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▼ 夏油と後輩

好きな人がいる。ひとつ年上の先輩で、御三家の一角、五条家に生まれた天才の隣に並び立つ人。高専に入ってすぐの任務で助けてもらってから、ずっとずっとわたしの特別な人。姿を見かけるとうれしくなって、話ができたら一日幸せだった。もともと我慢がきかない性質のわたしが、ぽろっと気持ちを伝えてしまった時にいつものように笑って、じゃあ付き合おうか、と言ってくれた時には、夢かもしれない、と自分の頬を思い切り抓って笑われたことは記憶に新しい。そう、記憶に新しいのだが。

「あ、夏油さんだ!」

見つけたのは、きっとわたしの方が早かった。でも、犬のように尻尾を振って駆け寄っては今までと変わらない。かわいがってもらえるのはうれしいけれど、手のかかるペットのように思われたいわけじゃない。それまでのわたしのように尻尾を全力で振っている幻覚が見えてしまうほど嬉しそうに夏油さんに駆け寄っていく同級生の灰原を見送って、ひとつ深呼吸をしてから少しでもかわいく見えるように小走りで夏油さんに近づくと、夏油さんは穏やかな笑みで灰原と話していた。うぅ、今日もかっこいい。

「夏油さん、これから任務ですか?」

「あぁ。なまえたちは任務帰りってところかな」

「そうです!さすが夏油さん!」

「ちょっと灰原!今話しかけられたのわたし!」

わたしが夏油さんに聞かれたことを横から答えてしまう灰原に、被っていた猫を早々に脱ぎ捨て、文句をつける。いくら文句を言ったところで馬鹿でまっすぐな灰原にはなんで怒ってるのか理解してもらうことは難しいし、きっと理解したところでみんなで話せばいいよ!と言われてしまうことはわかっている。後ろで七海が面倒臭そうに溜め息を吐いた。

「2人は相変わらず仲がいいな」

「はい!同期なんで!」

「ち、ちがいます!」

正反対の返答に夏油さんが口元に手を当てて笑っている。ま、また子供っぽいと思われた…。このままでは、いつまで経っても子供扱いのままだ。あの時夏油さんは付き合おうか、と言ってくれて、わたしはそれに大きく頷いて返事をした。つまり、わたしたちは付き合っているはずだ。それなのに、夏油さんのわたしに対する態度は一向に変わらない。恋人っぽいデートやキスなんてもっての外。付き合う前の方がふたりきりになることが多かったのではないかと疑ってしまうくらいだ。灰原と一緒くたにされることも多く、灰原♂、灰原♀くらいに思われていてもおかしくない。もっとたくさんお話したいことがあるし、ふたりきりになれるように約束をしたいのに、わたしと灰原のことをおかしそうに見た後、夏油さんはすぐに任務に赴いてしまった。いや、任務に遅れるわけにもいかないのはわかっているけれど、もうちょっと恋人としての特別感というかなんというか。むむむ、と夏油さんを見送った後にふくれっ面をして見せると、七海がその顔見られたら振られるよ、と遠慮も配慮も欠片もないことを言ってきた。灰原には悪気はないけれど七海はそうではない。夏油さんには見せないし!と報告を全て七海と灰原に押しつけてわたしは女子寮に向かって駆け出した。

「あっぶね」

無我夢中に走っていると建物の影から突然出てきた人にぶつかりそうになり、やばい、と急ブレーキをかけるが、勢いがよすぎて止まらない。ぶつかる、と目を閉じると、その人にあっさりとかわされ、勢いが殺せないわたしだけがつんのめって転ぶという結末を迎えてしまった。痛い。

「あ?みょうじじゃん。何やってんだよイノシシみたいに突進してきて」

「………イノシシじゃないです」

大丈夫かの一言もなく面白そうに口元を歪めたのは、夏油さんの同級生である、天才、五条さんだった。花の高校一年生(高専生なので高校生ではないけれど)を捕まえてイノシシって言い草がまずひどい。膝や掌がじんじん痛むのを我慢して立ち上がり、制服の汚れを払った。わたしの膝より少し上の丈のスカートから出た足につぅ、と血が伝う。うえ、血が出てる。硝子さんに後で見てもらおう。五条さんがしゃがみこみ、うわ、とわたしの足を無遠慮に見て顔を顰めた。距離が近い。

