隊にいた頃は必要に応じてわたしのことを頼ってくれていたと思っていたのに。直接聞いたことはないけれど、喜助さんはきっとわたしを連れてきたことに対して罪悪感を抱いているのだろう。100年前、喜助さんのおかげで虚化を制御できるようになったひよ里が現世についてきているわたしの姿を見て、ンのハゲ!と掴みかかってきたのは今でもよく覚えている。オマエは関係ないやろ、なんで着いてきたんや。わたしのことを心配してくれているからこその怒りだった。だけど、わたしだって同じだよ。ひよ里が心配で、喜助さんの傍にいたくて。みんなが大切だから来た。喜助さんの節くれだった手をとって、両手で握る。

「わたしが何を言ったところで喜助さんは意見を変えたりしないとは思いますけど」

「そんなことないですって」

「わたしにとっては、世界がどうなるかよりも、あなたの方が大切だってことだけは忘れないでください」

あなたのためなら、いい年して高校生のふりができるくらいに。最後だけ少し茶化したように言うと、帽子で隠された喜助さんの眉尻が困ったように下がるのがわかった。わたしに握られている手にゆるやかに力がこめられていく。ほーんとになまえサンには敵わないなァ。茶化したわたしに合わせるように喜助さんが笑った。

「今日は散歩はやめて、一緒にお昼寝しましょっか」

「わたしがひとりでお散歩してきてもいいんですけど」

「そんな寂しいこと言わないでくださいよォ。いつでも一緒って誓ったでしょ」

「そんなことを誓った記憶はないですねぇ」

手を繋いで、浦原商店の中に戻る。よく陽の差し込む縁側でごろん、と転がってわたしを手招きする喜助さんの腕を枕にするように寝転がった。陽が落ちてくるとまだ少し肌寒い時期ではあるが、喜助さんの腕のなかは暖かい。わたしが眠りに落ちたあと、またどこかへ行ってしまわないように、喜助さんが身にまとっている作務衣をぎゅ、と握る。どこも行かないですって、と笑われても、実際に夜中に抜け出しているのだから信用なんてあるわけがなかった。わたしはあの時、喜助さんと生きることを選んだ。だから、こんなことを言うのはわがままかもしれないけれど、喜助さんにも覚悟を決めて欲しいのだ。何があっても、わたしと一緒に生きていく覚悟を。眠りに落ちて、ジン太くんの賑やかな声に目を覚ました時、目が合って少し眠そうにしながらも優しく笑いかけてくれる喜助さん。きゅう、と胸が締め付けられて、幸せだと、思う。こんな時間がいつまでも続けばいいのに。しかしそれから、わたしたちの平穏な日々は緩やかに崩れていく。黒崎一護が朽木ルキアから死神の力を譲渡されてから、まるでジェットコースターのような日々だった。黒崎くん、そしてクラスメートだった織姫ちゃん、石田くん、茶渡くん。彼らの戦いを見ているだけだったわたし。

「なまえサンは、ボクが帰ってくるのをここで待っていてください」

今だってそう言って夜一さんとともに、みんなを苦しめ続けた男、藍染惣右介のもとに向かう喜助を見送ることしかできない。浦原商店に残ってテッサイさんとともにウルルとジン太くんをこの場所で守るのがわたしの役目だとわかっていても、このまま喜助さんがどこか遠くへ行ってしまうのではないかと思うと怖くなる。100年前は、藍染惣右介の陰謀を前に、あの時誰よりも強いと思っていた隊長たちが揃って現世へと追われることとなった。もしまた、勝てなかったら。

「必ず帰ってきます」

ぽん、とわたしの頭に手が乗せられて、喜助さんがわたしの隣を通り過ぎていく。勝ってくるでも倒してくるでもなく、帰ってくると、喜助さんはそう言った。目頭が熱くなって、それでもたまらずに喜助さんの羽織に手を伸ばした。くい、と引っ張ると、喜助さんの足が止まる。

「ここで、帰ってくるのを待ってます」

だから必ず、わたしのところに帰ってきて。振り返った喜助さんは優しく笑って、行ってきます、とわたしの手をそっと振りほどき、今度こそ振り返ることなく歩いて行った。



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