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▼ 五条と腰痛

20代も後半になってくると、段々体力の衰えを感じ始めていた。何もしていないのに身体の節々が痛むことがあったり、階段の上り下りで少し息が切れたりと、運動不足と言われてしまえばそれまでなのだが、任務に出る機会も滅多にないので大目に見てほしい。そしてわたしがここ最近悩まされているのは、腰の痛みだった。事務仕事では座りっぱなしのことが多く、姿勢が悪くて猫背気味になっていることが原因だと思う。カタカタとキーボードを打っていたのだが、ずっと続く痛みに耐えかねて腰をさする。

「腰痛い…」

ぽつり、と呟くと、伊地知くんがすごい勢いでわたしを見た。顔を青くさせたり赤くさせたりして口をぱくぱく開閉している。腰痛がそんなにおかしいのだろうか、と首を傾げていると、伊地知くんは五条さんを呼んできます!と事務室から出て行ってしまった。

「………なんで?」

「やっぱり五条さんって激しいんスか?」

ひょこ、と顔を覗かせた新田ちゃんが伊地知くんの背中を見送るわたしにそう問いかけた。激しいってなんだ。そりゃ色々激しい男なのは間違いないけれどどうして今の流れで五条が激しいとかいう話になるのか。これは何かとんでもない誤解が生まれている気がする。新田ちゃん、ちょっと落ち着いて話をしようか、と切り出した時に、先程出て行った伊地知くんが五条と夜蛾学長を連れて事務室に入ってくる。

「……ちょっと、一体これなんの騒ぎ?」

「僕が聞きたいんだけど。いきなり伊地知にみょうじさんが!って言われて連れてこられただけだし」

一緒にいた学長もわたしを心配して来てくれたらしい。その優しさは心に染みるけれど、肝心のわたしに全く心当たりがなかった。立ち上がって場を整理しようとすると、伊地知くんと新田ちゃんに座っててください!と止められる。わたしはおばあちゃんだとでも思われているのだろうか。

「五条さん、あまりこういうことに口を出すべきではないとは思いますが」

「なんの話かわからないけどそう思うなら口を出さなきゃいいんじゃない」

堅い表情の伊地知くんの小言を五条が面倒そうに遮った。いつもならこれで引きさがってしまう伊地知くんであるが、今日は違うらしい。いいえ!と力強く否定したかと思うと、わたしをびし、と指さした。

「おふたりの関係は承知しておりますが、大人として最低限の配慮と節度を持って行動していただけますか!」

隣でうんうんと頷いている新田ちゃん以外、誰も伊地知くんが何を言いたいのかわかっていない。伊地知くんと新田ちゃんが騒ぎ始めたきっかけを思い返すと、わたしが腰痛を訴えたことが始まりだった。わたしの腰痛で五条が責められるということは…。ひとつひとつを繋げて、ハッとする。待ってこれとんでもない勘違いされてる。だから何が言いたいの、と言う五条に待ったをかけて、伊地知くん!!と今までにないくらい強く伊地知くんを呼ぶ。本当に違うからやめてくれ。これ以上はいたたまれなすぎて誰にも顔を見せられないことになってしまう。

「ちがうから!誤解だから!!そういうのじゃないから!!」

「でもなまえさん腰痛いんっスよね?」

「ただの!腰痛!!!」

わたしのあまりに必死な様子にそれが嘘ではないと察した伊地知くんの顔から、一気に血の気が引いて行く。夜蛾学長がガッデム、と小さく呟き、わたしも顔を両手で覆い隠した。怖くて五条の顔が見れない。まずは濡れ衣を着せた伊地知くんの安否が心配であるが、その後紛らわしいことを言ったわたしに火の粉が飛んでこないか。それが問題だ。とりあえず夜蛾学長に深々と頭を下げて、お騒がせして申し訳ありません、と言うと、ぽん、と肩に手を置かれるだけで何も言われることはなかった。逆につらい。きっと五条に何かされているであろう伊地知くんの悲鳴が聞こえてきて、満足したらしい五条がわたしの前に立った。おそるおそる顔を上げると、五条が腰を曲げて目隠し越しにわたしと目を合わせてくる。

「腰痛いの?」

「うん。姿勢が悪いのか運動不足かわかんないけど」

「歳でしょ。おばあちゃんじゃん」

こいつ自分も同い年だってわかっていないんだろうか。イラッときたのを押さえて、そりゃもうアラサーですからね、と言うと、腰をする、と撫でられる。おい。夜蛾学長も伊地知くんも新田ちゃんもいる状況だというのに何をしやがるのか。慌てて五条から距離をとると、その動きが激しかったのか、腰がピキ、と悲鳴を上げた。

「いっっったい!!」

「なまえさん大丈夫っスか!?」

「うっわーまじで反応がおばあちゃん。減点」

腰をおさえて微動だにしなくなったわたしに心配そうに駆け寄ってくれる新田ちゃんと鼻で笑う五条。もう本当にやだ。五条の人間性が嫌だ。今更だけど。ていうか本当に動けない。もしやこれがぎっくり腰というやつだろうか。新田ちゃんの手を借りてなんとか椅子に座るが、もう動けそうにない。

