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▼ 喧嘩とファーストキス

雰囲気もへったくれもない告白の後、ふざけているらしい夏油と夏油に呼ばれたのか、やる気のなさそうな硝子ちゃんが部屋に入ってきてわたしと五条が付き合い始めたのを雑に祝い始めた。本当に雑すぎてびっくりしたけれど、まあわたしたちならばこんなものなのだろう、と笑ってしまう。五条との関係は、恋人、という名前がついただけで、大して変わったことはないが、喧嘩もしていないし、ほんの少しだけ五条が優しくなったように感じて、順調だと思われていた。つい先ほどまで。いつものように五条の部屋で夏油と三人でゲームをしている時だった。携帯が震えたので確認をしたら、交流戦の時に連絡先を交換した京都校の彼からメールがきていた。それに返信をしようとぽちぽちナンバーキーを押していると、突然手の中からわたしの携帯が消える。え?と目を瞬かせると、わたしの携帯を手に持った五条が、は?と酷く低い声を出した。なんでわたしの携帯を五条が持っているの。

「………なんでまだ京都のやつと連絡とってんだよ」

「え?ダメなの?」

「コイツなまえに対して下心見え見えのやつだろ。気色悪ィ」

オエ、と吐くような素振りを見せられて、カチン、とくる。剣呑な空気を察してか、夏油が2人とも一旦落ち着け、と仲裁に入ろうとするが、時すでに遅し。わたしは五条の手から携帯を引っ手繰るように取り返し、五条を睨みつけた。

「勝手に人の携帯見るのもどうかと思うし、好意かはわからないけどわたしのことを憎からず思ってくれる人に対してそういうこと言うのも理解できない」

「は?何?喧嘩売ってんの?」

「最初に突っかかってきたのはそっちでしょ」

「悟もなまえも頭を冷やせ」

バチバチと睨み合うわたしと五条の顔の前に夏油の大きな手が割って入る。確かにすっかりヒートアップしてしまっていた。話をするにしても一回距離を置いて落ち着くべきだろう。深呼吸をしてなんとか心を落ち着けてから、帰る、とだけ言って五条の部屋を出た。オイ、とわたしを呼びとめようとする声が聞こえたが、夏油が止めてくれているらしい。申し訳ないけれど、五条が本気になったらわたしが逃げ切れるわけがないので夏油の存在はありがたかった。女子寮の自分の部屋で真っ先にベッドに潜り込み、手に握ったままの携帯を放り投げる。べつに、京都校の彼に思い入れがあるわけでもないし、もちろん好意だって抱いてはいない。わたしとしてはただの友人のつもりだったけれど、五条が嫌だというのなら、そのことをちゃんと説明して連絡を断てばいい。でも、五条のあの態度は、わたしにも、彼にも失礼だろう。本当に彼がわたしのことを好きだと思ってくれているのであれば、気持ちにこたえることはできなくても素直にうれしいし、誠実な対応をしたいと思う。ていうかまず付き合っているとはいえ人の携帯を奪って勝手に中身を見るのがありえない。自分のグラビア写真がたくさん入った携帯はわたしには見せようとしないくせに。頭を冷やそうと思っていたはずなのに、考えれば考えるほど苛々が募っていく。そしてそれはきっと五条も同じで、しばらく経った後に確認した携帯には、五条からの連絡はひとつも入っていなかった。代わりに夏油から悟とは話をしておく、とメールが来ていて、その代わりに今度任務が一緒になった時に報告書をわたしひとりで作成するように、と一方的に約束が取り付けられていた。どいつもこいつも一方的だな。しかし今日のことを考えたらわたしに拒否権は存在していなかった。


 * * *


「で?別れたの?」

「………別れてないですぅ」

「喋らなくなってもう二週間。自然消滅でしょ」

「ほぼ毎日顔は合わせてるし」

硝子ちゃんがどうでもよさげに顔を合わせるのが付き合ってるってことなら私も五条と夏油と夜蛾先生と付き合ってるけどね、と吐き捨てる。その通りすぎて何も言えない。だけど今回に関して、わたしは悪くないと、時間が経って頭が冷えた後でも思っている。今回に関して、と前置きしたが、基本的に五条の方が正しいと思うことはないけれど。じゃあなんで付き合い始めたんだと言われてしまうと何も言えない。人間性がクソなのは嫌と言うほど知っていた。それでも、好きだと思ってしまったから。時々すごく優しかったり、わたしが助けを求めてたら憎まれ口を叩きながらも助けてくれたり、そういう事の積み重ねだったと思う。