「セクハラです!」

「ガキに興味ねえよ」

「一歳しかちがわないじゃないですか!」

わたしの抗議に対して面倒そうに耳をほじくる五条さんは、今日硝子いないけど、とわたしの硝子さんに対する甘えを見通したように言ってくる。えっじゃあこの地味に痛いのこのまま我慢しなきゃいけないの。お風呂とかどうするの染みるじゃん。それに何よりも、こんなでっかい傷跡を残したまま、夏油さんに会うことなんてできない。任務から帰ってきた夏油さんとなんとか会う約束を漕ぎつけようと思っていたのに。あからさまに落ち込むわたしに、五条さんが名案とでも言わんばかりに、俺が治してやろうか、と提案してきた。

「治すって…五条さん反転術式できるようになったんですか」

「今ならできる気がする」

「やめてください!悪化しそう!!」

悪戯半分の五条さんとの攻防戦になんとか勝利したわたしに、五条さんがつまらなそうに口を尖らせた。

「で?傑と何があったんだよ」

「………なんで五条さんに言わなきゃいけないんですか」

「おいおい傑のことなら俺が一番わかってるに決まってんだろ。とりあえず五条さんに相談してみろよ」

夏油さんとちがって信用性が皆無の五条さんに相談してどうなることでもないと思うんだけど、きっとわたしもどうかしていたのだ。相談するなら硝子さんにしておけと、冷静になったら思えるのに。悪魔のような五条さんの囁きに、つい、手を取ってしまったのだ。


 * * *


わたしの相談を聞いた五条さんはにやにやとした笑みを隠すことなく、心底面白そうにしていた。オマエみたいなガキにはそりゃ手出せねーだろ、とかいう失礼極まりないことを言いながらも、最終的にはちゃんと実になりそうな作戦を提案してくれた。うまくいくかはわからないけれど、頭から五条さんを疑ってかかったのはよくなかったかもしれない。そしてその作戦は、その日の晩から早速実行されることとなった。

「あ!夏油さん、任務終わったんですか?」

制服を脱いで部屋着に着替え、寮の共同スペースにアイスを取りに来た時だった。制服姿の夏油さんがそこにいて、つい嬉しくなって駆け寄ると、夏油さんはわたしを見て眉を寄せる。

「怪我してるじゃないか」

「えっ、あっ、これは…」

部屋着のショートパンツから覗く足と掌の擦り傷を早々に発見され、恥ずかしくなって傷口を隠そうとすると、手を掴まれて掌の傷をまじまじと見られてしまう。先ほどの五条さんといい、先輩たちは人の傷口を見るのがお好きなのだろうか。そんなくだらないことを考えていないと、掴まれた手に意識が集中して、心臓が壊れてしまいそうだ。

「オイみょうじ、硝子が帰ってくるまでバンソコくらい貼っとけっつったろ」

どのくらい経ったのだろうか。きっと、数秒のことだったと思う。わたしには永遠のように感じられた夏油さんとふたりの時間に割って入ってきたのは黒のスウェットに身を包んだ五条さんだった。そうだ、作戦!大変名残惜しいながらも夏油さんの手を振りほどき、五条さんに駆け寄った。バンソコ貼ってやろうか、と問いかける五条さんに全力でやめてください!と言おうとする口をなんとか押さえつけ、笑顔を浮かべてよろしくお願いします、と言うと、五条さんがへたくそ、と口だけ動かしてデコピンしてくる。くそう。夏油さんのことがなければ。

「なまえは悟を苦手だったと思ったけど、仲良くなったのかい?」

「そうそう。話してみたら意気投合したんだよな?みょうじ」

「うっ、は、はい。思ったより五条さんがや…やさし…くて…」

「なんでどもるんだよ」

お世辞にも五条さんを優しいと言えないわたしに五条さんが米神に青筋を浮かべる。日頃の行いを振り返ってほしい。わたしが夏油さんと付き合い始めてからやたらと絡まれるようになったけれど、あまりいい思い出はないし。あれ、なんでわたし五条さんの提案した作戦にホイホイ乗っかってるんだろうか。

「手当てなら私がしよう。いくら悟と言えど、まじまじと足を見られるのはなまえも嫌だろうしね」

「俺はちんちくりんには興味ねーし」

夏油さんの大変魅力的な提案に対して、五条さんが待ったをかける。言ってしまえばわたしのために争わないで状態だ。もちろん、そんなことを口に出したら何を言われるかわからないので絶対に言わないけれど。そして今、わたしが取るべき選択肢は、ひとつだった。