「硝子ちゃん呼んできて…」

「え、そんなに?」

こうなったらもう硝子ちゃんになんとかしてもらうしかない。任務に行ったわけでもないのに情けないけれど、背に腹は代えられなかった。五条が目の前でヤンキー座りして椅子に座っているわたしを見上げた。夜蛾学長が溜め息を吐いて、わたしに無理をしないようにとだけ言い残し事務室を後にした。これ以上付き合ってられないと判断したのだろう。お忙しいのに申し訳ない。五条ももうどこかに行ってくれていいのだが、ヤンキー座りから立ち上がる様子はなかった。夜蛾学長と一緒だったということは何か用事があったはずなのにわたしへの嫌がらせを優先するのはやめてほしいし、すでにそれに対して諦めているのか、何も言わない夜蛾学長もいかがなものなのか。いや、夜蛾学長に文句なんて言える立場じゃないんですけど。お願いだから五条を回収してほしい。

「硝子のとこまでお姫様抱っこしてあげようか?」

「そんな生き恥を晒すくらいならもうここから一歩も動かない……」

「もう十分晒してるでしょ、生き恥」

「9割五条のせいだと気づいて」

「なまえの腰痛に僕関係ないんだろ」

腰痛の話だけではないのだけど、そこまでは伝わらなかったらしい。わたしの晒している生き恥は五条との関係がなければ晒さずに済んでいるものばかりだと思う。まあ今までの人生を考えたら五条と関りがない人生という仮定自体が無謀なものだという自覚はある。椅子に座ったままデスクに突っ伏すと、先ほどとは違う手つきで五条がわたしの腰をさする。それが心地よくて目を閉じるが、こういうのを受け入れるから先ほどのような誤解が生まれるのだと気づく。そして先ほど悲鳴を上げていた伊地知くんに五条が硝子ちゃんを呼びに行くように言いつけ、伊地知くんがバタバタと事務室を出て行った。

「……最強の呪術師は忙しいでしょ。早く仕事しなよ」

「最強だから時間くらいなんとでもなるんだよね」

わたしも言ってみたい言葉である。残業を嫌う七海くんが聞いたらイライラゲージが溜まりそうではあるが、突っ込むのも億劫だった。ていうか反転術式なら五条だって使えるんだから五条が治してくれたらいいのではないだろうか。いや五条に治療されるのはちょっと背筋がぞわぞわするからやっぱり安心安定の硝子ちゃんがいいんだけど。

「やっぱり運動不足だと思うから任務やる」

「運動不足なの自覚してていきなり任務なんていったら死ぬよ」

「そこはほら、三級とかから徐々に…」

「運動なら僕が付き合ってやるから」

それこそ、伊地知たちに勘違いされたような運動でもいいけど。からかいの色を含んだ声に、即答で拒否を示した。新田ちゃんがいるというのになんてことを言うのか。腰をさする大きな手を最小限の腰に響かない動きでもういい、と払いのけると、五条が喉を鳴らして笑う。仕返しとばかりに腰を強めに突かれて声にならない悲鳴を上げていると、伊地知くんが今度はしっかり硝子ちゃんを連れて戻ってきた。デスクに突っ伏しているわたしにのんびり近づいてきた硝子ちゃんに、五条に突かれたせいで涙目になっているまま泣きつく。

「硝子ちゃーん!腰が痛いよぉー」

「歳か」

「五条も硝子ちゃんも同い年だってこと絶対忘れてるでしょ!」

同級生たちは揃いも揃って失礼である。歌姫先輩だったらいっぱい心配してくれるのに。しかし歌姫先輩ばりにわたしを心配してくれる五条と硝子ちゃんを想像して、腰痛だけでなく気分が悪くなってしまった。人にはそれぞれ良さがあるよね。腰に当てられた手が五条の大きな手から、硝子ちゃんの華奢な手に変わって、徐々に痛みが和らいでいくような感覚がする。さすが硝子ちゃん。ほわ〜と緩んでいくわたしの顔を見た五条がびし、と今度は額を弾き、立ち上がる。五条に限ってわたしにそんなことをしないとはわかっているが、今のに呪力が籠ってたらわたしは死んでいたと考えるとぞっとしない。

「じゃ、歳に勝てないなまえはあとは硝子に任せるよ」

「本当に一言余計なんだよね」

「僕が帰ってきた時まで腰が痛かったら抱っこして連れ帰ってあげるから安心しなよ」

「硝子ちゃん本当にお願いだから完治させてください」

「痛みはなんとかできてもまずは姿勢を直して運動をしないと根本はよくならないよ」

硝子ちゃんはどこまでもクールだしわたしが抱っこで連れ帰られようがどうでもよさそうだが、これ以上生き恥を晒してたまるか。ひらひらと手を振って事務室を出ていく五条の後ろ姿にべー、と舌を出した。ちなみにその後、わたしの腰はしっかりと硝子ちゃんが治してくれたのだが、腰痛が周知されたことにより、ちょっと腰が痛くてもみんな勘違いしてくれるでしょ、とわたしに無理を強いようとする五条とわたしの攻防戦が始まった事は硝子ちゃんにも新田ちゃんにも伊地知くんにも、もちろん夜蛾学長にも言えないのだった。


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