「好きだからって、全部許せるわけじゃない」

「そりゃそうだ。でも、同じように好きだからって全部相手に合わせられるわけでもないと思うけど」

別れたくないと思うんだったらお互い妥協点を見つけなければならない。それはわかってる。でも、五条相手にお互いの妥協点を見つけることなんてできるのだろうか。結局全部わたしが譲って終わるのではないかと思うと、憂鬱になって話をする気にもなれなかった。

「少なくとも、別れるなら私も歌姫先輩も歓迎」

「またそういう友達甲斐のないこと言う〜!」

「今後を心配してあげてるんだからむしろすごい友達想いでしょ。まあ少なくとも、今のどっちつかずの状態は五条の機嫌が悪くて面倒だから早くなんとかしてくれる?」

わたしだってなんとかしたいのは山々なのだけど。まだふたりしかいない教室の机に突っ伏すと、硝子ちゃんがわたしから離れるのが気配でわかった。硝子ちゃんにも夏油にも、夜蛾先生にだって迷惑をかけているのだから、覚悟を決めて早く五条と話してしまおう。そう思っても、避けているのはわたしだけではない。五条は朝は教室に来るのがいつもギリギリだし、喧嘩してからというもの、任務でも授業でも五条は夏油にべったりだった。この状況でどうしろっていうのか。深い深い溜め息が漏れる。

「オイ」

「………何?」

そんな状況が変わったのは、その日の授業の後だった。それまでわたしを避けていた五条が酷く不満そうにわたしの前に立った。しばらく話していなかったものだからどう反応するべきなのかわからず、声をかけてきた五条の方を一切見ずに手短に用件を尋ねると、苛立った様子の五条がわたしの頭をガシ、と掴んで無理やり自分の方を向かせる。首がぐきっと嫌な音を立てた。痛みに震えるわたしを見下ろした五条が、温度のこもっていない青い瞳でわたしを射抜き、行くぞ、と無理やり腕を引っ張って歩き出した。

「ちょっと!痛い!」

「うるせ。黙って着いてこい」

痕が残ってしまいそうなほどに強く掴まれた腕に、文句を言ったところで五条が聞いてくれる様子はなく、高専内でもほとんど人が来ない教室に連れ込まれ、扉がピシャン、と閉められた。そこでようやく腕が解放され、やはり赤くなってしまっている腕を擦りながら、もう一度何の用?と問いかけた。せっかくの機会なのだから今こそ謝るべきだとわかっているのに、五条の態度も相まって謝るタイミングを逃してしまっている。

「まだ怒ってんのかよ」

たっぷりの沈黙の後にようやく五条が発した言葉に、ムッ、と眉間に皺を寄せた。わたしがひとりで勝手に怒っている、みたいな言い方をしないでほしい。

「嫌味が言いたいだけなら帰る」

「そんなこと言ってねーじゃん」

「そうとしか思えないって言ってんの」

硝子ちゃんに早くなんとかしろって言われたのに、それとは反対の事ばかりが口をついて出る。仲直りしたいと思っているのに、これじゃ愛想尽かされても仕方がない。目頭が熱くなるけれど、今ここで泣くのは卑怯だ。泣きそうになっているのを見られたくなくて、ふい、と五条から顔を逸らす。また沈黙がその場を支配する。やっぱりもうちょっと頭を冷やすべきかもしれない。扉の前を陣取っている五条をどかして帰ろうとすると、ガシガシと頭をかいてから、五条がぼそりと何かを呟いた。訝しげに五条を見上げると、わたしに届いていなかったことが伝わったようで眉を寄せて、一度軽く息を吸い込んだ。

「………悪かったっつってんだよ」

「………………五条が、謝った?」

予想外のことにぽかん、とあいた口が塞がらない。これはわたしの夢か妄想だろうか。もしかしたら何か呪いの一種だろうか。まじまじと五条を見つめると、実はオマエの方が喧嘩売ってんだろ、と嫌そうな顔でわたしを見下ろした。だって、五条が謝るなんて一生ないと思っていた。自分の非を認めることのない唯我独尊男だというのに。不満そうなのを隠す様子はないから納得はしていなそうだけれど。でも、最初の一歩を五条が踏み出してくれたことで、わたしの胸につっかえていた棘がすっと消えるのを感じた。