「ご、五条さんにお願いします」

いつもなら二つ返事で夏油さんを選ぶ所で、あえて五条さんにお願いした。これが、わたしと五条さんが企てた作戦なのだ。押してダメなら引いてみよう大作戦。いつも夏油さんに尻尾振ってるから女として見られねーんだよ、という五条さんの言葉に、確かに!と雷に打たれたかのような衝撃を受けた。わたしには、恋の駆け引きというものが足りない。特に夏油さんのように恋愛経験豊富そうな人に猪突猛進で突っ込んでいくだけでは、女として見られないのも当然だろう。いや、恋愛経験豊富そうというのはわたしの偏見であり本人から聞いたわけじゃないんだけど。夏油さんの過去の恋人のことなんて、想像しただけで胸が苦しくなるし、わたしに対して何もしてくれない理由だって、できればずっと目を逸らし続けていたい。だけど、五条さんの作戦に乗ることで少しでも女の子として意識してもらえるのであれば。わたしの返答に微かに目を見開いた夏油さんは、すぐにそうか、といつもの笑顔を見せた。これがどういう反応なのかはわからない。もしかしたら、尻軽だと思われてしまう可能性もある。五条さんが相手だということが大変不本意だけど。本当は、引きとめてほしいのに。夏油さんは笑顔でわたしと五条さんを見送ってしまったのだった。

「………これは、脈なしでしょうか」

「メンタル弱すぎだろ」

わたしの膝と掌の怪我に乱暴にバンソコ貼った五条さんに弱音を吐くと、気が早い、と呆れた目で見られてしまった。傑に女として見られたいんだろ。その言葉を支えに、夏油さんより五条さんを優先しよう大作戦は続き、気付けば1週間が経過していた。今週は何かと顔を合わせることが多かったのに、二年生の先輩方と遭遇すると真っ先に夏油さんに駆け寄る灰原を横目に見ながらわたしは五条さんのところにいく。途中で一度七海に余計なこと考えてると痛い目見るよ、と小言をもらったけれど、わたしはわたしで後にひけなくなってしまったのだ。夏油さんは、何も言ってくれない。やっぱり夏油さんにとってわたしなんてどうでもいいのかな。ただ自分に懐いてる近所の動物という感覚で、その延長で告白を受けてくれたのかな。沈んでいく思考に、目の前の五条さんが面倒臭そうな顔をしている。言いだしっぺのくせにもうどうでもよくなってきているらしい。

「やっぱりペットだと思われてるんじゃね?」

「………だったら、余計なことしないで素直に尻尾振ってればよかった」

これ以上ないほどに落ち込んでいるわたしがさすがに気の毒になったのか、五条さんががしがしと夏油さんの優しい手つきとは程遠い乱暴さでわたしの頭を撫でた。髪の毛が引っこ抜けそうだけど、珍しい優しさに、沈み切っていた心が少しだけ軽くなる。ふふ、と少し笑顔がこぼれ、五条さんがちょっと安心したように息を吐いた、その時だ。灰原と話していたはずの夏油さんがなまえ、とわたしの名前を呼び、わたしに向かって両腕を広げて見せた。

「そろそろ戻っておいで」

それだけですべて察してしまった。悔しい。最初から全部お見通しだったのだ。わたしがなんでこんな馬鹿みたいなことしたのかも。広げられた腕に飛び込むと、五条さんがうげえ、と嫌そうな声を出した。ぎゅうう、と思い切りしがみつくと、夏油さんのにおいでいっぱいになる。状況を理解できていないらしい灰原の、え?え?という声が耳に届くが、構う余裕はなかった。ぽんぽん、と優しく背中を叩く手に、ぽろ、と目から涙が零れ落ちた。

「げ、夏油さんの、意地悪…!」

「知らなかったのか?」

クック、と喉を鳴らした夏油さんがよりにもよって悟に尻尾を振るからだよ、と少し身体を離してわたしの鼻をつまんだ。だって、夏油さんが何もしてくれないから。わたしにはそういう魅力がないんだと思って。言い訳ばっかりが口をついて出る。夏油さんははいはい、と聞いているんだか聞いていないんだかわからない相槌を打って楽しそうに笑っているだけで、硝子さんの趣味悪、という声がやけに鮮明に響いた。わたしに対してか夏油さんに対してかわからないけれど、もしかしたら両方かもしれない。誰よりも優しくてかっこいいと思っていた先輩は、思っていたよりもずっと意地悪で性格が悪い。それでも、わたしの世界で一番好きな人だということにはかわりがなかった。そして目下の問題は、さすがにわたしと夏油さんのことに気付いたであろう灰原と、今後どうやって夏油さんについて折り合っていくかということである。


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