「わたしも、意地張ってごめん」

「本当にな」

「なんで最後までごめんって態度を貫けないの」

苦笑してから、五条にちゃんと話をしよう、と持ち掛けた。わたしにとって、五条が京都校の彼に対して言ったことはやっぱり許せることではないし、携帯を勝手に見られたことだってやっぱり嫌だ。でも、五条がわたしに彼と連絡を取ってほしくないと思っているのならば、わたしだってその気持ちを汲むべきだったのだろう。

「正直嫌だなって思うことたくさんあるし、五条にムカつくことだっていっぱいあるよ」

「その言葉そっくりそのまま返す」

「………それでも、別れたいとは思ってない」

五条の制服の裾を軽く掴んで俯く。今、五条に表情を見られることに抵抗があった。少し躊躇するように五条の手がさ迷ったあとで、がし、と片手で頭を捕まれて上を向かされる。顔を見られたくないって思ってることを察してほしいんですけども。五条の制服から手を離してわたしの頭を掴む手を剥ごうと両手で抵抗してみるが、これが男女の力の差というものなのだろうか。びくともしない。かちゃ、と微かに音を立てて五条がサングラスを外した。遮るものがなくなって、青く宝石のような瞳に情けない顔をしたわたしの姿が写る。

「は、はなしをしようって言ってるんだけど」

五条の瞳に吸い込まれそうな錯覚に陥りながらも、なんとか声を絞り出す。だって、まだちゃんと仲直りしたわけじゃないし、そんな空気だったわけでもないのに。

「俺となまえじゃどうせ話したってまた喧嘩になるだけだろ」

「だからって……!」

「黙ってろよ」

わたしの頭を掴んでいた手が後頭部にまわり、力強く引き寄せられる。身長差のせいで背伸びするように爪先のみで身体を支えるわたしと、背中を丸める五条の勢いよく口がぶつかり、がつん、と音を立てた。痛っ、とわたしたちの口から漏れ、お互いに距離をとって痛む口元をおさえる。すごい勢いで歯がぶつかったんですけど……!え?歯折れてない?唇とか切れてない?大丈夫?想定外の痛みに涙目になって血が出ていないか口元を押さえたわたしをよそに、五条がガン、と扉に自分の頭を打ち付けた。

「ありえねえ………」

「な、なんかごめんね」

黒いものを背負ったように見える五条を見かねて、わたしが悪いわけではないはずなのについ謝ってしまった。しかし、謝られるのも五条プライドを傷つけたらしく、余計にぶすくれるだけだった。なんでわたしがご機嫌をとらなければならないのだろうか、と思わなくもないけれど、はじめてのキスで歯をぶつけて落ち込んでいる五条という図が面白くて、なんだかとてもかわいく見えてしまった。ふふ、と笑いをこぼすと、笑うな、と恨みがましい目を向けられる。

「ちゃんと話をしないで誤魔化そうとするから」

「話したってらちあかねーし」

「どうせ夏油あたりに吹き込まれたんでしょ」

五条が黙りこんだ。沈黙は肯定って本当なんだな、と実感してしまった。確かに五条は口を開けば憎まれ口ばかりだし、話をするのに向いていないタイプだから態度で示すというのは有効な手段かもしれない。しかし手練れの夏油とちがってそういう大事な場面で失敗してしまうところが、何て言うか、逆に大切にされてるように感じてうれしいだなんて、口に出したら怒られてしまうだろうか。とりあえず携帯を出して、メールの送信ボックスを開いて五条の前に差し出した。そこには京都校の彼宛に、彼氏が嫌がるので個人的な連絡は取れません、ごめんなさい、という内容が表示されている。彼からはそれに対して、幸せになってねと返信があった。これで五条との喧嘩の原因は、わたしの方は取り除かれたはずで、これがわたしにできる最大限の譲歩だった。送信済みのメールを五条がちゃんと読んだのを確認して、今回はこれで終わりね、と無駄に長引いてしまった喧嘩の終わりを告げる。五条に対してわたしが怒っていた部分の改善はないけれど、いろいろと嬉しいこともあったし、今回は目を瞑ってあげよう。だけどやられっぱなしというのも悔しいから。

「また今度、リベンジしようね」

手を伸ばして五条の唇を指でそっとなぞり、固まる五条を押し退けて扉を開けて教室を出た。後ろから、マジであとで覚えとけよ……、と恨み言が聞こえてきたけれど、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。こうして、わたしと五条の付き合いはじめてから初めての喧嘩の幕は降りたのである。


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